37 / 46
長女アイラ
Ⅲ
しおりを挟む
銀色の髪が風でなびく。
透き通るような瞳は、髪と同じ色をしていた。
男性とは思えない白くて綺麗な肌にも、見惚れる何かを感じてしまう。
「休憩中にすまないな、アイラ」
「いえ。王子はまた城を抜け出してきたんですか?」
「またとは失礼だな。まぁ……そうなんだが」
王子は目をそらしながらそう言った。
「あまりお城の人たちを困らせては駄目ですよ? 皆さんも心配されていると思いますから」
「ぅ……それを言われると返す言葉もないな」
「それから、急に高い所から降りてこないでください。あの時みたいに驚いて、怪我をしたら大変です」
「いやいや、あれはお前が勝手に転びそうになっただけだろ。それを俺が助けた拍子に怪我をしたんだから」
「急に声をかけたからですよ」
王子と私の出会いは、人気のない空き地だった。
今でもハッキリと覚えている。
そんなにロマンチックな出会いではなかったし、最初は王子だということも知らなかったけど。
「ここでは見ない顔だったし、何より綺麗な髪だったからな。それと、俺のことは王子じゃなくて名前で呼べと言っているだろう?」
「ハミル殿下?」
「それじゃ同じだ! お前はわざとやっているだろう?」
図星だったりする。
王子の反応が面白くて、悪戯が過ぎたかな。
「ハミル様」
「様もいらん。あと敬語も止めろと言ったはずだが?」
「それはさすがに失礼では? 他の人たちに聞かれたら」
「構わん。そもそもここは俺たちをよく知る者しかいない。敬語は堅苦しいから、正式な場以外は必要ない」
「じゃあ……ハミル」
「うん、それでいい」
ハミルは爽やかにはにかむ。
無邪気な笑顔を見ていると、心に風がすーっと抜けていくようだ。
「隣いいか?」
「もちろん」
ハミルは私の隣に座った。
一緒に同じ空を見上げながら、感慨にふけったように言う。
「空が染まって来たな」
「もう夕方だからね」
「まぁそうなんだが、城から見る空より、ここから見るほうが綺麗だな」
「ふふっ、いっつもそう言っているね。ハミルはお城が嫌いなの?」
「別に嫌いじゃないさ。ただ……俺は城よりも、城の外の街が好きなだけだよ」
そう言って、ハミルは大空に手を伸ばす。
言葉の節々に込められた思いが、私にも伝わってくるようだ。
「だからって何度も抜け出しちゃダメだよ」
「またそれか」
「怒られてもしらないからね?」
「ふんっ! ちゃんと執務はこなしてから出てきている」
ハミルは飛び出す様に立ち上がり、大きく背伸びをした。
「それに俺だって暇だから出てきているわけじゃないぞ」
「そうかな?」
「当たり前だ。街の様子はこうして時折見ておかないとな。案外、一日足らずで変わってしまう。王族として、国を治める者として、そこで暮らす人々の生活は直に見ておきたいんだ」
そんな風に言える彼を、私は凄いと思った。
ハミルは私の知っている王子とは全然違う。
傲慢で変態な王子しか知らなかった私にとって、ハミルはとても眩しくて格好良く見える。
「あと、お前に会いたかった」
「へっ――」
「何だ? その呆けた面は」
唐突に振られた話に動揺して、思わず変な声が出てしまった。
「きゅ、急にそんなこと言うから」
「事実だからな。最近の外出の目的の半分は、お前の様子を見に来ることだ」
「ぅ……そうなの?」
「ああ」
爽やかすぎる。
そんなセリフを臆面もなく言えるなんて……
あぁ、でもその辺りは私の知っている王子と同じなのか。
何だろう?
