上 下
30 / 46
次女カリナ

しおりを挟む
「お疲れさまでした。博士」
「うん」
「それで……わかったんですか?」
「……そうだな。まずは場所を変えよう。研究室へ戻るぞ」
「はい」

 検視を終えた博士と、王城敷地内を出る。
 普段からあまり話す人じゃないけど、帰り道はずっと無言だった。
 表情に見せないだけで、精神的な疲労もあるのだろう。

 研究室に戻った博士は、自分の席に座る。
 小さくため息をもらし、腕を組んで話し出す。

「わかったか、だったな」
「はい」
「わかったことはある。だが……わからなくなったこともある。というのが検視の結果だ」

 博士は意味深な言い回しをした。
 わたしは意図を掴めず、疑問から首を傾げる。
 すると、博士は続けて説明する。

「検視で選んだ三人の遺体……選んだ基準は偏に進行の度合いだ」
「症状の進み具合」
「そうだ。遺体をざっと調べたが、聞いていた症状の進行には個人差が見受けられた。その差を調べるために、僕は三人の遺体を借りた」

 一人目の遺体は、進行が完全に進んだと思われる人。
 全身が紫色に変色し、写真と同じ状態になっていた遺体。
 
 二人目の遺体は、進行途中で亡くなられた人。
 紫色の変色が全身の半分程度で止まっていた者を見つけた。

 そして三人目は……

「まったく症状が進んでいなかった方の遺体……ですか」
「うん。症状の進行が命を削っているのは間違いないだろう。だが、それにしては差がありすぎる」
「確かに……でもそれは、年齢とかにもよるのでは?」
「そうだな。僕もそう考えて遺体を全て確認した。だがおそらく、進行の度合いは年齢と比例していない」

 老人だから進行が早いことも、成人だから遅いこともなかった。
 もちろんその逆も然り。

「まぁ逆に共通点もあった」
「何ですか?」
「肺の炎症だ。三人全て、左肺上部に炎症の痕跡があった。一人に関しては右肺下部にも炎症が見られたが、おそらくあれは誤嚥性によるもの。今回の病とは無関係だ」
「でも、つまり新しい病は……」
「ああ、肺炎。ただし、一つではないと僕は予想している」

 肺炎を伴う病と、全身が紫色に変色する病。
 その二つが混在している可能性が高いと、博士は説明してくれた。

「そうでなければ、症状のばらつきに説明がつかない」
「そうですね。じゃあ原因は?」
「さぁな。肺炎のほうは細菌性かウイルス性か、どちらかだとは思うが、変色のほうは現状では見当もつかない」

 博士がそう言い切るのは珍しい。
 それくらい異様な状態だということだろう。
 わたしはごくりと息を飲む。

「だから、それをこれから調べに行くぞ」
「えっ? 調べるって村に行くんですか?」
「ああ。それが一番真実に近づける」

 直接見て、調べて、考える。
 それが真実にたどり着く近道だと、以前に博士が言っていたのを思い出す。
 ただ、わたしは少し不安だった。
 たくさんの遺体が眠っていた場所に行って、平常心でいられる自信がなかったから。
 でも――

「君にも来てもらえると、僕は非常に助かるのだが」

 博士がそう言ってくれた。
 わたしが必要だと、まっすぐにめを合わせて。

「どうする? 無理強いはしないが」
「行きます!」

 そんな風に言われたら、わたしは行くに決まっている。
 少しでも良い。
 博士の役に立てることをしよう。

「決まりだ。ならば早急に準備を進めてくれ。出来れば今日中に出発したい」
「わかりました」

 わたしは急いで準備をした。
 感染予防のため、特殊な防護服とマスクも用意する。
 荷物がかさばらないように配慮して。
 準備が完了したのは午後一時半。
 馬車は王城が手配してくれて、二名の騎士も同行することになった。

「準備はよろしいですか?」
「ああ。出してくれ」
「わかりました。一時間弱で到着すると思われます。しばらくお待ちください」

 馬車に揺られ四十分。
 少し早く到着したわたしたちは、さっそく防護服に着替えた。

「君たちは馬車に残っていてくれ。調査は僕たち二人でする」
「わかりました。くれぐれもお気を付けください」

 わたしと博士は馬車を降りて、ハレスタの村へ入る。
 村は聞いていた通り、建物は十軒以下で、小さな畑と家畜小屋がある。
 少人数での生活が頭に浮かぶ質素さ。
 ただし今は、一人すらいない。
 異様な静けさが、ただならぬ雰囲気を醸し出している。

「外観だけはわからないな。部屋の中を見て回ろう」
「はい」

 建物の一室に入る。
 中は整っていて、生活感も感じられる。
 博士は棚や机を無造作に探し出す。

「かってに触っては」
「別に構わないだろう。僕たちは遊びに来たのではない。調査をしに来たのだ」
「そうですけど……」
「もしも例の病がクレンベルに広まったらどうする? 現状の医学では太刀打ちできなければ、ここと同じ惨状になるぞ」

 そう思うと、ぞっとする。

「わかったら君も手を動かせ。生活の中に、何かしら手掛かりがあるかもしれない」
「……わかりました」

 渋々だけど、わたしも棚を探したりする。
 他人の家を漁るなんて気が引けるけど、博士の言う通りだ。
 そう思って探していると……

「これ……」

 紫色の花?
 
 引き出しの中に、綺麗な紫色の花で造られた押し花を見つけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

冷遇された王女は隣国で力を発揮する

高瀬ゆみ
恋愛
セシリアは王女でありながら離宮に隔離されている。 父以外の家族にはいないものとして扱われ、唯一顔を見せる妹には好き放題言われて馬鹿にされている。 そんな中、公爵家の子息から求婚され、幸せになれると思ったのも束の間――それを知った妹に相手を奪われてしまう。 今までの鬱憤が爆発したセシリアは、自国での幸せを諦めて、凶帝と恐れられる隣国の皇帝に嫁ぐことを決意する。 自分に正直に生きることを決めたセシリアは、思いがけず隣国で才能が開花する。 一方、セシリアがいなくなった国では様々な異変が起こり始めて……

婚約破棄の上に家を追放された直後に聖女としての力に目覚めました。

三葉 空
恋愛
 ユリナはバラノン伯爵家の長女であり、公爵子息のブリックス・オメルダと婚約していた。しかし、ブリックスは身勝手な理由で彼女に婚約破棄を言い渡す。さらに、元から妹ばかり可愛がっていた両親にも愛想を尽かされ、家から追放されてしまう。ユリナは全てを失いショックを受けるが、直後に聖女としての力に目覚める。そして、神殿の神職たちだけでなく、王家からも丁重に扱われる。さらに、お祈りをするだけでたんまりと給料をもらえるチート職業、それが聖女。さらに、イケメン王子のレオルドに見初められて求愛を受ける。どん底から一転、一気に幸せを掴み取った。その事実を知った元婚約者と元家族は……

私はモブのはず

シュミー
恋愛
 私はよくある乙女ゲーのモブに転生をした。   けど  モブなのに公爵家。そしてチート。さらには家族は美丈夫で、自慢じゃないけど、私もその内に入る。  モブじゃなかったっけ?しかも私のいる公爵家はちょっと特殊ときている。もう一度言おう。  私はモブじゃなかったっけ?  R-15は保険です。  ちょっと逆ハー気味かもしれない?の、かな?見る人によっては変わると思う。 注意:作者も注意しておりますが、誤字脱字が限りなく多い作品となっております。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

処理中です...