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気持ちがわからないことはないですが

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「い、一体何を?!」

 突然の申し出に驚いて、あたしが声を上げると、ラス様の表情が一変し、そして、堰を切ったように話し始めた。

「どこぞのご令嬢はみな、同じなんですよ! ルックスと家柄で評価して、こっちが大人の対応をすれば色目を使うわ、親からの娘はどうだ、の必死のアピール!」

 うわあ。
 だいぶキテたんですね。
 まあ、この人、顔立ちはいいもんね。

 背も高くて、スラッとしてるけど肩幅は広くて、華奢というほどでもない。
 あたしは長髪の男の人はタイプではないけど、ラス様は似合ってるな、と思うし。

 性格は見た目だけではすぐにわからないし、令嬢達はだまされてるんだろうなあ。

 ラス様の愚痴はそれだけではおさまらない。

「弟の件で婚約破棄されたと思ったら、毎日、毎日、釣書は送られてくるし、挙句の果てに、元婚約者の親からは、冷静に考えると惜しくなったのか、そっちから破棄してきたくせに、やはり破談はやめてやろうか、というような上から目線の訳のわからないアピール! もう、うんざりなんです!」

 とりあえず言い終えたのか、ラス様が言葉を止めて肩で息を吐く。

「あの、ラス様。質問しても良いですか?」
「どうぞ」

 リアの問いかけに、ラス様は眼鏡をなおしながら促す。

「ラス様は婚約者の方の事をどう思われてたんですか?」
「どうもこうも何もありません。決められた相手と結婚しようとしか考えていませんでしたので」
「それならユーニでは駄目なんじゃ? ご両親が納得されないでしょう」
「親などかまっていられません。もう私は女性の感情に振り回されたくないんです。フリーになってからはパーティーに出席するたびに女性に囲まれ、ひどい時は隣国から商談にきていた方の奥様まで! そのせいで商談はうまくいかず、同僚からは冷めた目で見られました」

 なんか、すごいモテてるな。
 気の毒なほどに。
 ということは。

「ラス様は女性に自分を好きになってほしくないんですね? 恋愛感情として」
「そういう事です」
「だからって、なんであたしなんですか?」

 あたしの問いかけにラス様がきっぱりと言った。

「あなたは私の顔を見ても態度を変えなかったからです」
「は?」
「普通の女性であれば、初対面の場合、必ず、私の顔をチラチラ見るのが正常です」

 正常、という言い方もどうかと思うけど。
 まあ、イケメンだし、2度見してしまう気持ちもわからなくない。
 というかこの人、どれだけ女性に苦手意識を持ってるんだ。

「でも、リアも見なかったですよね?」
「それはそうですが、リア様では華やかすぎるんですよ」
「これは喜ぶとこなの?」

 リアに聞かれ、あたしは肩をすくめる。

「ユーニさんの容姿でしたら、地味な顔立ちではありますが、磨けば見れるようになるでしょう」
「失礼ですね」

 あまりのひどい言われように、ついつい言葉が出てしまった。

「今は原石で磨けば光ると言いたかったんですよ」
「絶対にあとづけですよね」
「そういう風な物言いも魅力的です」
「褒められてる気がしません」

 この人、本当にあたしと婚約したいんだろうか?
 バカにされてるとしか思えないんだけど。
 リアの事は様なのに、あたしは、さん、だし。

「ユーニさんはユウヤ殿下が好きなんですよね?」
「えっ?!」

 ストレートに言われ、あたしは恥ずかしさで声を上げる。

 それを肯定ととったのか、ラス様はにっこり笑って、とんでもない事を口にした。

「ユウヤ殿下を愛人にするのはいかがですか?」
「「はあ?!」」

 耳を疑う発言に、リアまでもが声を上げた、

「正確には、ユウヤ殿下の愛人であり、表向きは私の妻という事です」
「絶対にバカにしてますよね」
「そういう訳ではありません」

 ラス様ははっきり答えてから続けた。

「ユウヤ殿下は王位を継がないと言われても、王子である事に変わりはありません。ですので、平民が嫁ぐという事を良く思わない人間は必ず出てくる事でしょう」
「それを言ったら、ユウマくんとあたしも駄目なんじゃないですか?」

 リアの質問にラス様は躊躇なく答える。

「ユウマ殿下はその際は、自分の母親が平民であった事をアピールされるでしょう。そして、王族から外れることも考えていらっしゃいます」
「そ、それって、リアと結婚するために、身分を捨てるって事ですか?」
「そうなりますね」

 あたしの問いかけにラス様が頷いた。

 うわあああ。
 ユウマくん、カッコ良すぎだよ!

 って、そんな風に思ったけど、リアはそうは思えなかったようで、表情が暗くなってしまった。

「リア。気にはなるかもだけど、1人で考えちゃ駄目だよ? 大事な事を考える時は自分の気持ちや意見も大事だけど、ユウマくんの意見もちゃんと聞いてね!」
「うん、ありがと。ユーニも話を聞いてね。あたしも話、聞くから」
「もちろん!」

 好きな人や家族も大事だけど、その大事な人と何かあった時に相談できるのが友達だよね。

 リアがいてくれたから、ここまで来れたけど、リアがいなかったら、ユウヤくんの事も、すぐにお断りしてただろうな。

「で、納得いただけましたか?」
「「何がですか?」」

 あたしとリアが声をそろえて聞き返すと、ラス様はこれみよがしに大きなため息を吐いて言った。

「ユーニさんが私と結婚して、ユウヤ殿下の愛人になれば、皆が幸せになれます。もし、ユーニさんが他の男性と結婚されたなら、普通の方なら愛人関係など不貞だと言うでしょう。しかし、私なら、あなたがユウヤ殿下の元へ通おうが気にしません」

 それもどうなんだ。

 ツッコミたくなったが、彼の言いたいことはわかったので止めておいた。

 要するに好きな男がいる女を嫁にすれば、嫁がいるという事で、自分は他の女につきまとわれなくてすむようになり、妻の不貞も相手が王族だから、と言う事で許さざるをえないように見せる、といった感じかな?

「でも、あたしのメリットってあります? 世間一般的には、あたしはただの不貞女なんですけど」
「た、たしかに、まあ、それはそうですが」

 肯定するんですか!
 大体、お世継ぎとかはどうするの。
 あなたが長男なら子供が必要なのでは?

 そ、そうか。
 あたしにユウヤくんの子を産ませて、表向きには自分の子にするつもりなのか。
 でも、それって、イッシュバルド家的にどうなのよ。

「まあ、今すぐに答えをもらおうとは思ってません」
「そりゃあそうでしょうね。というか、答えはお断りしかないですが」
「まあ、そう焦らずに。これから互いを知ってからでいいでしょう」
「知る必要ないです!」

 断言するあたしを見て、ラス様が笑う。

「理想のお相手ですね、やっぱり」

 し、しまった!
 ラス様に興味が無いことがわかればわかる程ロックオンされてしまう。
 かといって、興味があるフリをするのも嫌だし。

「仕事がありますので、今日はこの辺で」

 ラス様はそう言うと、あたしの返事も待たずに早々に歩き去ってしまった。
 残された、あたしとリアは顔を見合わせる。

「どうしよう」
「面倒な事になったわね。っていうか、1つ聞いていい?」
「何?」

 聞き返すと、リアがあたしの上から下まで見てから言った。

「何であんた、そんな格好してるの?」
「あ」

 そうでした。
 メイド服姿のままでしたね。
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