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第二章
8.繋ぎ止める理由
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「チェルシー!」
顔を寄せて呼吸と心音を確認する。脈は少し早いが呼吸は規則正しく、安堵のため息を吐いた。どうやらそのまま眠ってしまったらしい。
「ハッ!急がなければ!」
とにかく身体を冷やすわけにはいかないと、大急ぎで布巾を湯で濡らし、手早く清拭した。反省はあとだ。
夜着を着せ毛布を巻き付けてソファーに横たえさせると、ドロドロに汚れてしまったシーツは剥ぎ取って新しいものと交換する。騎士団の宿舎で過ごした経験のおかげで、フレッドは貴族でありながらも身の回りのことは殆どできた。
元々他人と距離を取りたいきらいがあるため、使用人にさせるよりも自分でしたほうが楽なのだ。それゆえに昔から寝室には、夜着やシーツなどのフレッドが一人で交換できるように予備が置かれている。
今となってはチェルシーの身の回りの世話を問題なくできることから、面倒な性格も悪い所ばかりでないとすら思えた。それもチェルシーと結婚してから気付いたことで、彼女の存在はどこをとっても、いい意味で大きな影響を及ぼしている。
手際よくベッドを整えると、そっとチェルシーをベッドに寝かせた。フレッドもざっと身体を拭き、夜着を着てからそっと隣に潜り込む。
「すまない……。私のせいで……」
完全に寝息を立てている彼女に、無理をさせたと労わるようにそっと抱きしめた。求められたからと言って、随分と調子に乗ってしまった。フワフワと綿毛のように柔らかなチェルシーとの体力差を鑑みることができなかったせいだ。
もう二度と肌を合わせてくれなくなったらという不安が襲うが、無理強いできるわけもなく。そのときは甘んじて受け入れよう。それよりも存在そのものを拒絶されたら?いや、それも辛いが受け入れる。しかし屋敷にだけはいてもらうよう何とか頼みこまなければ。
そう思うだけで胸が軋むように痛む。随分と欲張りになってしまったと自覚しているが、チェルシーの色んな表情を知らなかった時と違い、知ってしまった以上忘れることなんてできやしない。愛おしい唯一の存在。
「ああ……」
柔らかくいい香りのするチェルシーの髪に鼻を埋める。恋をしてから随分経つというのに、日を追うごとにどんどん好きになっていく。
どうかずっと腕の中にいて欲しい。そのためにも。
(明日になったらとりあえず誠心誠意謝って、何か欲しいものはないか聞いてみよう。ああ、しかし明日は早いから謝るのは夜になるか……。そうだ、予定が合えばまた街に出て、買い物に付き合うのもいいかもしれない。次は違うレストランを予約したほうがいいから、騎士団に行くついでにキースにオススメを聞いて……)
今日はさて置き、チェルシーはいつも眠りが深い。まだ、あまり会話ができないころからフレッドの日課は彼女の寝顔を眺めることだった。
キラキラした瞳に見つめられると、嬉しい反面恥ずかしくて、つい逸らしては素っ気なくしてしまっていた。本当はいつも眺めていたいのに。そのため就寝中は、心ゆくまでチェルシーを堪能できるチャンスなのである。
ちなみにチェルシーに誓って、寝ている彼女にいたずらはしていない。想像しないわけでもなかったが、夫婦とはいえ就寝中に不埒なことをされては不快だろう。それが知られて共寝を拒否されたら生きていける気がしない、というのもある。せいぜいが頬や髪を撫で、そっと唇に触れるだけだ。性欲に直結するものではなく、ただ純粋に愛おしいという気持ちで。
それを思えば、自然と腕に抱いて寝れるほどの仲になれたのは改めてすごい進歩である。すっぽりとフレッドの腕の中に収まるチェルシーは、専用に誂られたかのようだ。懐の確かな存在に胸が熱くなる。
ふっくらとした肌に、心地よさそうな寝顔は幼い頃を彷彿とさせて微笑ましいが、身体や声はフレッドを翻弄して止まない大人のそれ。できることならば自分以外の誰の目にも触れさせたくないけれど……。
