上 下
12 / 19

第11話 夜更けのエントランスホールにて

しおりを挟む
 屋敷まで送り届けてもらい、ジェリー様とは改めて明日、イツースで待ち合わせる事にして別れた。
 離婚した後の身の振り方について相談するためで、明日にしたのは今日は夜も遅いのと、精神的に疲れているという事もあったからだ。

「おかえりなさい、ラノア様! あの、ビューホは? ラノア様1人でお帰りですか?」

 屋敷の中に入ると、紫色のネグリジェを着たフィナさんがエントランスホールまでやって来た。
 そして、ビューホ様がいないとわかると、笑みが消えて悲しそうな表情になった。

「帰ってこられるとは思うけれど、遅い時間になると思うわ」

 どうせ、私の口から真相を伝えても、信じてもらえないかもしれないのでやめておく。

「どういう事ですか?」
「私の口から聞くより、本人の口から聞いた方が良いと思うの。どうせ、あなたは信じてくれないだろうから」

 今までは、フィナさんとも仲良くしなければならないと思っていたけれど、もう必要なくなった。

 もちろん、今すぐ離婚は出来ないけれど、彼女に嫌われた方がビューホ様の方から離婚を申し出てくれる様になるかもしれないから、その方が有り難い。

 離婚の話を私から切り出した場合でも、ビューホ様から切り出した場合でもビューホ様が私に慰謝料を払えと言ってくるならば、裁判をしてもいいと思うくらいに、心は離婚に向けて動いていた。
 
 普通の人が聞けば、離婚したくなるのはこちらの方だと思うだろうから、裁判には勝てるはず。
 証人はいっぱいいるだろうから。

「ちょっ、ちょっと待ってください。どういう事なんですか? まさか、ビューホをパーティー会場に置いてきたんじゃ…」
「詳しい話はビューホ様から聞いてちょうだい? 彼が真実を話してくれるかはわからないけれど、あなたは私の言葉よりもビューホ様の言葉を信じるでしょうから」

 私も本当に疲れ切っていたので、これ以上、エントランスホールで窮屈なドレスを着たまま話を続けたくなかったから話を切り上げる。
 すると、寝間着姿のシェーラ様がエントランスホールの真正面にある階段からおりてきて叫ぶ。

「ビューホは!? ビューホはどうしたの!?」
「……先程、フィナさんにお伝えしましたので、フィナさんからお聞きください」

 冷たい口調で答えて自分の部屋に向かって歩き出そうとすると、シェーラ様から呼び止められる。

「ちょっと待ちなさい! 何なのよ、その態度は! 答えるまで部屋に帰らせないわよ!」
「……」

 そういえば、シェーラ様はビューホ様にフィナさん以外の愛人がいる事を知っているのかしら?
 どうせ相手をしなければ部屋まで追いかけてくるかもしれないから、答えるついでに聞いてみようと思った。

「信じる信じないかはお任せしますが、現在、ビューホ様はフェルエン侯爵夫妻とお話をされています」
「フェルエン侯爵夫妻と? ビューホが…?」

 シェーラ様は訝しげな顔をされ、フィナさんはフェルエン侯爵夫妻と言われてもピンとこないようで首を傾げている。
 かといって、フィナさんに説明してあげる義理もないので、話を進める。

「ビューホ様がフェルエン侯爵家の令息であられるトーマ様の婚約者と逢引されておられました」
「な、なんですって!? フィナがいるのにビューホがそんな事をするわけがないでしょう!」
「私もそう思っていたのですが、実際はそうではなかったみたいです」
「そんなの信じられるわけがないでしょう! フィナ! あなたは向こうに行っていなさい! この女の嘘で気分を害する必要はないわ!」

 シェーラ様がフィナさんに向かって叫んだけれど、彼女は首を横に振る。

「どんな話か聞きたいです! 本当にビューホが他の女性と一緒にいたんですか?」
「そうよ。何度も言うけれど、詳しい話はビューホ様に聞いてちょうだい。それから、シェーラ様は、ビューホ様の女性関係に関しては何も知っておられないという事で間違いないでしょうか?」
「何が言いたいの?」
「ビューホ様にフィナさん以外の女性がいるという事です」
「ビューホがそんな不誠実な事をするわけがないじゃないの!」
「…そうですね。この国では愛人は合法ですから、不誠実ではありませんね」
「じゃあ、文句を言わずに大人しくお飾りの妻でいればいいじゃないの! 生意気な口をたたかないで!」

 ただ言えるのは、愛人は合法とされているけれど、優先されるのはやはり本妻であって、ビューホ様の私に対する扱いはおかしいはず。
 それを本当はシェーラ様が気が付いて改善させないといけないはずなのに、それを良しとしているのだからどうしようもないわ…。

「これ以上話をしても意味がないと思いますので失礼いたします」
「まったく! なんて可愛げのない! フィナ、あなたはあんな子にならないでね!」
「もちろんですわ、お義母かあ様。あの、ラノア様、ビューホは私一筋なはずです。それは間違いありません。ですけど、一応、ビューホに確認します。そして、あなたが嘘をついていたとわかった時には、どうなるか覚えておいて下さいね!」

 フィナさんはよほど腹を立てているのか、私を指差しながら挑戦的な口調で言うと、くるりと踵を返して寝室の方に向かっていく。

「待って、フィナ!」

 シェーラ様はそんなフィナさんの機嫌を取る為にか、彼女を追って走っていく。
 その様子を見ていた執事や他の使用人達は慌てて持ち場に戻っていった。
 けれど、1人だけ私に近付いてきた人物がいた。

「……おかえりなさいませ、ラノア様」
「ミオナ、まだ起きてたの?」
「お帰りになるまでは待っておこうと思いまして…」
「そう。ありがとう。ただいま」

 離婚して出ていくのは良いけれど、ミオナを残していくのも心配だわ。
 彼女も一緒に雇ってもらえたりするかしら?

