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「おいアンリティア! いつまで休憩してやがんだ!」
「ボ、ボス! で、でも今さっき休憩に入った所で……」
「つべこべ言ってねーで働けノロマが! 治療待ちの奴らが溜まってんだよ! それともなんだ? 追い出されてーのか?」
「すみません! 今すぐ行きます!」
椅子から立ち上がった私に向って、ボスは大きく聞こえるように舌打ちをした。
その隣を通り抜けていく。
私はたった三十秒の休憩を終えて、負傷者が集まる一室に駆け込んだ。
「すみません遅れました」
「ちっ、やっと来たのかよ。さっさと治療しろや」
「はい。すみませんでした」
私は謝罪しながらしゃがみ込んで、怪我をしている箇所に治癒魔法をかける。
表情は心配そうに、でも内心では呆れてため息をこぼしながら。
戦闘を生業にする冒険者ギルド『アウトレンジャー』。
ここはギルドホームの治療室。
今日も戦闘で負傷したギルドメンバーが大勢集まっている。
そして私は、このギルドに所属している治癒術師だ。
「おいおせーぞ! 次早くしろ!」
「……そんなに元気なら大丈夫でしょ」
「んあ? なんか言ったか?」
「いえ何でもありません! 今すぐ行きます!」
おっといけない。
つい本音が漏れてしまうことがある。
気を付けないともっと待遇が悪くなるかも……いやさすがに今より悪くなるなんてないか。
そう思えてしまうほど、このギルドでの仕事はブラックだ。
朝から正午までポーションの作成、午後からはお金をもらって街の人を治療、夕方からは仕事から戻ったギルドメンバーの治療。
これらすべてが終わってから明日の準備もして、寝るのはいつも日付が変わる頃だ。
治療をしながらチラッと時計を見る。
午後八時半……まだ大勢の負傷者が残っている。
この調子だと終わるのは十一時頃かな?
せめて治癒術師が私以外にもいれば早く終わるのに……。
常識のないブラックな環境に耐えられる人なんて普通にいないけど。
この待遇の悪さは、別に私だからというわけじゃない。
戦闘系のギルドでは、前線で戦える力を持った者が優遇される。
簡単に言えば強さこそが全てなのだ。
どこの野生の社会だって思うけど、事実そうなのだから仕方がない。
そんな中、戦うことは出来ず安全地帯で治療しか出来ない治癒術師は、臆病者とか温室育ちとか言われて馬鹿にされる。
実際、とても重要な役割をしているのに、彼らにはその有難みがわかっていないんだ。
「はぁ……」
そんなだから、仕事中も無意識に本音やため息が出る。
長いことやっていて、他に聞こえないギリギリの声量で出せるようになった。
我ながら無駄な才能だ。
「ったくトロイ奴だぜ。そんなんじゃクビになんぞぉ~」
「……すみません」
クビにするなら早くすれば良いのに。
なんてことを言えないのが辛い立場だ。
このギルドの規模は大きくて、実績もあるから他のギルドにも影響力を持っている。
仮にここをクビになれば、その噂は早々に広まり、嫌がらせという名の根回しをされて、どの職場も拾ってくれない。
拾ってくれても精々雑用係だろう。
実際にそうなった同業者を何人も知っているから、軽々に辞められない。
それに……私には誰にも明かせない秘密がある。
秘密を守るためにも溶け込まないといけない。
人間の暮らしの中に。
「ボ、ボス! で、でも今さっき休憩に入った所で……」
「つべこべ言ってねーで働けノロマが! 治療待ちの奴らが溜まってんだよ! それともなんだ? 追い出されてーのか?」
「すみません! 今すぐ行きます!」
椅子から立ち上がった私に向って、ボスは大きく聞こえるように舌打ちをした。
その隣を通り抜けていく。
私はたった三十秒の休憩を終えて、負傷者が集まる一室に駆け込んだ。
「すみません遅れました」
「ちっ、やっと来たのかよ。さっさと治療しろや」
「はい。すみませんでした」
私は謝罪しながらしゃがみ込んで、怪我をしている箇所に治癒魔法をかける。
表情は心配そうに、でも内心では呆れてため息をこぼしながら。
戦闘を生業にする冒険者ギルド『アウトレンジャー』。
ここはギルドホームの治療室。
今日も戦闘で負傷したギルドメンバーが大勢集まっている。
そして私は、このギルドに所属している治癒術師だ。
「おいおせーぞ! 次早くしろ!」
「……そんなに元気なら大丈夫でしょ」
「んあ? なんか言ったか?」
「いえ何でもありません! 今すぐ行きます!」
おっといけない。
つい本音が漏れてしまうことがある。
気を付けないともっと待遇が悪くなるかも……いやさすがに今より悪くなるなんてないか。
そう思えてしまうほど、このギルドでの仕事はブラックだ。
朝から正午までポーションの作成、午後からはお金をもらって街の人を治療、夕方からは仕事から戻ったギルドメンバーの治療。
これらすべてが終わってから明日の準備もして、寝るのはいつも日付が変わる頃だ。
治療をしながらチラッと時計を見る。
午後八時半……まだ大勢の負傷者が残っている。
この調子だと終わるのは十一時頃かな?
せめて治癒術師が私以外にもいれば早く終わるのに……。
常識のないブラックな環境に耐えられる人なんて普通にいないけど。
この待遇の悪さは、別に私だからというわけじゃない。
戦闘系のギルドでは、前線で戦える力を持った者が優遇される。
簡単に言えば強さこそが全てなのだ。
どこの野生の社会だって思うけど、事実そうなのだから仕方がない。
そんな中、戦うことは出来ず安全地帯で治療しか出来ない治癒術師は、臆病者とか温室育ちとか言われて馬鹿にされる。
実際、とても重要な役割をしているのに、彼らにはその有難みがわかっていないんだ。
「はぁ……」
そんなだから、仕事中も無意識に本音やため息が出る。
長いことやっていて、他に聞こえないギリギリの声量で出せるようになった。
我ながら無駄な才能だ。
「ったくトロイ奴だぜ。そんなんじゃクビになんぞぉ~」
「……すみません」
クビにするなら早くすれば良いのに。
なんてことを言えないのが辛い立場だ。
このギルドの規模は大きくて、実績もあるから他のギルドにも影響力を持っている。
仮にここをクビになれば、その噂は早々に広まり、嫌がらせという名の根回しをされて、どの職場も拾ってくれない。
拾ってくれても精々雑用係だろう。
実際にそうなった同業者を何人も知っているから、軽々に辞められない。
それに……私には誰にも明かせない秘密がある。
秘密を守るためにも溶け込まないといけない。
人間の暮らしの中に。
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