王子になる人は、そういう所は標準装備しているのかな。
どっちにしろ心臓に悪い。
「まぁ何せ、お前をここの聖女に推薦したのは俺だからな! ちゃんと働いているかチェックしないと、俺の顔がたたんだろ?」
「なっ、そんな理由なの?」
「まだな」
「まだ?」
「ああ、まだだ」
私はその意味を理解できなくて、キョトンとして首を傾げる。
するとハミルは、小さく笑って言う。
「まぁ良いさ。今は気にしないでくれ」
「そう?」
「ああ。いずれちゃんと言う。それよりどうだ? 最近の感じは」
「えっと、それなりに大変かな」
以前にハミルと話したのは一週間ほど前。
その間に起こったことを、私はハミルに話して聞かせた。
彼がここへ来るときは、いつも近況を報告し合っている。
「そっちは?」
「俺は変わらずだ。兄上が戻られるまでは、中々忙しい日々が続くだろうな」
「お兄さんはまだお隣の国に?」
「らしいな。俺も詳しくは聞いていないが」
王族のお仕事は大変だ。
私も直で見てきたから知っている。
向こうの王子はどうだったか知らないけど、少なくとも王様は多忙な人だった。
「だったら早く戻ったほうがいいのでは?」
「そうだな。そろそろ戻らないと、城の兵がこぞって探しに来る」
それは一大事だ。
ハミルは笑っているけど、全然笑い事じゃない。
「さて、では戻る。また来るからな」
「うん」
ハミルは壁を登って颯爽と去っていった。
この国の王子様は、とても活発で清々しい人だ。
そんな彼と出会えたことを、運命だと思いたい。
透き通るような瞳は、髪と同じ色をしていた。
男性とは思えない白くて綺麗な肌にも、見惚れる何かを感じてしまう。
「休憩中にすまないな、アイラ」
「いえ。王子はまた城を抜け出してきたんですか?」
「またとは失礼だな。まぁ……そうなんだが」
王子は目をそらしながらそう言った。
「あまりお城の人たちを困らせては駄目ですよ? 皆さんも心配されていると思いますから」
「ぅ……それを言われると返す言葉もないな」
「それから、急に高い所から降りてこないでください。あの時みたいに驚いて、怪我をしたら大変です」
「いやいや、あれはお前が勝手に転びそうになっただけだろ。それを俺が助けた拍子に怪我をしたんだから」
「急に声をかけたからですよ」
王子と私の出会いは、人気のない空き地だった。
今でもハッキリと覚えている。
そんなにロマンチックな出会いではなかったし、最初は王子だということも知らなかったけど。
「ここでは見ない顔だったし、何より綺麗な髪だったからな。それと、俺のことは王子じゃなくて名前で呼べと言っているだろう?」
「ハミル殿下?」
「それじゃ同じだ! お前はわざとやっているだろう?」
図星だったりする。
王子の反応が面白くて、悪戯が過ぎたかな。
「ハミル様」
「様もいらん。あと敬語も止めろと言ったはずだが?」
「それはさすがに失礼では? 他の人たちに聞かれたら」
「構わん。そもそもここは俺たちをよく知る者しかいない。敬語は堅苦しいから、正式な場以外は必要ない」
「じゃあ……ハミル」
「うん、それでいい」
ハミルは爽やかにはにかむ。
無邪気な笑顔を見ていると、心に風がすーっと抜けていくようだ。
「隣いいか?」
「もちろん」
ハミルは私の隣に座った。
一緒に同じ空を見上げながら、感慨にふけったように言う。
「空が染まって来たな」
「もう夕方だからね」
「まぁそうなんだが、城から見る空より、ここから見るほうが綺麗だな」
「ふふっ、いっつもそう言っているね。ハミルはお城が嫌いなの?」
「別に嫌いじゃないさ。ただ……俺は城よりも、城の外の街が好きなだけだよ」
そう言って、ハミルは大空に手を伸ばす。
言葉の節々に込められた思いが、私にも伝わってくるようだ。
「だからって何度も抜け出しちゃダメだよ」
「またそれか」
「怒られてもしらないからね?」
「ふんっ! ちゃんと執務はこなしてから出てきている」
ハミルは飛び出す様に立ち上がり、大きく背伸びをした。
「それに俺だって暇だから出てきているわけじゃないぞ」
「そうかな?」
「当たり前だ。街の様子はこうして時折見ておかないとな。案外、一日足らずで変わってしまう。王族として、国を治める者として、そこで暮らす人々の生活は直に見ておきたいんだ」
そんな風に言える彼を、私は凄いと思った。
ハミルは私の知っている王子とは全然違う。
傲慢で変態な王子しか知らなかった私にとって、ハミルはとても眩しくて格好良く見える。
「あと、お前に会いたかった」
「へっ――」
「何だ? その呆けた面は」
唐突に振られた話に動揺して、思わず変な声が出てしまった。
「きゅ、急にそんなこと言うから」
「事実だからな。最近の外出の目的の半分は、お前の様子を見に来ることだ」
「ぅ……そうなの?」
「ああ」
爽やかすぎる。
そんなセリフを臆面もなく言えるなんて……
あぁ、でもその辺りは私の知っている王子と同じなのか。
何だろう?
