可愛すぎてつらい

羽鳥むぅ

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第二章

24.冒険の成果に期待して

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 チェルシーが今まで生きてきた、そう長くもない十八年の人生の中でこれが一番冒険したといえよう。だから不安になるのも仕方がないことで。

「派手だったかしら……」

 両手で持って少し掲げれば、窓から差し込む陽の光により向こうが少し透けて見えた。と、いうことは着用すれば普段隠している部分が透けるということである。試着の段階では店内ということもあり、ここまで薄いとは思わなかったのに。

 臙脂色のランジェリーは、記憶のものよりもフリルや装飾が多く施されていて、シックな色合いの中に可愛らしさもあった。希望通りフレッドの瞳の色によく似ている。……しかし透けている。

「布地のお色が濃いですからね。そこまでではないと思います。暗がりでしたら間近で見ないと分からない程度かと」
「まっ!……まぁ、それもそうねっ!」

 暗がりで、間近で。チェルシーは見られるだろう行為を思い出す。昨晩もまた、そういうことをしていたので、鮮明に脳裏に浮かんでしまう思考を振り切るように慌てて同意した。その行為のために買ったのではあるが。

「あとは普段使いにもしていただけるような物もお持ちしました」
「わぁ!素敵!」

 ランサム家を訪れたランジェリーショップの店員たちのトランクからは、次々とカラフルで可愛らしい商品が取り出され、トルソーや机に広げられた。

 * * *

 注文した商品が完成したと連絡を受け、どうやって密かに渡してもらおうかと、考えていて閃いた。

「そうだわ!」

 嫁いできたチェルシーに、いつもよくしてくれているランサム家のメイドたち。彼女たちにもお礼としていくつかプレゼントしてはどうか?そうすれば、あの、時間が経つごとに派手過ぎたのでは、と思えて仕方がないランジェリーも、周りの沢山の品に紛れて恥ずかしさが緩和されるかもしれない。それにあれだけ素敵な品揃えの店だから、メイドたちにも喜んでもらえるだろう。

 そこで相談を持ち掛けるのは、今までであれば義母であったが、チェルシーは真っ先にフレッドを頼った。無意識に。
 既に彼女の中で彼はチェルシーのことを第一に考えてくれて、心を預けられる人になっている。

「もちろんチェルシーの言う通り、彼女たちはよく働いてくれている。褒美として店の商品を持てる限り持ってこさせよう」
「ありがとうございます!」
 未だ熱の籠もったシーツの中で。上がった息を整えながらチェルシーが提案してみれば、水の入ったコップを差し出したフレッドは二つ返事で了承してくれた。

「そのままで。コップはこちらに」
 空になったコップをサイドテーブルに戻そうとしたチェルシーだが、いつものように制されてベッドの上のまま。コップを受け取ったフレッドはそれをテーブルに戻すと、散らばった寝着を集め、湿らせた布を手にいそいそとベッドへと戻ってきた。
 思わず布を受けとろうとしたチェルシーだったが、それをすんでで引っ込める。嬉しそうにチェルシーを抱えたフレッドに、身体を拭かれるのにもだいぶと慣れた。まだ恥ずかしくて真上にある彼の顔は見られないけれど。それでもフレッドに身体だけでなく心も預けてしまっている心地よさは言葉にできない。
 さっぱりと拭きあげられ、寝着を着せられ寝かされるころにはウトウトと瞼が重くなってくる。

 フレッドはチェルシーをとことん甘やかしてくれる。無表情だから誤解していたけれど彼の行動は結婚した当初から一貫していた。初めの頃は遠慮していたらしく抱えられてはいなかったが、身体は拭いてくれていたし、水を飲む時もチェルシーはベッドの上でコップを受け取るだけ。そのことに気付けたのは最近ではあるが。なんせチェルシーはフレッドしかしらない。こういうものだと思っていたし、意見するほど打ち解けてはいなかったから。
 フレッドとしては月に一度の交わりで、箍が外れてここぞとばかりに世話を焼いてしまっていたのだが。それでも今よりは確実に控えめではあった。


 ベッドへ戻ってきたフレッドに、睡魔と戦っていたチェルシーは抱き付く。そうすると頭や頬を優しく撫でられ、安心感に笑みが零れる。想いを確認し合って、執務室や浴室などで散々した時のように、本当は素肌のまま抱き付いて眠りたいけれど、距離をとって寝ていた日々を思えば贅沢な悩みだ。

「我慢しないで寝ればいい」
「でも、なんだか勿体なくて。もうちょっとフレッド様とお話したいの」
「……ぐっ、そ、そうか」

 急接近してから毎日のように肌を合わせて、寝入る寸前や朝の微睡みのなかで言葉を交わしながら触れ合う時間は、かけがえのないものになっていた。口数の少ないフレッドではあるが、チェルシーを見つめる瞳や表情は実はとても優しく、彼の腕の中はとても心地のよい場所だと知った。

「……フレッド様、好き。大好きですよ。私のことを離さないで下さいね」
「……っ!ああ、チェルシー。一体私をどれほど虜にするつもりなのか。天使か、いや、女神だったな。奇跡だ。この世の奇跡。君がそう言ってくれて嬉しくて仕方がないのに、もっと、もっとと求めてしまう自分が嫌になる……。でも申し訳ないが、何があってもお望み通り離してやるわけにはいかないし、誰にも、もちろんあの男にも視界にすら入れさせたくない」

 見送りの際に包み込まれるように抱きしめられるのも好きだけれど、寝転がって彼に抱き付くのは、心がじんわりと温かなもので満たされて、脳内が『好き』でいっぱいになってしまう。堪えきれずに何度も口に出してしまうけれど、その度にフレッドが感極まった様子で何やら捲し立ててくるのが可愛くて愛しくて、チェルシーが奥歯をグッと噛みしめてしまっていることに彼は気づいていないだろう。

 フレッドの内なる不安なんて吹き飛ばしてしまうほど、チェルシーは彼のことを愛している。それなのに残念ながらフレッドは、愛されているという事実への肯定感が低い。チェルシーから向けられる愛に、いつまでも新鮮に感動してくれるフレッドは可愛いけれど、もっと信じて欲しかった。
 やはりその為にも、いくら過激だろうと瞳の色のランジェリーをオーダーしてよかったのだ。さすがに自信につながるはず。

 チェルシーを撫でる優しい手つきと、呪文のような彼のひとり言を子守歌に今度こそ睡魔に抗うことは止めた。
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