可愛すぎてつらい

羽鳥むぅ

文字の大きさ
上 下
65 / 70
第二章

41.お披露目

しおりを挟む
「チェルシー?もういいだろうか?」

 寝室へと続く浴室の扉を開けて、フレッドはそっと中を窺った。ソファーに座っているのかと思ったが、そちらに妻の姿はない。

「ちゃんと髪を拭いて下さいね。フレッド様、いつも私を丁寧に拭いて下さるのに、ご自分はおざなりなんですもの」
「分かった」
 チェルシーはどうやらベッドにいるらしい。閉じられた天蓋の奥から可愛らしい声が聞こえてきたのだ。フレッドは期待が急に跳ね上がるのを感じ、ンンッと小さく咳払いをして落ち着かせた。


 チェルシーが歩み寄ってくれてから、飽きることなく毎日肌を合わせていた。月のものが始まり、あろうことかチェルシーが口や手で色々としてくれたわけだが、その後はフレッド自らお願いするのも申し訳なくて控えていた。するとなんとチェルシーから察して、また誘ってくれたのだ。行為は言わずもがなだけれど、フレッドのためにしてくれるその気持ちが嬉しかった。
 さすがに彼女の愛らしい口や顎に支障が出てはいけないので、その後一度だけであとは止むなく辞退させてもらった。フレッドはどちらかといえば、チェルシーに奉仕をしたいタイプであり、あまりにも与えてもらってばかりだと不安になってしまう、という面倒な一面を持っている。

 その不安は、次に夫婦生活をどのように誘えばいいのか……?という悩みへと移行していく。拒否をされたら立ち直れないかもしれないと、何度もシミュレーションをしては、ああでもないこうでもないと考えていたわけだが。

 ――そんな悩みなんて、馬車を降りた瞬間に吹き飛んでいた。

 早く二人きりになりたくて、頭で考えるよりも先に、使用人に指示を出していたのだ。さすがに寝室への道すがら強引すぎたかと不安になったが、一緒になって脱がしてくれたことに安堵した。

 そして既に身体のほうは問題ないのだろう。浴室で感じた数日ぶりの柔らかな肌の感触に、理性を総動員させて抑えるのに必死だった。


「水分は摂ったのか?」
 チェルシーから与えられた『百を数える』というミッションのおかげで、ベッドのほうへと歩み寄りながらもフレッドの理性は随分と正常に戻ろうとしていた。

 しかしそれも天蓋の幕を開けてチェルシーの姿を認めるまでのこと。

「なっ!えっ!チェ、チェルシー!」

 あからさまに狼狽えるフレッドの視線の先には、真っ白なシーツの海の真ん中に、愛の女神が生まれ出でていた。

「そ、その恰好は……!」
 フレッドは瞬時に気づいた。これは絶対にあれだ!ずっとソワソワとお披露目を待ち望んでいた、あの日、チェルシーが買ったランジェリーに違いない。
 もしかしたらもっと違う何かを買った可能性も否定できなかったが、どうしても期待してしまっていたあれだ。

「あの、お見せするのが遅くなってしまいましたが、以前、屋敷に呼んだ店で作ってもらったものです」
「ああっ……!ありがとう……!」

 胸に手を当てて、フレッドは感謝した。チェルシー本人にはもちろんだが、彼女の両親とその先祖に。あとランジェリーショップとその店員に。

 全ての奇跡が合わさって、今、新たな奇跡が誕生したのだ!

