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エイナざまぁ編

第46話 狂気に満ちた笑み (エイナside)

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 信じられない!
 どうして、私がこんな気持ちにならないといけないの!?

 会場を後にした私は、悔し涙を必死にこらえて部屋に戻った。

 たった1人にしか愛されていない人達にマウントをとられるなんて…!
 それは確かに、この国では重婚は禁止されているし、女性が愛人を持つ事も許されていない。

 だから、恋人がいるというのは正直言うと羨ましいわ!
 それに、私には婚約者もいない。
 この家にいたら、ずっと結婚できないし、もし出来たとしても、私の望むような若くて素敵な男性じゃなく、お父様くらいの年齢の人と結婚させられてしまうかも!
 そんなのは絶対に嫌よ!
 
 熟年男性の人が好みの人ならそれでいいでしょうけれど、私は若い人が好きなの!

 自分の部屋に戻り、動きやすいドレスに着替えると、トランクケースの中に私物を入れていく。

 部屋の中にあるものも小さくて売れそうなものは持っていく事にした。
 慰謝料という事でもらっておいてあげるわ。

 あれだけ馬鹿にされて、私が大人しくしているだなんて思わないでほしい。

 本当なら、本人に嫌がらせでもしてあげたいけれど、相手は侯爵令嬢と聖女だし、下手をすれば、一生、牢屋生活なんて事もありえるかもしれない。

 そんなの絶対に嫌よ。
 とにかく、私は決めたの。
 この家を出るって。

 今日はパーティーだから、皆忙しそうにしているし、使用人達は会場に行っているから屋敷の中にいる人は少ない。
 お金はまだ、そんなに貯まってはいないけれど、国境に向かう途中で売れるものを売って、お金にすればいい。

 本来なら宝石とかを持っていければいいのだけど、さすがにそんな事をしたら、警察沙汰にされて私を探されても困るし、無くなったとすぐにわかってしまうものは持ってはいけない。

 行く先々に男性はいるだろうから、泊まるところは確保できるはず。
 国境方面に向かう馬車に相乗りさせてもらうのも悪くないわ。

 あと、手紙を書かなくちゃ。
 そうすればきっと、お父様達が向こうの国境付近まで迎えに来てくれるはずだわ。
 お父様達が住んでいる住所はわからないけれど、名前だけで何とか届くでしょう。
 最悪はエリナかピート兄様に助けを求めればいいわ。

 そう決めて、私は荷造りを終えてロンブラン邸を後にした。
 意気揚々と出発した私だったけれど、そう上手くはいかなかった。

 夜に出発したものだから、屋敷の馬車で街まで出る事は出来ても、その後はどうすれば良いのかわからなかった。

 街まで連れてきてくれた馭者が宿屋の前で停めてくれたから、とにかく宿屋の中に入って泊まれるか聞いてみた。
 すると部屋が空いているというから入ってみたら、とても狭いし、ベッドは寝心地も悪いし小さいしで、中々、寝付く事が出来なかった。

 次の日に、宿屋でペンと封筒をもらって、お父様宛に手紙を書き、宿屋の人にお金を渡して手紙を送ってもらうように頼んだ。

 そして、国境に向かって旅を始めたのだけれど、ここまではとんとん拍子で上手くいった。
 乗り合いの馬車の馭者はほとんどが男性で、若い人も多かった。
 だから、馭者に近付いてお願いしたら、大体は次の街までは無料で乗せてくれた。

 それに、稼ぎの良い仕事も見つけたの。
 馬車で乗り合わせた男性から持ちかけられたんだけど、とある場所にいって何かが入った袋を、そこにいる相手に渡すだけでいいの。
 そうすると、お金がもらえたの!
 お金儲けってこんなに簡単にできたのね!
 国境付近で何度かその仕事を続けている内に、すぐにお金は貯まったわ。
 
 だから、残った問題はどうやって国境を越えるかだった。
 ブローカーを雇おうとしたけど、なぜか皆に断られた。
 国に無事に渡る事が出来たら、成功報酬も追加すると言っても無理だった。
 
 どうしてかわからないけれど、私の名前を聞くと皆断ってきたのよね。

 もしかして、シシリー様がブローカーに手を回していた?
 そんな訳ないわよね。

 だから、正面からぶつかってみる事にした。

「通行証のない方は通せません」

 だけど、国境警備隊の人間は、そう冷たく言い放った。

「お願いします! 父が病気なんです! 通行証を家に取りに帰っていたら、父の死に目にあえないかもしれません!」
「残念だが、そんなに大変な事情なら通行証を家に置き忘れるだなんて事はないだろう。どうして、さっさと家に取りに帰らなかった?」

 既婚者なのか左の薬指に指輪をはめた中年の男は、私の上目遣いにまったく動じる事なく言った後、すぐに私に尋ねてくる。

「ところで君の名前は?」
「えっ!?」
「君の名前は、と聞いている」
「そ、それは…」

 素直に名前を言ってもいいのかしら? 別に悪い事をしていないんだし、言ってもいいわよね?
 
 そう考えて素直に答える。

「エイナ…ですけど」
「…エイナ・マルドゥスか?」
「そ、そうですけど?」

 どうして私の名前を知っているの!?
 
 この国でも、そんなに私は有名なのかしら?

 そんな事を考えていると、元々、しかめっ面をしていた男性の顔がもっと険しくなった。

 何? 
 何なの?

「おい、やっぱり来たぞ」
「呼んでまいります」

 私と今まで喋っていた男性の部下らしき若い男性が、慌てて近くの建物の中に入っていった。
 逃げようと思ったけれど、周りを国境警備隊の人間に囲まれてしまい逃げられなくなった。

 何なの!?
 何が起きたっていうの!?
 もしかして、警察に捕まるの?

 そうなったら、またシシリー様の家に戻らないといけない事になるのよね…。

 気持ちが沈んだ時だった。

 警備隊の若い男性と一緒に私の元へやって来たのは、見たこともない男性だった。
 赤茶色の長い髪を1つにまとめた、目はつり上がっていて細く、口元には嫌な笑みを浮かべていて、その人を見た瞬間、背筋が凍った気がした。

 どうして?
 こんな気持ちになった事なんて今まで一度だってないのに…。

「はじめまして。あなたの身元を預かる事になりました、シビル・ボートレーと申します」

 真っ黒な衣装に身を包んだ、シビルとかいう男性は何も言えないでいる私に向かって手を差し出した。

「あ、あの、あなたは、一体、誰なの?」
「ああ、これは申し遅れました。覚えていらっしゃるかはわかりませんが、わたくしは、あなたに誠心誠意尽くしたメイド、クララの兄でございます」

 そう言ってシビルは頭を下げた後、顔を上げた。
 彼の顔には狂気に満ちた笑みが浮かんでいた。

 
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