何がどうなってこうなったのかは分からないが、最近ではチェルシーからも愛を向けてくれるものだから、戸惑いながらも嬉しくてしかたがなかった。理由をいつか聞かせてもらいたい。
諦めていたのに、同じ想い(フレッドの方が何倍も重いと自覚しているが)を返されることの幸福を味わってから、加速度的に貪欲になってしまう。
チェルシーの前ではかっこつけていても、中身はてんで子供だ。分かっている。
「子供といえば……」
跡継ぎという体面はさて置き、もちろん欲しくないわけがない。しかしチェルシーに似た女の子であれば可愛がる自信しかないが、自分に似た男の子だと絶対に扱いにくいだろうし、周囲にも誤解される人生となるのが目に見えている。
そんなものは家庭環境と成長過程、持って生まれた個性によって千差万別なのだが、今の時点でフレッドが気付けるわけもなく。それでも半分はチェルシーの血を分けていると思えば、そんなの愛しさしかないわけで。寧ろチェルシーに抱かれて、母乳を与えられるなんて羨ましいくらいだ。
それよりも血を分けた子供がいれば、チェルシーはフレッドのもとから離れる可能性がグンと下がるのではないだろうか?そんな理由で子供が欲しいなんて口が裂けても言えないが。空気の読めないフレッドだが、さすがにそれは言うべきではないとは分かる。
子供を枷として、他人事のようで些か心苦しくはあるが、残念ながらまだ存在していないので彼の父性は芽生えていない。
しかし妊娠中のあらゆる不調だったり、陣痛で痛がるチェルシーを目の当たりにして、己の思考をひどく後悔するのはもう少し先の話である。
しかし今のフレッドはまだ何も知らないわけで。
ただチェルシーを繋ぎ止めておける理由が増えることに、ほの暗い悦びすら沸き起こる。奥に己の残滓を確認するよう、今はまだ平らな腹をそっと撫でた。チェルシーも望んでいるのだ。これからはもっと腹に注がねばならない。
チェルシーの純粋な気持ちとは斜め上の方向に、フレッドもまた決意する。
あれほどの情事をちっとも思わせないような表情でスヤスヤと眠るチェルシーを大切に抱え直すと、フレッドもまた眠りについた。
顔を寄せて呼吸と心音を確認する。脈は少し早いが呼吸は規則正しく、安堵のため息を吐いた。どうやらそのまま眠ってしまったらしい。
「ハッ!急がなければ!」
とにかく身体を冷やすわけにはいかないと、大急ぎで布巾を湯で濡らし、手早く清拭した。反省はあとだ。
夜着を着せ毛布を巻き付けてソファーに横たえさせると、ドロドロに汚れてしまったシーツは剥ぎ取って新しいものと交換する。騎士団の宿舎で過ごした経験のおかげで、フレッドは貴族でありながらも身の回りのことは殆どできた。
元々他人と距離を取りたいきらいがあるため、使用人にさせるよりも自分でしたほうが楽なのだ。それゆえに昔から寝室には、夜着やシーツなどのフレッドが一人で交換できるように予備が置かれている。
今となってはチェルシーの身の回りの世話を問題なくできることから、面倒な性格も悪い所ばかりでないとすら思えた。それもチェルシーと結婚してから気付いたことで、彼女の存在はどこをとっても、いい意味で大きな影響を及ぼしている。
手際よくベッドを整えると、そっとチェルシーをベッドに寝かせた。フレッドもざっと身体を拭き、夜着を着てからそっと隣に潜り込む。
「すまない……。私のせいで……」
完全に寝息を立てている彼女に、無理をさせたと労わるようにそっと抱きしめた。求められたからと言って、随分と調子に乗ってしまった。フワフワと綿毛のように柔らかなチェルシーとの体力差を鑑みることができなかったせいだ。
もう二度と肌を合わせてくれなくなったらという不安が襲うが、無理強いできるわけもなく。そのときは甘んじて受け入れよう。それよりも存在そのものを拒絶されたら?いや、それも辛いが受け入れる。しかし屋敷にだけはいてもらうよう何とか頼みこまなければ。
そう思うだけで胸が軋むように痛む。随分と欲張りになってしまったと自覚しているが、チェルシーの色んな表情を知らなかった時と違い、知ってしまった以上忘れることなんてできやしない。愛おしい唯一の存在。
「ああ……」
柔らかくいい香りのするチェルシーの髪に鼻を埋める。恋をしてから随分経つというのに、日を追うごとにどんどん好きになっていく。
どうかずっと腕の中にいて欲しい。そのためにも。
(明日になったらとりあえず誠心誠意謝って、何か欲しいものはないか聞いてみよう。ああ、しかし明日は早いから謝るのは夜になるか……。そうだ、予定が合えばまた街に出て、買い物に付き合うのもいいかもしれない。次は違うレストランを予約したほうがいいから、騎士団に行くついでにキースにオススメを聞いて……)
今日はさて置き、チェルシーはいつも眠りが深い。まだ、あまり会話ができないころからフレッドの日課は彼女の寝顔を眺めることだった。
キラキラした瞳に見つめられると、嬉しい反面恥ずかしくて、つい逸らしては素っ気なくしてしまっていた。本当はいつも眺めていたいのに。そのため就寝中は、心ゆくまでチェルシーを堪能できるチャンスなのである。
ちなみにチェルシーに誓って、寝ている彼女にいたずらはしていない。想像しないわけでもなかったが、夫婦とはいえ就寝中に不埒なことをされては不快だろう。それが知られて共寝を拒否されたら生きていける気がしない、というのもある。せいぜいが頬や髪を撫で、そっと唇に触れるだけだ。性欲に直結するものではなく、ただ純粋に愛おしいという気持ちで。
それを思えば、自然と腕に抱いて寝れるほどの仲になれたのは改めてすごい進歩である。すっぽりとフレッドの腕の中に収まるチェルシーは、専用に誂られたかのようだ。懐の確かな存在に胸が熱くなる。
ふっくらとした肌に、心地よさそうな寝顔は幼い頃を彷彿とさせて微笑ましいが、身体や声はフレッドを翻弄して止まない大人のそれ。できることならば自分以外の誰の目にも触れさせたくないけれど……。
何がどうなってこうなったのかは分からないが、最近ではチェルシーからも愛を向けてくれるものだから、戸惑いながらも嬉しくてしかたがなかった。理由をいつか聞かせてもらいたい。
諦めていたのに、同じ想い(フレッドの方が何倍も重いと自覚しているが)を返されることの幸福を味わってから、加速度的に貪欲になってしまう。
チェルシーの前ではかっこつけていても、中身はてんで子供だ。分かっている。
「子供といえば……」
跡継ぎという体面はさて置き、もちろん欲しくないわけがない。しかしチェルシーに似た女の子であれば可愛がる自信しかないが、自分に似た男の子だと絶対に扱いにくいだろうし、周囲にも誤解される人生となるのが目に見えている。
そんなものは家庭環境と成長過程、持って生まれた個性によって千差万別なのだが、今の時点でフレッドが気付けるわけもなく。それでも半分はチェルシーの血を分けていると思えば、そんなの愛しさしかないわけで。寧ろチェルシーに抱かれて、母乳を与えられるなんて羨ましいくらいだ。
それよりも血を分けた子供がいれば、チェルシーはフレッドのもとから離れる可能性がグンと下がるのではないだろうか?そんな理由で子供が欲しいなんて口が裂けても言えないが。空気の読めないフレッドだが、さすがにそれは言うべきではないとは分かる。
子供を枷として、他人事のようで些か心苦しくはあるが、残念ながらまだ存在していないので彼の父性は芽生えていない。
しかし妊娠中のあらゆる不調だったり、陣痛で痛がるチェルシーを目の当たりにして、己の思考をひどく後悔するのはもう少し先の話である。
しかし今のフレッドはまだ何も知らないわけで。
ただチェルシーを繋ぎ止めておける理由が増えることに、ほの暗い悦びすら沸き起こる。奥に己の残滓を確認するよう、今はまだ平らな腹をそっと撫でた。チェルシーも望んでいるのだ。これからはもっと腹に注がねばならない。
チェルシーの純粋な気持ちとは斜め上の方向に、フレッドもまた決意する。
あれほどの情事をちっとも思わせないような表情でスヤスヤと眠るチェルシーを大切に抱え直すと、フレッドもまた眠りについた。
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