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第二章
16.ようやく会えた
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隣を歩く青年を見上げると、視線に気づいたのかこちらを見てにっこりと微笑む。チェルシーはそれに曖昧に笑って返した。
結局あのあと、サマンサにどこへ寄るのか?と聞かれたものの、ラルフの手前、下着を買いに行くとは言えなかった。しかし行き先を全く告げずに別れるのも心配させるかと思い、店の前の通りを言ってしまったのだ。
「そこなら馬車で移動するより近道がありますから、歩いて行ったほうが早いですよ。馬車を広い道から迂回させたらどうですか?ご案内だけして、私は戻りますから」
と、初めて会った相手に、そうまで言われては「お願いします」と言うしかなかった。サマンサも馬車で二人きりになるわけでもない上に、親切に提案してくれる友人の息子を無下にできなくて承諾した。
たった五分ほど一緒に歩くだけのこと。チェルシーさえ頷けば丸く収まる話だった。
だから通りまでなら、と頷いて今に至るのだが。先ほど会ったばかりの男性と一緒に歩いているのは、どうも落ち着かない。歩き方や仕草だけでなく、フレッドがしそうにない表情で彼が笑うのは違和感しかない。当然だ。別人なのだから。
それに気づくと無性にフレッドに会いたくなった。彼はまだ会合の真っ最中だろうか?今頃どこかで食事でもしているかもしれない。
ふいに少し前に二人でデートをした日を思い出した。騎士団に赴いたフレッドへ、屋敷に忘れていった本を届けに行った帰りのことを。
(またフレッド様とデートがしたいわ。外でお食事すると向かい合わせだから、時々目が合っちゃって恥ずかしいけど、嬉しくて幸せなのよね)
一方、そんなチェルシーの妄想なんて露ほども思っていないラルフは、隣の存在に心が躍っていた。
* * *
街で見かけ、一目惚れをしたチェルシーとお近づきになりたくて、ブラウン男爵家に求婚の打診をしたのは随分前の話。しかし彼女は既にランサム伯爵家のフレッドと婚約をしたあとであった。
どうしてもう少し早く出会えなかったのだろう。あの時の無念さは今でも心にしこりになっている。会えないどころか、認識すらされていないというのに。それでもお近づきになりたくて、なんとか伝手を辿ってみたもののブラウン家の守りは堅く、婚約者がいる故に遠慮して欲しいと言われるだけで。
その内にランサム家からも警告に近い手紙を受けて、これ以上は家にも迷惑がかかると悔し涙を飲んだ。
それから父の薦める令嬢と何人か顔を合わせたものの、チェルシーと比べてしまって気づいたら全て断っていた。
フレッドのことは幼い頃に何回か顔を合わせているから知っている。冷たく鉄仮面の少年とは、いくら話し上手のラルフでも仲良くなることができなかった。フレッド自ら建てた壁をわざわざ壊して近付くほど彼に興味も持てなかったし、母親同士のような関係にはなれなかったのだ。
もしあの時にフレッドと仲良くなっていたら、チェルシーともっと早く出会うことだってできたのかもしれない……と、思ったが既に遅く。会うことすら叶わないのならば手の打ちようもない。
父母が参列した彼らの結婚式。無理矢理出席することもできたが、できなかった。彼女が誰かの妻になった現実を受け止めたくなかったのだ。
それからとある社交パーティーで見かけた二人は、一緒にはいるものの特に会話もなく、フレッドの表情も相まって冷え切って見えた。夫婦仲が良さそうにはお世辞にも思えず、ランサム家とブラウン家にどんな約束があったのかは分からないが、愛のない家同士のためだけのものなのだろう。
だとすれば充分に入り込む余地はある。結婚と恋愛は別だ。そういう既婚者も少なくない。
切っ掛けさえあれば……。そう思って色々な夜会やパーティーに参加したものの、殆ど社交の場に顔を出さないチェルシーとは、フレッドと婚約していた時同様、偶然出会うことは難しかった。
初恋に執着していたラルフだが、ここ最近は完全に諦めていた。そう遠くない未来、どこかの令嬢を娶らねばならない。それを受け入れようとしていた。
だというのに、とうとうチェルシーと顔を合わせてしまった以上、そのことがひどく億劫に思えた。
今までもラルフとフレッドの母親同士、何度も共に出かけているのは知っていたが特に気にも止めなかった。それなのに今日は何故か胸騒ぎがして付いてきてみれば、まさかの出会い。
口から心臓が飛び出そうになるのを堪え、平静を装い挨拶をしたが声は震えていなかっただろうか?
