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「なっ、な……何してるの!?」
「大丈夫だ。よく見てろ」
「どこが大丈夫なの! 今すぐ止血しないと大変なことに――え?」
その変化は鮮やかに、唐突に起こった。
切断面の肉が蠢き盛り上がり、瞬く間に伸びて腕の形に変化する。
そうして気づけば、彼の腕は再生していた。
「え、え?」
「まだ終わってないぞ。そこの腕を見てみろ」
彼が指を指したのは、切断して転がった自らの左腕。
視線を向けたタイミングで、その腕は灰となって消えた。
正直意味がわからなかった。
私の魔法なら別だけど、ただの人間の魔術じゃ腕を再生させることなんて出来ない。
しかも一瞬で、切断された腕が灰になったり……異常だ。
「今のが……呪い?」
「これだけじゃないぞ。日光に当たると身体が燃えるし、他人の血を見ると吸いたくなる。特に今みたいに力を使った後はな。我慢してるんだ」
「そ、それって……」
彼の話を聞いて、思い当たる節がある。
そういう力を持った種族が、大昔には存在した。
不老不死の身体に、日の下を歩けない弱点、血を吸う……鬼。
まるで――
「吸血鬼?」
「そういうことだ。俺は五歳の時、突然身体が吸血鬼化した。それまでは普通の人間だったのに……こんなの呪いっていう他ないだろ?」
彼は悲し気に語り出した。
変化は突然だったという。
何か前触れがあったわけでも、心当たりもない。
ある朝、彼は窓から差し込む光に恐怖を感じた。
それは吸血鬼としての本能的な恐怖だった。
恐る恐る窓に近づいた彼の身体は、瞬く間に炎に包まれた。
咄嗟に影へ入り、花瓶の水を被って消火したそうだ。
その時の傷もすぐに治り、幼い彼は戸惑い恐怖したという。
「本当に意味がわからなかった。けど幸い、俺は王子としていろんな教育を受けていたからな。歴史や知識にも詳しくて、すぐ思い当たったよ。吸血鬼みたいだなって……そっからはまぁ地獄だったさ。外も満足に出歩けないし、吸血衝動にも耐えなきゃいけない。まともな生活なんて無理だ」
「相談したりとかは?」
「出来るわけないだろ? 魔女と同じくらい人外っていうのは恐れられてる。そんなもんに王族の俺がなったってバレたらどうなる? 国中で大騒動だ。だから誰にも話してない。父上にも……兄上たちにもな」
「……」
彼の表情からは寂しさが感じ取れる。
今の話を聞いて、いろいろと合点がいった。
彼が夜中にしか出歩かないのも、国事に参加しないのも、全てはその体質のせいだ。
そうするしかなかったのだろう。
立場もあって、誰にも相談することも出来ずに……一人で悩んで苦しんで。
出会ってばかりの私が言えることじゃないけど、もしそんな体質じゃなければ、彼はロクデナシ王子なんて呼ばれていなかっただろう。
「大変……だったんだね」
「お互いにな」
「あはははっ、そうだね」
誰にも言えない秘密を抱えて生きる。
それがどれほど苦しくて、寂しいことなのか。
私は良く知っている。
そして彼も……。
「まぁそういうわけで、さっきの提案だ。俺にお前の力を貸してほしい。この呪いを解く方法を一緒に探してくれ。その代わり、俺がお前の居場所を提供する。秘密も守ると約束する。どうだ? 悪くない取引だと思わないか?」
「そうだね。悪くない取引だよ」
互いの秘密を知った。
上下をつけられないほど濃くて重い秘密を。
私たちは互いに秘密を抱えている。
だけど今、その秘密を共有して、一緒に歩ける人を見つけた。
協力者?
それとも共犯者かな?
どっちでもいい。
一人じゃない……たったそれだけのことで、私の心は軽くなった。
「その取引を受けてあげるよ。魔女として協力してあげる。吸血鬼の王子様」
「ふっ、なら決まりだな。期待してるぞ魔女さ……あーいや、お前の名前はなんだ?」
「ん? そういえば名乗ってなかったね? 私はアンリティア」
「アンリティア……長いな。アンリでいいか?」
い、いきなり愛称?
でもまぁ、悪くない呼び名だし。
「いいよ。特別に許してあげる」
「偉そうだな。一応俺は王子なんだぞ?」
「私だって魔女だからね」
「なんだその反論。まぁいいや」
彼は右手を差し出す。
「よろしくな、アンリ。俺のこともユーリでいいぞ。特別にな」
「うん。よろしく、ユーリ」
私は彼の手を握る。
魔女として生まれて四百年。
初めて秘密を共有できる存在を得た。
これは直感だ。
この出会いをきっかけに、私の人生は大きく変わると。
それからもう一つ、今だからこそ言える一言がある。
さようならブラック冒険者ギルド!