 そんな事を思いながら、ミオナと一緒に自室に向かって歩き出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私より優先している相手が仮病だと、いい加減に気がついたらどうですか?〜病弱を訴えている婚約者の義妹は超が付くほど健康ですよ〜

よどら文鳥
恋愛
 ジュリエル=ディラウは、生まれながらに婚約者が決まっていた。  ハーベスト=ドルチャと正式に結婚する前に、一度彼の実家で同居をすることも決まっている。  同居生活が始まり、最初は順調かとジュリエルは思っていたが、ハーベストの義理の妹、シャロン=ドルチャは病弱だった。  ドルチャ家の人間はシャロンのことを溺愛しているため、折角のデートも病気を理由に断られてしまう。それが例え僅かな微熱でもだ。  あることがキッカケでシャロンの病気は実は仮病だとわかり、ジュリエルは真実を訴えようとする。  だが、シャロンを溺愛しているドルチャ家の人間は聞く耳持たず、更にジュリエルを苦しめるようになってしまった。  ハーベストは、ジュリエルが意図的に苦しめられていることを知らなかった。

(完結)その女は誰ですか?ーーあなたの婚約者はこの私ですが・・・・・・

青空一夏
恋愛
私はシーグ侯爵家のイルヤ。ビドは私の婚約者でとても真面目で純粋な人よ。でも、隣国に留学している彼に会いに行った私はそこで思いがけない光景に出くわす。 なんとそこには私を名乗る女がいたの。これってどういうこと? 婚約者の裏切りにざまぁします。コメディ風味。 ※この小説は独自の世界観で書いておりますので一切史実には基づきません。 ※ゆるふわ設定のご都合主義です。 ※元サヤはありません。

婚約者に裏切られた女騎士は皇帝の側妃になれと命じられた

ミカン♬
恋愛
小国クライン国に帝国から<妖精姫>と名高いマリエッタ王女を側妃として差し出すよう命令が来た。 マリエッタ王女の侍女兼護衛のミーティアは嘆く王女の監視を命ぜられるが、ある日王女は失踪してしまった。 義兄と婚約者に裏切られたと知ったミーティアに「マリエッタとして帝国に嫁ぐように」と国王に命じられた。母を人質にされて仕方なく受け入れたミーティアを帝国のベルクール第二皇子が迎えに来た。 二人の出会いが帝国の運命を変えていく。 ふわっとした世界観です。サクッと終わります。他サイトにも投稿。完結後にリカルドとベルクールの閑話を入れました、宜しくお願いします。 2024/01/19 閑話リカルド少し加筆しました。

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください

迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。 アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。 断るに断れない状況での婚姻の申し込み。 仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。 優しい人。 貞節と名高い人。 一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。 細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。 私も愛しております。 そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。 「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」 そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。 優しかったアナタは幻ですか? どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。

【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです

果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。 幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。 ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。 月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。 パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。 これでは、結婚した後は別居かしら。 お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。 だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。

おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。

石河 翠
恋愛
主人公は神託により災厄と呼ばれ、蔑まれてきた。家族もなく、神殿で罪人のように暮らしている。 ある時彼女のもとに、見目麗しい騎士がやってくる。警戒する彼女だったが、彼は傷つき怯えた彼女に救いの手を差し伸べた。 騎士のもとで、子ども時代をやり直すように穏やかに過ごす彼女。やがて彼女は騎士に恋心を抱くようになる。騎士に想いが伝わらなくても、彼女はこの生活に満足していた。 ところが神殿から疎まれた騎士は、戦場の最前線に送られることになる。無事を祈る彼女だったが、騎士の訃報が届いたことにより彼女は絶望する。 力を手に入れた彼女は世界を滅ぼすことを望むが……。 騎士の幸せを願ったヒロインと、ヒロインを心から愛していたヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:25824590)をお借りしています。

(完結)貴女は私の親友だったのに・・・・・・

青空一夏
恋愛
私、リネータ・エヴァーツはエヴァーツ伯爵家の長女だ。私には幼い頃から一緒に遊んできた親友マージ・ドゥルイット伯爵令嬢がいる。 彼女と私が親友になったのは領地が隣同志で、お母様達が仲良しだったこともあるけれど、本とバターたっぷりの甘いお菓子が大好きという共通点があったからよ。 大好きな親友とはずっと仲良くしていけると思っていた。けれど私に好きな男の子ができると・・・・・・ ゆるふわ設定、ご都合主義です。異世界で、現代的表現があります。タグの追加・変更の可能性あります。ショートショートの予定。

処理中です...