挨拶だけで終わらせるのが切なくて失礼を顧みず食い下がってしまったが、おかげで憧れの女性と並んで歩いているという事実に、ラルフの心臓ははちきれそうだった。手は汗でびっしょりである。
柔らかそうなキャラメルブロンドは、歩くたびにこんなに軽やかに跳ねるなんて知らなかった。想像以上に小さく華奢で、いつもよりゆっくり歩いてあげないといけないなんて知らなかった。
もう知らなかった頃には戻れない。もっともっと彼女のことを知りたいと思ってしまう。
また次に会える機会はいつ訪れるか分からないから、少しでも多くの話題を。ラルフという人間を少しでも知ってほしかった。
しかし普段は誰が相手でも如才なく振る舞えるというのに、緊張からかいつもより会話が空回りしている感は否めない。けれどチェルシーはラルフの話を楽しそうに聞いて、相槌を打ってくれている。社交パーティでの様子とは違って。
あの時、隣にいたのが自分だったら、楽しくパーティーに参加させてあげられたのに。
いつか彼女をエスコートできたら。初恋の存在にラルフは浮足立っていた。
結局あのあと、サマンサにどこへ寄るのか?と聞かれたものの、ラルフの手前、下着を買いに行くとは言えなかった。しかし行き先を全く告げずに別れるのも心配させるかと思い、店の前の通りを言ってしまったのだ。
「そこなら馬車で移動するより近道がありますから、歩いて行ったほうが早いですよ。馬車を広い道から迂回させたらどうですか?ご案内だけして、私は戻りますから」
と、初めて会った相手に、そうまで言われては「お願いします」と言うしかなかった。サマンサも馬車で二人きりになるわけでもない上に、親切に提案してくれる友人の息子を無下にできなくて承諾した。
たった五分ほど一緒に歩くだけのこと。チェルシーさえ頷けば丸く収まる話だった。
だから通りまでなら、と頷いて今に至るのだが。先ほど会ったばかりの男性と一緒に歩いているのは、どうも落ち着かない。歩き方や仕草だけでなく、フレッドがしそうにない表情で彼が笑うのは違和感しかない。当然だ。別人なのだから。
それに気づくと無性にフレッドに会いたくなった。彼はまだ会合の真っ最中だろうか?今頃どこかで食事でもしているかもしれない。
ふいに少し前に二人でデートをした日を思い出した。騎士団に赴いたフレッドへ、屋敷に忘れていった本を届けに行った帰りのことを。
(またフレッド様とデートがしたいわ。外でお食事すると向かい合わせだから、時々目が合っちゃって恥ずかしいけど、嬉しくて幸せなのよね)
一方、そんなチェルシーの妄想なんて露ほども思っていないラルフは、隣の存在に心が躍っていた。
* * *
街で見かけ、一目惚れをしたチェルシーとお近づきになりたくて、ブラウン男爵家に求婚の打診をしたのは随分前の話。しかし彼女は既にランサム伯爵家のフレッドと婚約をしたあとであった。
どうしてもう少し早く出会えなかったのだろう。あの時の無念さは今でも心にしこりになっている。会えないどころか、認識すらされていないというのに。それでもお近づきになりたくて、なんとか伝手を辿ってみたもののブラウン家の守りは堅く、婚約者がいる故に遠慮して欲しいと言われるだけで。
その内にランサム家からも警告に近い手紙を受けて、これ以上は家にも迷惑がかかると悔し涙を飲んだ。
それから父の薦める令嬢と何人か顔を合わせたものの、チェルシーと比べてしまって気づいたら全て断っていた。
フレッドのことは幼い頃に何回か顔を合わせているから知っている。冷たく鉄仮面の少年とは、いくら話し上手のラルフでも仲良くなることができなかった。フレッド自ら建てた壁をわざわざ壊して近付くほど彼に興味も持てなかったし、母親同士のような関係にはなれなかったのだ。
もしあの時にフレッドと仲良くなっていたら、チェルシーともっと早く出会うことだってできたのかもしれない……と、思ったが既に遅く。会うことすら叶わないのならば手の打ちようもない。
父母が参列した彼らの結婚式。無理矢理出席することもできたが、できなかった。彼女が誰かの妻になった現実を受け止めたくなかったのだ。
それからとある社交パーティーで見かけた二人は、一緒にはいるものの特に会話もなく、フレッドの表情も相まって冷え切って見えた。夫婦仲が良さそうにはお世辞にも思えず、ランサム家とブラウン家にどんな約束があったのかは分からないが、愛のない家同士のためだけのものなのだろう。
だとすれば充分に入り込む余地はある。結婚と恋愛は別だ。そういう既婚者も少なくない。
切っ掛けさえあれば……。そう思って色々な夜会やパーティーに参加したものの、殆ど社交の場に顔を出さないチェルシーとは、フレッドと婚約していた時同様、偶然出会うことは難しかった。
初恋に執着していたラルフだが、ここ最近は完全に諦めていた。そう遠くない未来、どこかの令嬢を娶らねばならない。それを受け入れようとしていた。
だというのに、とうとうチェルシーと顔を合わせてしまった以上、そのことがひどく億劫に思えた。
今までもラルフとフレッドの母親同士、何度も共に出かけているのは知っていたが特に気にも止めなかった。それなのに今日は何故か胸騒ぎがして付いてきてみれば、まさかの出会い。
口から心臓が飛び出そうになるのを堪え、平静を装い挨拶をしたが声は震えていなかっただろうか?
挨拶だけで終わらせるのが切なくて失礼を顧みず食い下がってしまったが、おかげで憧れの女性と並んで歩いているという事実に、ラルフの心臓ははちきれそうだった。手は汗でびっしょりである。
柔らかそうなキャラメルブロンドは、歩くたびにこんなに軽やかに跳ねるなんて知らなかった。想像以上に小さく華奢で、いつもよりゆっくり歩いてあげないといけないなんて知らなかった。
もう知らなかった頃には戻れない。もっともっと彼女のことを知りたいと思ってしまう。
また次に会える機会はいつ訪れるか分からないから、少しでも多くの話題を。ラルフという人間を少しでも知ってほしかった。
しかし普段は誰が相手でも如才なく振る舞えるというのに、緊張からかいつもより会話が空回りしている感は否めない。けれどチェルシーはラルフの話を楽しそうに聞いて、相槌を打ってくれている。社交パーティでの様子とは違って。
あの時、隣にいたのが自分だったら、楽しくパーティーに参加させてあげられたのに。
いつか彼女をエスコートできたら。初恋の存在にラルフは浮足立っていた。
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