二度とお世話にならないからね!
「大丈夫だ。よく見てろ」
「どこが大丈夫なの! 今すぐ止血しないと大変なことに――え?」
その変化は鮮やかに、唐突に起こった。
切断面の肉が蠢き盛り上がり、瞬く間に伸びて腕の形に変化する。
そうして気づけば、彼の腕は再生していた。
「え、え?」
「まだ終わってないぞ。そこの腕を見てみろ」
彼が指を指したのは、切断して転がった自らの左腕。
視線を向けたタイミングで、その腕は灰となって消えた。
正直意味がわからなかった。
私の魔法なら別だけど、ただの人間の魔術じゃ腕を再生させることなんて出来ない。
しかも一瞬で、切断された腕が灰になったり……異常だ。
「今のが……呪い?」
「これだけじゃないぞ。日光に当たると身体が燃えるし、他人の血を見ると吸いたくなる。特に今みたいに力を使った後はな。我慢してるんだ」
「そ、それって……」
彼の話を聞いて、思い当たる節がある。
そういう力を持った種族が、大昔には存在した。
不老不死の身体に、日の下を歩けない弱点、血を吸う……鬼。
まるで――
「吸血鬼?」
「そういうことだ。俺は五歳の時、突然身体が吸血鬼化した。それまでは普通の人間だったのに……こんなの呪いっていう他ないだろ?」
彼は悲し気に語り出した。
変化は突然だったという。
何か前触れがあったわけでも、心当たりもない。
ある朝、彼は窓から差し込む光に恐怖を感じた。
それは吸血鬼としての本能的な恐怖だった。
恐る恐る窓に近づいた彼の身体は、瞬く間に炎に包まれた。
咄嗟に影へ入り、花瓶の水を被って消火したそうだ。
その時の傷もすぐに治り、幼い彼は戸惑い恐怖したという。
「本当に意味がわからなかった。けど幸い、俺は王子としていろんな教育を受けていたからな。歴史や知識にも詳しくて、すぐ思い当たったよ。吸血鬼みたいだなって……そっからはまぁ地獄だったさ。外も満足に出歩けないし、吸血衝動にも耐えなきゃいけない。まともな生活なんて無理だ」
「相談したりとかは?」
「出来るわけないだろ? 魔女と同じくらい人外っていうのは恐れられてる。そんなもんに王族の俺がなったってバレたらどうなる? 国中で大騒動だ。だから誰にも話してない。父上にも……兄上たちにもな」
「……」
彼の表情からは寂しさが感じ取れる。
今の話を聞いて、いろいろと合点がいった。
彼が夜中にしか出歩かないのも、国事に参加しないのも、全てはその体質のせいだ。
そうするしかなかったのだろう。
立場もあって、誰にも相談することも出来ずに……一人で悩んで苦しんで。
出会ってばかりの私が言えることじゃないけど、もしそんな体質じゃなければ、彼はロクデナシ王子なんて呼ばれていなかっただろう。
「大変……だったんだね」
「お互いにな」
「あはははっ、そうだね」
誰にも言えない秘密を抱えて生きる。
それがどれほど苦しくて、寂しいことなのか。
私は良く知っている。
そして彼も……。
「まぁそういうわけで、さっきの提案だ。俺にお前の力を貸してほしい。この呪いを解く方法を一緒に探してくれ。その代わり、俺がお前の居場所を提供する。秘密も守ると約束する。どうだ? 悪くない取引だと思わないか?」
「そうだね。悪くない取引だよ」
互いの秘密を知った。
上下をつけられないほど濃くて重い秘密を。
私たちは互いに秘密を抱えている。
だけど今、その秘密を共有して、一緒に歩ける人を見つけた。
協力者?
それとも共犯者かな?
どっちでもいい。
一人じゃない……たったそれだけのことで、私の心は軽くなった。
「その取引を受けてあげるよ。魔女として協力してあげる。吸血鬼の王子様」
「ふっ、なら決まりだな。期待してるぞ魔女さ……あーいや、お前の名前はなんだ?」
「ん? そういえば名乗ってなかったね? 私はアンリティア」
「アンリティア……長いな。アンリでいいか?」
い、いきなり愛称?
でもまぁ、悪くない呼び名だし。
「いいよ。特別に許してあげる」
「偉そうだな。一応俺は王子なんだぞ?」
「私だって魔女だからね」
「なんだその反論。まぁいいや」
彼は右手を差し出す。
「よろしくな、アンリ。俺のこともユーリでいいぞ。特別にな」
「うん。よろしく、ユーリ」
私は彼の手を握る。
魔女として生まれて四百年。
初めて秘密を共有できる存在を得た。
これは直感だ。
この出会いをきっかけに、私の人生は大きく変わると。
それからもう一つ、今だからこそ言える一言がある。
さようならブラック冒険者ギルド!
二度とお世話にならないからね!
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