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1   親友の嘘

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 レセトアン伯爵家の長女として生まれた、わたし、アーシャは17歳の時に、リブトラル伯爵家の嫡男、レディシト様の元に嫁いだ。

 結婚前に恋人のような甘い時間を過ごしたわけではなかったけれど、わたしより2つ年上のレディシト様はとても優しくて、わたしのことをとても大事にしてくれた。

 わたしたちの住んでいる国、フォトシャー王国は結婚していても、18歳になるまでは体の関係が認められていないため、わたしは清い体のままだった。

 そして、時は過ぎ、あと数日で18歳になるという頃、突然、レディシト様が流行り病にかかってしまう。

 彼がかかった病気は、ドイシン病と呼ばれていて、風邪に似た症状がどんどん悪化していき、最終的には死に至るという恐ろしいものでした。
 しかも、発症する原因が不明で、防ぎようのない病気だった。

 ドイシン病はルーナオという薬草があれば治るものです。
 でも、ルーナオは神様の使いが住むと言い伝えられている、神聖な森の中にしか生えておらず、見つけることが難しいと言われていました。

 放っておけば、20日も持つかわからないとお医者様に言われたわたしは、ルーナオを採りに行くことに決めた。

「待っていてくださいね、レディシト様」

 呼吸することも苦しそうで、ほとんど意識のないレディシト様のやせ細った手を握ると、ぼんやりとした表情で、レディシト様は緑色の瞳をわたしに向けた。

 きっと、誰が話しかけているのかわからないくらいに辛いのでしょうね。

 レディシト様の手を離し、自分の部屋に戻ると背中におろしていたダークブラウンの髪をシニヨンにしてもらい、気合いを入れる。
 それを見ていた、侍女のメイナーが声をかけてきた。

「アーシャ、私も一緒に行くわ」
「でも、神聖な森に辿り着くまでもそうですが、辿り着いてから見つけるまでが大変だと聞いています。メイナーに面倒をかけたくありませんから、あなたは待っていてください」
「あなた一人じゃ心配だから、一緒に行くわよ」

 メイナーはわたしの学生時代からの親友です。

 成績優秀で美人のため、学生時代は男子生徒からとても人気があり、金色の腰まであるストレートの髪に水色の瞳は涼やかで、一部の女子生徒の憧れの存在でもあった。

 わたしはマイペースな人間のため、気が強い女子生徒から嫌われていた。

 陰険ないじめに遭い、心がくじけそうだった。

 そんなわたしを助けてくれたのがメイナーで、初めての友達になってくれた彼女には本当に感謝しています。

 メイナーは薬草の調合師でもあるから、薬草のことはわたしよりも詳しい。
 そんなメイナーが付いてきてくれることは、とても心強いことでした。

 神聖な森にたどり着くまでは、馬車で2日かかった。

 そして、ここからが本番でした。

 ルーナオを、すぐに見つけたという人もいれば、何日かかっても見つけられなかったという人もいる。

 中には、森にいた動物に襲われた人もいると聞いた。

「虫や獣がいるかもしれないから、私はここで待っているわね」

 メイナーは馬車から降りることもなく手を振って、わたしを見送る。

 これからが大変なんだけど、メイナーにはわざわざ来てもらったんですから、文句は言えないですよね。

 自分の夫のためですもの。
 一人で頑張らなくては!

 中々、見つからないだろうと覚悟して、ドレスではなく貴族の女性が着るには珍しいパンツ姿にヒールのない靴で挑んだにもかかわらず、森に入った瞬間、ピンク色の毛を持つうさぎがルーナオらしき緑色の草をくわえて近寄ってきた。

『あげる』

 頭の中で幼い子供のような声が響く。

「……ありがとうございます」

 きっと、このうさぎさんが神様の使いなんですね!

 そう思ってルーナオを受け取ると、また、頭の中で声が聞こえた。

『情状酌量の余地のない悪いことをすれば、ルーナオを見つけることはできないよ』

 わたしに話しかけてくれているのだとわかり、うさぎさんを見つめて答える。

「悪いことをするつもりはございません。ただ、旦那様を助けたいだけです」
『そうだよね。君はそうだと思う。でもね、皆がみんな、そうじゃないんだよ。だから、さっき言ったことを、皆に伝えてね』
「承知いたしました」

 頷くと、うさぎはぴょんぴょんと軽快に飛び跳ねながら、茂みに入っていった。

 可愛らしいうさぎさんでした。
 
 ほっこりした気分で手にしたルーナオを見つめる。

 実物を見たことはないけれど、本に載っていた見た目とそっくりです。

 神様の使いが渡してくれたのですから、これはルーナオに間違いありません!
 これで、レディシト様を助けられます!
 