「素晴らしいものを見せてくれて、今、とても感動している」

 目を奪われるほどの美術品を目の前にしたかのような感想ではあるが、あながち間違ってない。
 白い素肌に臙脂色がよく映えている。この姿を絵画か彫刻に収められないものだろうか?とフレッドは真剣に考えていた。しかしその場合、チェルシーのこの姿を芸術家に見せなければならないという難点がある。そんなことは絶対に認められない。
 芸術関係に疎いフレッドであるが、いっそ暇をみつけて彫刻や絵画の勉強をすればいいのではないか?そのためにはまず何をすべきだろうと思案していた。


 フレッドのその表情がどういうものか分からなくて、不安を覚えたチェルシーは決めた。夫を誘惑するという覚悟を。

「見るだけですか?」

 チェルシーがゆっくりと臙脂色のキャミソールの裾をつまんで持ち上げれば、センターで分かれていたらしいその隙間から、慎ましやかな臍と初めて目にするほどに心許ない面積のショーツが見えた。

「…………!!」

 恥ずかしくて少し顔を俯けたチェルシーであったが、ベッドの側で立ち竦んだまま一向に動かないフレッドを見上げた。
 チェルシーとしては無言のフレッドの様子が気になって、でも恥ずかしくて意図せず上目遣いになってしまったのだが、その表情、姿勢ともにフレッドの正常に機能し始めていた理性に会心の一撃を放ったのである。

 よろめいたフレッドはベッドに手をついた。数回その場で深呼吸を繰り返した彼は、そのままベッドに乗り上げて、四つん這いのままノロノロとチェルシーに近付く。

 チェルシーは裾から手を離し、咄嗟に手を胸の前で組んだ。目の前にたどり着いたフレッドに、透けた生地の上から薄っすらと分かる膨らみと、その先端を見られることが気恥ずかしかった。素肌よりも透けているほうが恥ずかしいのは何故だろう。

「ご存じのように、豊満な身体ではないので申し訳ないのですが……」
「まるで芸術品のようだから、何も恥じることはない!」

 すぐさま褒めてくれるフレッドに、チェルシーの心は軽くなる。しかしフレッドはチェルシーに視線を向けては逸らす、という挙動不審な動きをしていた。
 なんとなく懐かしい彼のその行動。結婚が決まり久しぶりに会った時や結婚式、その後の初夜など、そんな様子が多く見られたからだ。今なら分かる。照れているのだと。けれど当時は早く終わらせたいのかと思って寂しかった。

 関係が変わると印象が変わるから不思議だ。

「そう言ってもらえて嬉しいです。いつも似たような下着じゃ、フレッド様に飽きられると不安になって作ったんです」
「そんなことはありえないが……」
「それくらいフレッド様が好きで、愛してるんです」

 フレッドの脳内は常に『チェルシーが可愛い』という思いが大半を占めていて、あとは執務のことであったり領地のことであったりと伯爵らしく使用している。しかしチェルシーから溢れんばかりの愛の言葉を受け、さらにフレッドのために用意したというこの姿。
 脳内は『可愛い好き可愛い大好き誰にも渡さない愛してる』で埋め尽くされてしまった。こういうことはたまにあるから、今更ではあるが。

「私ももちろん愛している」

 フレッドはうるさい脳内を要約してそう言った。そんなことを知らないチェルシーは、眉目秀麗なフレッドに真摯に愛を告げられて頬を染める。頬に添えられたフレッドの手に、チェルシーも自分の手を重ねた。

 その瞬間、フレッドは気づいてしまった。生地から愛らしいチェルシーの先端が透けていることに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

皇帝陛下は皇妃を可愛がる~俺の可愛いお嫁さん、今日もいっぱい乱れてね?~

一ノ瀬 彩音
恋愛
ある国の皇帝である主人公は、とある理由から妻となったヒロインに毎日のように夜伽を命じる。 だが、彼女は恥ずかしいのか、いつも顔を真っ赤にして拒むのだ。 そんなある日、彼女はついに自分から求めるようになるのだが……。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

[R18]引きこもりの男爵令嬢〜美貌公爵様の溺愛っぷりについていけません〜

くみ
恋愛
R18作品です。 18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。 男爵家の令嬢エリーナ・ネーディブは身体が弱くほとんどを屋敷の中で過ごす引きこもり令嬢だ。 そのせいか極度の人見知り。 ある時父からいきなりカール・フォード公爵が婚姻をご所望だと聞かされる。 あっという間に婚約話が進み、フォード家へ嫁ぐことに。 内気で初心な令嬢は、美貌の公爵に甘く激しく愛されてー?