王子になる人は、そういう所は標準装備しているのかな。
どっちにしろ心臓に悪い。
「まぁ何せ、お前をここの聖女に推薦したのは俺だからな! ちゃんと働いているかチェックしないと、俺の顔がたたんだろ?」
「なっ、そんな理由なの?」
「まだな」
「まだ?」
「ああ、まだだ」
私はその意味を理解できなくて、キョトンとして首を傾げる。
するとハミルは、小さく笑って言う。
「まぁ良いさ。今は気にしないでくれ」
「そう?」
「ああ。いずれちゃんと言う。それよりどうだ? 最近の感じは」
「えっと、それなりに大変かな」
以前にハミルと話したのは一週間ほど前。
その間に起こったことを、私はハミルに話して聞かせた。
彼がここへ来るときは、いつも近況を報告し合っている。
「そっちは?」
「俺は変わらずだ。兄上が戻られるまでは、中々忙しい日々が続くだろうな」
「お兄さんはまだお隣の国に?」
「らしいな。俺も詳しくは聞いていないが」
王族のお仕事は大変だ。
私も直で見てきたから知っている。
向こうの王子はどうだったか知らないけど、少なくとも王様は多忙な人だった。
「だったら早く戻ったほうがいいのでは?」
「そうだな。そろそろ戻らないと、城の兵がこぞって探しに来る」
それは一大事だ。
ハミルは笑っているけど、全然笑い事じゃない。
「さて、では戻る。また来るからな」
「うん」
ハミルは壁を登って颯爽と去っていった。
この国の王子様は、とても活発で清々しい人だ。
そんな彼と出会えたことを、運命だと思いたい。
1
お気に入りに追加
767
あなたにおすすめの小説
追放聖女と元英雄のはぐれ旅 ~国、家族、仲間、全てを失った二人はどこへ行く?~
日之影ソラ
恋愛
小説家になろうにて先行配信中!
緑豊かな自然に囲まれたエストワール王国。
様々な種族が共存するこの国では、光の精霊の契約者を『聖女』と呼んでいた。
聖女となるのは王族の家系。
母親から引き継ぎ、新たな聖女となった王女ユイノアは、冒険譚に憧れる女の子だった。
いつか大きくなったら、自分も世界中を旅してみたい。
そんな夢を抱いていた彼女は、旅人のユーレアスと出会い、旅への憧れを強くする。
しかし、彼女に与えられた運命は残酷だった。
母の死によって変わってしまった父と、それを良しとしなかった国民。
クーデターにより国は崩壊し、彼女は一人ぼっちになってしまう。
そして彼女は再び彼と出会った。
全てを失った少女と、かつて世界を救った英雄。
一人と一人が交わり始まった二人旅は、はたしてどこへたどり着くのだろうか?
書籍約一冊分のボリュームです。
第一部完結まで予約投稿済み。
ぜひぜひ読んで楽しんでくださいね。
勇者惨敗は私(鍛冶師)の責任だからクビって本気!? ~サービス残業、休日出勤、日々のパワハラに耐え続けて限界! もう自分の鍛冶屋を始めます~
日之影ソラ
恋愛
宮廷鍛冶師として働く平民の女の子ソフィア。彼女は聖剣の製造と管理を一人で任され、通常の業務も人一倍与えられていた。毎日残業、休日も働いてなんとか仕事を終らせる日々……。
それでも頑張って、生きるために必死に働いていた彼女に、勇者エレインは衝撃の言葉を告げる。
「鍛冶師ソフィア! お前のせいで僕は負けたんだ! 責任をとってクビになれ!」
「……はい?」
サービス残業に休日出勤、上司に勇者の横暴な扱いにも耐え続けた結果、勇者が負けた責任をかぶせられて宮廷をクビになってしまう。
呆れを通り越して怒りを爆発させたソフィアは、言いたいことを言い放って宮廷を飛び出す。
その先で待っていたのは孤独の日々……ではなかった。
偶然の出会いをきっかけに新天地でお店を開き、幸せの一歩を踏み出す。
国外追放された先で出会ったのは、素敵な魔法使いでした。
冬吹せいら
恋愛
リンダ・エルボールは、聖女として目覚めたことがきっかけで、王太子のソリッド・アンバルグとの婚約が決まった。
しかし、それから一年が経過したある日。
ソリッドが、リンダとの婚約を破棄すると言い出した。
その横には、侯爵令嬢の、リーファン・ゴバーグが……。
邪魔者扱いされ、国外追放されてしまったリンダは、森で、魔法使いと出会い……?