 明るい気持ちで薬草を持って馬車に戻ると、メイナーは目を丸くした。

「どうしたの? もう諦めたの?」
「違います! 見つかったんです! 神様の使いのうさぎさんがルーナオをくれたんです!」

 その後にうさぎの言葉をメイナーに伝えると、彼女は眉をひそめる。

「神様の使いなんているわけないでしょう。幻覚でも見たんじゃないの?」
「本当なんです。幻覚なんかじゃありません!」
「信じられないわ。帰って来るのが早すぎるもの。ルーナオじゃないかもしれないから、私に見せてちょうだい」

 何の疑いもなく、素直に薬草を渡すと、念入りに確認したあと、メイナーは微笑む。

「間違いないわ。あとは、飲みやすいように粉末状にするだけよ。調合師の私に任せてちょうだい」
「ありがとうございます」

 その後、わたしはうさぎの言葉を一緒に付いてきてくれた人にも伝えた。

 この時のわたしは、神様の忠告は誰か個人に向けられたものではないと思っていました。

 でも、実際は違っていたんです。

 うさぎさんはメイナーや一緒に付いてきてくれていた兵士や御者、そして、屋敷の人間に向けて忠告してくれていたんです。

 そのことがわかるのは、家に戻った次の日の朝のことでした。


*****


 屋敷に戻ってきた日の晩は疲れがたまっていたことや、メイナーからよく眠れる薬を処方してもらったこともあり、強い眠気に襲われた。

 レディシト様の看病をすることもできず、気が付くと、自分の部屋で寝てしまっていた。
 しかも、メイドに揺り起こされて、やっと目覚めることができたくらいに眠っていたのだから驚きでした。

 時刻は昼前になっていて、急いで、レディシト様の元に向かうと、上半身を起こした状態で、レディシト様はメイナーと話をしていた。
  
 ダークブルーの短髪の髪は寝癖がついたままだけど、顔色はとても良さそうです。

 わたしはベッドに駆け寄って感動する。 

「レディシト様! 楽になったのですね! 本当に良かったです!」
「ありがとう。君には色々と迷惑をかけたね」
「いいえ! 迷惑だなんて思ったことはありません! それよりもレディシト様が元気になったのであれば、本当に嬉しいです!」
「ああ。薬草を採りに行ってくれた、メイナーのおかげだよ。彼女は昨日も一晩中付いていてくれたんだ」
「……メイナーが採りに行ったというよりかは、付いてきてくれたというほうが正しいのですが……」

 戸惑っていると、不機嫌そうに眉根を寄せて、レディシト様は信じられないことを口にする。

「聞いたよ。君はメイナーからルーナオを奪ったんだろう」
「……奪った?」

 ……どうして、そんなことを言うのでしょうか。

 困惑してしまったわたしは、レディシト様の隣に立つメイナーに目を向ける。

 すると、メイナーは目に涙を浮かべて呟く。

「親友だと思っていたのに……」
「そ、それはこっちのセリフです。どうして、メイナーが採ってきただなんて嘘をつくのですか!? あなたは馬車の中で待っていただけじゃないですか!」
「……アーシャ! もう、嘘を重ねるのはやめて!」

 メイナーは顔を両手で覆うと、声を上げて泣き始めた。

 信じられません!

「御者や護衛に証言をしてもらいます!」

 慌てて部屋を出ていこうとすると、レディシト様に呼び止められる。

「アーシャ、もう、確認はしているよ。みんな、メイナーが採ってきたのに、君から自分が採ってきたと言えと言われたそうだ」
「う、嘘です!」
「嘘じゃない」

 レディシト様はそう否定すると、護衛たちが『薬草を採ってきたのはメイナー様です』と口を揃えて言ったのだと教えてくれた。

 ……そんな、一体、わたしが眠っている間に何があったというんですか!?





世界観もそうですが、病気や薬草の名前は実在しません。
ルーナオ→治る
ドイシン病→しんどい(私の地元では辛い的な意味合い。京都弁は意味が違うと身内から言われております)
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