旦那様、仕事に集中してください!~如何なる時も表情を変えない侯爵様。独占欲が強いなんて聞いていません!~

あん蜜
恋愛
いつ如何なる時も表情を変えないことで有名なアーレイ・ハンドバード侯爵と結婚した私は、夫に純潔を捧げる準備を整え、その時を待っていた。 結婚式では表情に変化のなかった夫だが、妻と愛し合っている最中に、それも初夜に、表情を変えないなんてことあるはずがない。 何の心配もしていなかった。 今から旦那様は、私だけに艶めいた表情を見せてくださる……そう思っていたのに――。

腹黒伯爵の甘く淫らな策謀

茂栖 もす
恋愛
私、アスティア・オースティンは夢を見た。 幼い頃過ごした男の子───レイディックと過ごした在りし日の甘い出来事を。 けれど夢から覚めた私の眼前には、見知らぬ男性が居て───そのまま私は、純潔を奪われてしまった。 それからすぐ、私はレイディックと再会する。 美しい青年に成長したレイディックは、もう病弱だった薄幸の少年ではなかった。 『アスティア、大丈夫、僕が全部上書きしてあげる』   そう言って強姦された私に、レイディックは手を伸ばす。甘く優しいその声は、まるで媚薬のようで、私は抗うことができず…………。  ※R−18部分には、♪が付きます。 ※他サイトにも重複投稿しています。

天然王妃は国王陛下に溺愛される~甘く淫らに啼く様~

一ノ瀬 彩音
恋愛
クレイアは天然の王妃であった。 無邪気な笑顔で、その豊満過ぎる胸を押し付けてくるクレイアが可愛くて仕方がない国王。 そんな二人の間に二人の側室が邪魔をする! 果たして国王と王妃は結ばれることが出来るのか!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

国王陛下は悪役令嬢の子宮で溺れる

一ノ瀬 彩音
恋愛
「俺様」なイケメン国王陛下。彼は自分の婚約者である悪役令嬢・エリザベッタを愛していた。 そんな時、謎の男から『エリザベッタを妊娠させる薬』を受け取る。 それを使って彼女を孕ませる事に成功したのだが──まさかの展開!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

かつて私を愛した夫はもういない 偽装結婚のお飾り妻なので溺愛からは逃げ出したい

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※また後日、後日談を掲載予定。  一代で財を築き上げた青年実業家の青年レオパルト。彼は社交性に富み、女性たちの憧れの的だった。  上流階級の出身であるダイアナは、かつて、そんな彼から情熱的に求められ、身分差を乗り越えて結婚することになった。  幸せになると信じたはずの結婚だったが、新婚数日で、レオパルトの不実が発覚する。  どうして良いのか分からなくなったダイアナは、レオパルトを避けるようになり、家庭内別居のような状態が数年続いていた。  夫から求められず、苦痛な毎日を過ごしていたダイアナ。宗教にすがりたくなった彼女は、ある時、神父を呼び寄せたのだが、それを勘違いしたレオパルトが激高する。辛くなったダイアナは家を出ることにして――。  明るく社交的な夫を持った、大人しい妻。  どうして彼は二年間、妻を求めなかったのか――?  勘違いですれ違っていた夫婦の誤解が解けて仲直りをした後、苦難を乗り越え、再度愛し合うようになるまでの物語。 ※本編全23話の完結済の作品。アルファポリス様では、読みやすいように1話を3〜4分割にして投稿中。 ※ムーンライト様にて、11/10~12/1に本編連載していた完結作品になります。現在、ムーンライト様では本編の雰囲気とは違い明るい後日談を投稿中です。 ※R18に※。作者の他作品よりも本編はおとなしめ。 ※ムーンライト33作品目にして、初めて、日間総合1位、週間総合1位をとることができた作品になります。

処理中です...