※全11話です。
好評でしたら、番外編など書くかもしれません。
聖女ですが、大地の力を授かったので、先手を打って王族たちを国外追放したら、国がとってもスッキリしました。
冬吹せいら
恋愛
聖女のローナは、大地の怒りを鎮めるための祈りに、毎回大金がかかることについて、王族や兵士たちから、文句ばかり言われてきた。
ある日、いつものように祈りを捧げたところ、ローナの丁寧な祈りの成果により、大地の怒りが完全に静まった。そのお礼として、大地を司る者から、力を授かる。
その力を使って、ローナは、王族や兵士などのムカつく連中を国から追い出し……。スッキリ綺麗にすることを誓った。
偽者に奪われた聖女の地位、なんとしても取り返さ……なくていっか! ~奪ってくれてありがとう。これから私は自由に生きます~
日之影ソラ
恋愛
【小説家になろうにて先行公開中!】
https://ncode.syosetu.com/n9071il/
異世界で村娘に転生したイリアスには、聖女の力が宿っていた。本来スローレン公爵家に生まれるはずの聖女が一般人から生まれた事実を隠すべく、八歳の頃にスローレン公爵家に養子として迎え入れられるイリアス。
貴族としての振る舞い方や作法、聖女の在り方をみっちり教育され、家の人間や王族から厳しい目で見られ大変な日々を送る。そんなある日、事件は起こった。
イリアスと見た目はそっくり、聖女の力?も使えるもう一人のイリアスが現れ、自分こそが本物のイリアスだと主張し、婚約者の王子ですら彼女の味方をする。
このままじゃ聖女の地位が奪われてしまう。何とかして取り戻そう……ん?
別にいっか!
聖女じゃないなら自由に生きさせてもらいますね!
重圧、パワハラから解放された聖女の第二の人生がスタートする!!
聖女解任ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はマリア、職業は大聖女。ダグラス王国の聖女のトップだ。そんな私にある日災難(婚約者)が災難(難癖を付け)を呼び、聖女を解任された。やった〜っ!悩み事が全て無くなったから、2度と聖女の職には戻らないわよっ!?
元聖女がやっと手に入れた自由を満喫するお話しです。
悪役令嬢に難癖をつけられ、飼い犬と共に国外追放されましたが、私は聖女、飼い犬は聖獣になりました。
冬吹せいら
恋愛
シーナ・アリオンは、戦争によって両親を失くし、孤児院で暮らしている。
飼い犬のランバーと共に、貧しいながらも、孤児院の子供たちと幸せな日々を送っていた。
そんなある日、城下町を支配している貴族、カーペンハイト家の令嬢、マレンヌが、ランバーと散歩している最中のシーナに喧嘩を売った。
マレンヌは生まれつき癖毛であったため、シーナの綺麗な髪が羨ましく、ちょっかいをかけたという。
ついにマレンヌが、シーナの頬を叩こうとしたその時、ランバーがその手に噛みついた。シーナは助かったが、すぐにカーペンハイト家によって、国外追放が決まってしまった。
抵抗したい孤児院だったが、カーペンハイト家の資金援助が無ければ、運営が成り立たない。仕方なく、シーナの国外追放を受け入れることに……。
これからどうしようかと、途方に暮れていたシーナ。付いてきてくれたランバーと共に、近くの村へ。村長は事情を聞いて、快くシーナたちを受け入れてくれた。
新たに村人となったシーナは、森を守る神へ挨拶するため、古い祠に、祈りを捧げた。すると……。
シーナは聖女の力を持つ者……。そう神に告げられ、聖女となった!
さらに、飼い犬のランバーも聖獣へ。
聖女となったシーナの行く末は……。
※かなり後味の悪い作品なので、そういうものが苦手な方はご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる