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第一部

11.お前が勇者かよ

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 魔王侵攻の知らせは、アクトスの街まで届いていた。
 侵攻するルート上には、この街も含まれている。
 かなり距離はあるし、先に王都がぶつかるから、現状では慌てるほどではない。
 それと同時に、王都で勇者が誕生したという噂も流れてきた。

「は? あいつが勇者!?」
 
 夕食のテーブルを囲う中、クロエが街で聞いた噂について話してくれた。
 その内容がなんと、俺の兄であるミゲル・エイルワースが勇者に選ばれたというもので……
 あまりに驚きすぎて、持っていたフォークを落としてしまったよ。

 グレンが呆れた表情で言う。

「あいつって、一応お前の兄貴だろ」
「いや、そうだが……本当なのか? クロエ」
「はい。組合にも確認しましたが、ミゲル様が勇者に選ばれたのは事実のようです」
「そ、そうか……」

 あいつが勇者とか……いやいや、笑えない冗談だろ。
 だって、あいつに剣術の才能なんてないぞ?

 貴族として暮らした十八年間。
 二つ離れた兄のミゲルは、いつも俺に威張ってばかりだった。
 自分には才能があるだとか、お前より賢いとか。
 ことあるごとに自慢してきて、うっとうしかったのを覚えている。
 まぁ確かに魔法に関する才能はあったと思う。
 貴族の家系に生まれたこともあって、並外れた魔力量を持ち、数々の魔法を扱えていた。
 ただ、剣術に関しては微妙だ。
 稽古と称して何度か手合わせした経験はあるけど、大して強くもなかったな。

「手抜きまくったからな~ あれで自信つけたのかも」

 目立ちたくなかったから、ミゲルとの稽古はいつも手を抜いていた。
 早く終わらせたくてわざと攻撃に当たりにいったり、適当に攻撃を受け流して、当たったふりをしたりとか。
 あれで自信をつけてしまったのなら、俺にも責任があるのだけど……

 ブツブツと頭の中で考えていると、ユミルがごくごくと水を飲みほして尋ねてくる。

「ぷはー! ねぇねぇクロエちゃん、勇者ってどんな風に選ばれるの?」
「勇者選定は、国王様によって行わるの。王城に保管されている聖剣を扱えるかどうか……確かそれが条件だったはず」
「へぇ~ お城に聖剣なんてあったんだね」

 聖剣エグゼカリバール。
 王家に代々伝わる伝説の聖剣で、かつて魔王を討ち滅ぼした剣……と言われている。
 最初に言っておくが、これはたぶん嘘だ。
 歴史上で魔王が誕生したのは、今から千年前のこと。
 千年前に魔王と戦ったのは、何を隠そう俺だ。
 その時に聖剣は使ったけど、エグゼカリバールなんて名前じゃない。
 千年前から現在にかけて、別の魔王が誕生したという記述は残されていなかった。
 要するに、かつて魔王を~みたいな下りは完璧に嘘だということ。

 とは言え、聖剣エグゼカリバールが偽物だということではない。
 世界には数本の聖剣があり、俺もすべてを把握しているわけじゃないからな。
 俺の知らない聖剣を、王国が所持しているのかもしれない。
 どっちにしても、実物を見ていないから真偽はつけられれないのだけど。

「まぁ……選ばれたってことは、扱えはするんだろうな。使いこなせるのかは知らないけど」
「そうなのかな~ でも別にさ、あたしたちには関係ないでしょ」
「そうとも言えないのではないかしら?」

 ミアリスがそう言い、クロエに視線を送る。
 クロエはこくりと頷き、組合で聞いた情報の続きを話す。

「侵攻ルートにこの街も含まれる以上、組合としても何らかの手はうつ必要が出てくる……と、組合の上層部では話に出ているそうです」
「そりゃそうだよな。もしも王都が落とされたら、次に攻め込まれるのはこのアクトスだ」
「負けることがあるのか? あの王国は世界でもトップクラスの大国だろ。それに勇者もいるんだ」

 グレンがそう言ったが、俺は首を横に振って否定する。

「絶対に勝てる戦いはない。だから、常に最善の手を考えるんだ」

 かつての俺がそうしてきたようにな。

「王国がどう迎え撃つのか知らないけど、場合によっては俺たちにも召集がかかるかもしれないな」
「その場合はらどうされますか?」
「どうもこうもないだろ。王国が負ければ、この街も危ない。好き嫌いはあるにしろ、勝ってもらわなきゃ困る」

 もしもの時は参戦する。
 せっかく冒険者としての基盤ができ始めたんだ。
 こんな所で住む場所を失ってたまるか。

「まっ、その時の話だけどな。そもそも王国から要請がなければ、組合も動けないだろうし」
「そうですね」

 そんな話をした翌日だった。
 クエストボードには、デカデカとポスターのような依頼書が張られていた。
 
 王都より支援要請。
 魔王軍の侵攻に伴い、大規模な防衛作戦を実施予定。
 確実な勝利を目指し、近隣に住まう冒険者に作戦への参加を要請する。

「思ったよりも早かったな」
「はい」

 俺とクロエは依頼書を眺めながら、ぼそりと呟いた。
 屋敷を出て二か月と少し。
 まさかこんなにも早くあの場所へ戻る日が来るなんて、誰も予想できなかっただろう。

「やれやれだな」

 嫌な顔を見ることになりそうだ。
 魔王だか何だか知らないが、本当に余計なことをしてくれたよ。
 
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