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次女カリナ

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 仕事初日を終えた帰り道は、驚くほど足が重たかった。
 家に帰ってご飯を食べている間も、疲れの所為で眠気が酷い。
 うとうとしていると、アイラが心配そうな顔をして尋ねてくる。

「カリナ大丈夫?」
「大丈夫」
「すっごく眠そうだね~」
「うん」

 わたしは適当に答えていた。
 アイラが続けて言う。

「司書のお仕事ってそんなに大変なの?」
「大変だけど……これは別の疲れで」
「別?」

 ここでハッと気づいて目がさえる。
 研究室やナベリス博士のことは、国が管理している秘密。
 家族と言えど、無暗に教えるのは違反となり罰せられる危険性がある。
 わたしは慌てて誤魔化す。

「ううん、覚えることが多くて大変なの」
「そう? あんまり無理はしちゃ駄目よ?」
「うん。ありがとう」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 二日目の出勤。
 わたしは図書館に到着すると、教えられた通りに服を着替えた。
 すでにミーア館長が待っていて、わたしに話しかけてくる。

「おはよう。昨日の疲れはとれたかしら?」
「えっと、はい」
「そう。じゃあ昨日の復習から始めましょうか」

 午前中は変わらず館長に仕事を教えてもらう。
 昨日教えてもらった所は、何とか覚えていて実践できた。
 ほっとしつつも次の仕事がある。
 初日に続いて二日目もハードだ。
 
「じゃあ午後はお願いするわね」
「はい」

 午後は研究室でナベリス博士の助手として働く。
 たくさん質問された翌日だから、少し行くのが億劫だ。
 それでも足を進め、研究室に入って驚かされる。

「えっ……」
「来たか」
「あの、何でもう散らかっているんですか?」

 足の踏み場のない部屋。
 昨日と全く同じ状況が、二日目にも起こっていた。
 さすがのわたしも呆れてしまって、彼に視線を送る。

「あぁ……すまない。昨日の話をまとめていたんだが、中々上手くいかなくてな」

 そう言っている彼の目元には、真黒な隈が出来ている。
 もしかして昨日は寝ていないのかも。

「今日も新しくわいた疑問を処理したい」
「その前に片付けます」
「そうだな、頼む」

 二日目も変わらず質問攻め。
 昨日も散々質問したのに、よく新しい質問が出てくるものだ。
 呆れを通り越して感心してしまう。

 三日目。
 同じように午前中は司書として働き、午後は助手として研究室へ。
 またしても散らかった部屋を見て、さすがのわたしもため息を漏らす。

「またですか……」
「すまないな。色々と手が回らんのだ」

 博士の目元に視線がいく。
 昨日よりも真っ黒だ。
 間違いなく徹夜しているのだろう。
 顔色も良くないからわかる。

「寝たほうが良いと思います」
「そうだな。今取り掛かっている研究がひと段落つけば休むつもりだ」

 そんなことを言っていた四日目。
 またしても散らかった部屋になっている。
 それ以上に驚きなのは、博士の隈がさらに濃くなっていることだった。

「また寝ていないんですか?」
「ああ」
「身体に悪いです」
「わかっている。だがこれを終わらせてから……」

 と言いながら、博士はふらついている。
 今にも倒れてしまいそうだった。
 そんな様子を見せられ、わたしの中の聖女だった自分が騒ぎ出す。

「寝てください」
「いや、これを――」
「いいから寝てください。でないと答えません」
「ぅ……わ、わかった」

 博士はしぶしぶ研究室のソファーで横になる。
 その数秒後には、穏やかな寝息を立てていた。
 やはり眠気を我慢していたようだ。
 わたしは純粋に、どうしてそこまで頑張れるんだろうと思った。
 それと同じくらい思うことがある。

「何で……わたしを助手にしたのかな?」

 ぼそりと呟いて、毛布をかけた。
 
 その後は部屋の片づけを済ませて、研究室を後にする。

「あら? どうしたの?」

ちょうどそこをミーア館長に見られて声をかけられた。
 わたしは事情を説明した。

「へぇ~ 彼が言うことを聞いたのね」
「はい、一応……」
「そう」
「あの……どうして博士は、無理をしてまで研究をしているんですか?」

 ミーア館長なら知っていると思った。
 わたしが質問すると、彼女は優しく微笑んで言う。

「それは自分で聞きなさい。彼が起きてからね」
 
 ポンと肩をたたかれる。
 何か意味がありそうだったけど、それ以上は教えてくれなかった。
 結局、その日から博士は二日間眠り続け、起きたのは三日後の昼。
 わたしが研究室を尋ねると――

「うぅ……うーん!」
「あっ、お目覚めですか?」
「あぁ、君か。今は何時だ?」
「十二時十分です」

 博士が時計をぼーっと見つめる。
 まだ寝ぼけているのかもしれない。

「何日たっている?」
「えっと、三日です」
「そうか。思いのほか早かったんだな」

 どうやらもっと長く眠っていることもあるらしい。
 博士の徹夜癖は、ずっと前から続いているのか。
 病気の研究や薬を作っている人が、一番健康から遠い生活をしているなんて皮肉なことだと思った。

「では続きを始めようか」
「あの、その前に一つだけ……」
「何だ? 質問か?」
「はい」
「そうか。まぁ良いだろう。何が知りたい?」

 わたしはモジモジしながらも、博士に尋ねる。

「どうして……そんなに頑張れるんですか?」
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