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29  あなたが幸せならそれでいいのです ①

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 リブトラル伯爵に捨てられたメイナーは最初は泣いて過ごしていたらしいです。

 でも、体が楽になってきたにつれて、憎しみの感情が芽生えていったようでした。
 リブトラル伯爵が自分のものにならないのであれば、彼の両親のお願いを聞く必要はありません。

 メイナーが警察に自首したことにより、キリュウ様にも確認の連絡がきて、詳しい話をしてもらえたため、そこまでは知ることができました。

「メイナーの目的はなんなのでしょうか」
「彼女の考えていることが俺にわかるわけないだろ」
「それはそうですね。わたしにもわかりませんから。それに、神様はメイナーを許したのかもわからないです」
「許したようには思えない。本当は病気のままでいさせるつもりだったのかもしれないが……」
「何かの目的があって、体調を戻したのでしょうか」
 
 神様にもメイナーの考えることの先読みが難しいのでしょう。

 だから、体調不良という罰を与えて終わるつもりだったところを、違うものに変更したのかもしれません。

 それにしても、本当にメイナーはリブトラル伯爵を諦めたのでしょうか。
 あれだけ、執着していたのですから、そう簡単に終わるとは思えません。

「メイナーのことはどうでも良いといえばどうでも良いんですけれど、このまま終わらないような気もするんです」
「気持ちはわかるが、彼女は捕まっているんだ。保釈金も莫大だろうから、出るに出れないはずだ」
「……メイナーはリブトラル伯爵を恨んでいる可能性が高いですよね」
「……そうだな。それがどうしたんだ?」

 キリュウ様が不思議そうな顔をするので、予想にしか過ぎませんがと伝えてから話します。

「メイナーはしばらくの間、わたしの代わりに仕事をしていたようです。決済に使うハンコがどこにあるかはわかっているでしょう」
「……まさか、持ち出した可能性があるってことか?」
「はい。印鑑の予備があるのです。そちらを持っていっている可能性があります」
「どうしてそんなものを持っていくんだよ」
「腹いせ……とも思いましたが、いつか、自分の姓になると信じていたんじゃないでしょうか」

 キリュウ様は納得できないと言わんばかりに首を横に振る。

「アーシャの考えを全否定する気はない。だけど、そんなことをする人間なのか?」
「メイナーは本当にリブトラル伯爵が好きだったのでしょう」
「俺が言うのもなんだが、あの男にそこまでのめりこめるような魅力を感じられないんだが?」
「……ルックスは良いほうですし、事なかれ主義といった感じで、争いを好まない穏やかな人だったんです。メイナーには彼が大人に見えたんでしょうね。わたしもそうでしたから」

 きっと、わたしが知らないだけで、メイナーはリブトラル伯爵に恋をした理由があったのでしょう。

 そして、振り向いてもらえないことが、余計に子供の時の恋心を加速させたのかもしれません。

「少し、調べてみる」
 
 キリュウ様が立ち上がったので、わたしも立ち上がろうとすると、手を差し伸べてくれた。

「お手数おかけして申し訳ございません」
「こういう時は、ありがとうって言えよ」
「ありがとうございます、キリュウ様」
「どういたしまして」

 わたしが立ち上がると手を握ってきたので、首を傾ける。

「あの……、キリュウ様?」
「行くぞ」

 どうして手を離してくれないのか尋ねる前に、キリュウ様は手を引いて歩き出した。

 もしかして、リブトラル伯爵のことを褒めたから、ヤキモチを妬いてくれているのでしょうか。

 胸のあたりがじんわりと温かくなる。

 昔、リブトラル伯爵に感じていた気持ちと、とてもよく似た感情です。

 今度の恋は上手くいきますように――

 そんな呑気なことを考えてすぐ、メイナーの様子を確認しに行ってくれていたクマゴリラさまから、メイナーが保釈されたという話を聞かされたのでした。




◇◆◇◆◇◆
(レディシト視点)


 家に帰ると、両親の姿は見えなかった。
 忙しくしているフットマンに声をかけて、自分たちの家に戻ったのかと聞いてみたら違った。
 先日、警察がやって来て、両親を連れて行ったのだと言う。

 僕とも話がしたいと言っていたらしく、警察に連絡するようにと言われた。

「僕は何もしていない」

 やましいことなんてない。
 トイズ辺境伯を殺すように頼んだのは両親かもしれない。
 でも、僕は頼んでいない。

 なら、無関係のはずだ。

 そんな僕に何の話を聞くと言うんだよ。

「後ろめたいところがないのであれば、連絡したほうがよろしいかと思います。お戻りになられたと連絡を入れておきますね」

 フットマンはそっけなく言うと、僕に背を向けて走っていく。

 長時間、馬車に乗って疲れているから、正直に言えば休みたかった。
 でも、こんな状況では眠れそうにない。

 荷物を自室に運んでもらい、僕は執務室に向かった。

 執務室で仕事を始めようと準備をしていると、執事が血相を変えてやって来て、僕に一通の手紙を差し出した。

「た、大変です! 取引業者からお金がもらえないと苦情が来ています!」
「はあ? それは銀行側の問題だろう」
「ち、違うんです! 銀行に預けているお金が、もうほとんどないと言うんです!」
「なんだって!?」

 そんなはずはない。
 何かの間違いだと思って、僕は苦情をいれるために銀行に向かった。

 別室へと案内され、少し待たされてから、銀行員が持ってきた帳簿の残高を見て、僕は愕然とした。
 
 7つはあったゼロの数が今では5つしかない。

「ど、どういうことなんだ!?」

 銀行員に問い詰めると、数日前、僕の妻と名乗る人物がお金をおろしていったそうだ。
 銀行印を持っていたことや、身分証の名字や住所などが僕と同じだったということで、お金を渡したということだった。

 一瞬、アーシャかと思ったが違った。

 僕の妻と名乗る人物は『メイナー』と名乗っていた。


 


リアルの世界よりも代理人が引き落とせる基準がザルだと思ってくださいませ。

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