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第一部

1.剣帝、千年後の世界で貴族となる

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 昔々、世界は争いで溢れていた。
 多くの種族が混在し、国と国が土地を得るため戦争をする。
 今日も、明日も、明後日も戦い。
 激しい戦いが続く中、魔族が参入したことで、争いはさらに激化していく。

 そんな時代に、一人の剣士が召喚された。
 彼が召喚された小さな国は、周囲を大国に囲まれていた。
 度重なる侵攻を受けながら、彼はたった一人で戦い、その侵攻を食い止めた。
 彼の剣は美しく、勇ましく、何より強かった。
 世界で一番強い剣士になること。
 それが彼の夢であり、唯一の願望だった。
 元いた世界は平和すぎて、剣術を極めたい彼にとっては不自由でしかなかった。
 そんな折に召喚された新たな世界は、彼にとって楽園に等しい。
 
 剣術を極めるため、彼は何度でも戦った。
 大国に打ち勝ち、魔王を倒し、魔神すら斬り裂いて見せた。
 彼の手によって救われた命は多い。
 
 そして――彼は【剣帝】と呼ばれるに至った。

 多くの人々が彼を称え、魔族たちは恐れた。
 彼の剣に斬れぬものはなく、彼に勝てる者など存在しない。
 剣帝とは最強の剣士の称号。
 彼は夢を叶えたのだ。

 しかし、栄光も長くは続かなかった。
 彼は突然、命を落としたのだ。
 寿命ではなく、当然ながら戦死でもない。
 死因は毒殺。
 人々は彼を称えると同時に、強すぎる力を畏れていた。
 自らに切っ先が向く可能性を畏れた権力者によって、彼は毒を飲まされた。
 とは言え、彼は夢を叶えていた。
 唐突に最後を迎えようと、この世に未練はない。
 満足だと、笑みを浮かべるだろう。

 否――
 死に際、彼がこぼした一言は……

「ああ……こんなものか」

 剣の道を極め、頂にたどり着いた。
 夢を叶ええて尚、胸にはポッカリと穴が開いているように感じる。
 虚しい……どうしようもなく乾く。
 心は満たされないまま、彼の生涯は幕を下ろした。

 それから千年。
 世界は変わり、人々の生活も変化した。
 遥かな未来で、剣帝は第二の生を受ける。
 これから語られるのは、剣帝と呼ばれた男の新たな伝説の始まりである。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 

 鮮やかな青い空に、ゆっくり流れる白い雲。
 東の空に太陽が昇り、小鳥が楽しそうに飛び交っている。
 穏やかな朝の陽気に包まれながら、俺はまだ夢の中。
 窓から差し込む日差しで、ようやく目が覚める。

「ぅ……う~ん、もう朝かぁ~」

 大きな欠伸と背伸びをして、徐に時計を確認する。
 時計の針は午前六時を指していた。
 起きて身支度を整えるには、ちょうど良いくらいの時間だ。
 ただ……

「ふぁ~ まだ眠いんだよな~」

 朝というのは苦手だ。
 どれだけ寝ても、眠気は襲ってくる。
 特に朝方は、起きて早々に寝ろと身体が訴えてくる。

「……よし! 二度寝するか」

 こういうときは、素直に身体をゆだねるのが一番だ。
 変に無理をしても、何も良いことなんてない。
 俺はかつての経験から、誰よりもそれを知っている。

「やっぱ二度寝は最高だ……」
「ジーク様」
「ん~?」
「そんな堕落を、私が許すと思っていますか?」
「げっ、クロエ……」

 いつの間にか、ベッドの横には黒髪ショートのメイドが立っていた。
 彼女の名前はクロエ。
 この屋敷で働く俺の専属メイドだ。

「おはようございます。ジーク様」
「クロエ。主人の寝室に、ノックもせず入ってくるのはどうかと思うぞ?」
「ノックならしました。ジーク様の耳が悪いだけです」
「その発言……俺じゃなかったら即クビだぞ」
「わかっていますよ。だから、ジーク様にしか言いません」

 相変わらずの毒舌。
 彼女とは俺が五歳の時から一緒にいる。
 いわゆる幼馴染というやつで、その所為か単なる主従関係とは違う。
 まぁ別に気に入っているから良いのだけど。

「じゃっ、そういうわけで二度寝するから」
「どういうわけですか? というか駄目だと言いましたよね?」
「えぇ~ いつも許してくれるだろ?」
「今日は駄目です。まさかお忘れですか?」

 クロエは呆れた表情で見つめてくる。
 彼女の表情を見て、俺はハッと思い出した。

「本宅……」
「そうですよ。今日はジーク様のお父上、バルムス様にお会いする日です」

 そうだった……
 月に一度、王都にある本宅へ赴き、現況を報告する。
 という取り決めを交わして、俺はこの別荘で暮らしているんだよ。

「わかったら早く起きてください。せっかくの朝食が冷めてしまいます」
「はいはい」

 面倒だけど、こればっかりは仕方がない。
 父上との予定をすっぽかしたら、さすがに怒られるだけじゃ済まないだろうからな。
 俺は重い体を起こし、ベッドから降りた。

「お召し物はこちらに」
「ありがと。着替えたら行くから、クロエは先に行っててくれ」
「いえ、着替え終わるまでここで待ちます」
「ここでって……見られながら着替えるの? さすがに恥ずかしいんだけど……」
「何を今さら、私は気にしないのでお構いなく。ジーク様がさぼらないかチェックしておりますので」
「はぁ……やれやれ」

 確かに恥ずかしいというのは嘘だ。
 十年以上一緒にいるし、もう家族も同然だからな。
 お互いの裸だって見慣れ……てはさすがにないけど。

 俺が着替え終わると、クロエが扉の前に立つ。
 ガチャリと扉を開けてから、俺に言う。

「では、行きましょう」
「ああ」
 
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