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三女サーシャ

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 アイスドラゴンのブレスは、触れた物すべてを凍らす。
 生物であれ無機物であれ、凍らされてしまえば終わりだ。
 加えて、今回のドラゴンは大きい。
 ジュードさんが話していた通り、普通の倍はあるみたいだ。
 翼を広げれば、辺り一面が陰に覆われてしまうほどの巨大さに、誰もが身をすくめる中……

「でっかいな~」
「ちょっとおじさん! 呑気に見てる場合じゃないよ」

 おじさんはマイペースだ。
 目の前にドラゴンがいても、大量の魔物が迫ってきても。
 普段と何ら変わらない。
 そしてもう一人、普段通りであろう人もいる。

「怯むなー! 王国騎士の誇りにかけて、悪しき竜を地に落とすぞ!」

 騎士団長のジュードさん。
 彼が先陣を切ってドラゴンへ突っ込んでいく。
 その姿に鼓舞されたように、尻込んでいた騎士団員たちが奮い立った。

 ジュードさんは剣を抜き、空を蹴ってドラゴンへ斬りかかる。
 ドラゴンはブレスと翼の羽ばたきで寄らせない。
 剣で戦う騎士にとって、翼あるドラゴンは戦い辛い相手だろう。

「足場を!」

 そこを補うために、騎士団には魔法使いの部隊がいる。
 ジュードさんが指示を出し、魔法で空中に足場が生成される。
 足場へ華麗に飛び乗り、ドラゴンの翼を斬りつける。
 さらに連撃、ドラゴンはたまらず距離を取ろうとするが、それをジュードさんは許さない。

「すごい……」
「言った通りだろ? 戦ってるときは別人だ」
「うん」
 
 この間の優しい表情とは一変。
 笑顔で戦いながら剣を振るう姿は、まるで狂戦士のようだと思った。
 ドラゴン戦は優勢に運んでいる。

「ホントに助けはいらなそうだな。さて、んじゃオレも」

 おじさんは重い腰を起こすように、腰から剣を抜く。
 気だるげに歩む後姿を、格好良いと思うのはボクだけだろうか?
 
「ちょっとは働くか」

 迫りくる魔物の群れの中を、散歩するかのように堂々と進む。
 彼が進んだその道は、魔物の死体で埋め尽くされる。
 誰も彼の剣筋を見ることは出来ない。
 その域に至っていなければ、美しき剣に気づくこともままならない。

 彼は振り返り、ボクに言う。

「遅れんなよ。サーシャ」
「うん!」

 ボクも負けていられない。
 おじさんの仲間として、恥じない活躍をしよう。

「主よ――か弱き我らに白き雷を遣わしたまえ。我らを阻む障害を、打ち破らんがため!」

 白い雷が落ちる。
 聖女の力の一つ、魔を撃ち滅ぼす裁きの光。
 ボクの聖女としての力は、癒すよりもこっちのほうが向いている。
 剣術だけではまだまだ未熟。
 だけど、持っているものを全部合わせれば、ボクだって戦えるんだ。

「いい感じだな」
「えっへへ」

 おじさんに褒められたい。
 もっと頑張らなきゃと気合を入れる。

 ドラゴン戦も順調の様子。
 ジュードさんを中心に、翼を斬り裂き飛行能力を低下させている。
 じきにドラゴンも地に落ちるだろう。
 押し寄せていた魔物の大群も、冒険者たちが主体となって殲滅している。
 作戦は順調そのものだった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 違和感――

 最初にそれを感じたのは、オレとジュードだ。
 ドラゴンは本来、生まれ育った環境によって強さや大きさを変える。
 山頂に巣があるのなら、これまでの発見例と同じだ。
 環境は大きく変化していない。
 それなのに、なぜ今回のドラゴンだけは大きい?
 
 ドラゴンの翼に穴が開く。
 飛行能力を失ったドラゴンは地に落ちる。

「畳みかけろ!」

 ジュードの声が響く。
 あの状態に持ち込めば、ドラゴンとの戦闘は終わったも同然だ。

 違和感――

 やはり不自然だ。
 あの巨大さの割に、強さはさほど変化していない。
 予想していたよりもあっさりしすぎている。
 いや、それどころか魔力が弱くなっていないか?
 戦う以前から、魔力の総量が低下し続けている。
 まるで、何かに魔力を吸われ続けているように……

「これで――」

 ジュードが止めを刺そうとした。
 切っ先が胸を貫く。
 否、貫こうとして、弾かれた。

「なっ……」
「まさか」

 違和感の正体が、ドラゴンの胸から姿を現す。
 漆黒の鎧を纏ったようなその姿は、かつての王国に牙を向いた人ならざる者。
 失った左腕がうずく。
 間違いない。
 あれは――

「悪魔だ!」

 オレが叫んだ時には、すでに何人かの騎士が殺されていた。
 速い、強い、恐ろしい。
 全て覚えている。
 身体の細胞が、産毛に至るまで吠えている。

「タチカゼ!」
「ああ!」

 この悪魔を倒せと。

「おじさん!」
「サーシャ! お前は逃げろ!」

 悪魔が相手では、オレも守りながら戦えない。
 せめて戦いに巻き込まれない所まで逃げてくれ。

 悪魔が吠える。
 たったそれだけで大地が震え、空気がきしむ。
 騎士たちは恐怖し、その場で立ち尽くしている。

「下がれ! 死にたくなければ離れろ!」

 ジュードが叫ぶ。
 おそらくこの場で、悪魔と戦えるのはオレとジュードだけだ。
 ジュードの剣が悪魔に迫る。
 悪魔は剣を交わし、攻撃に転じている。

「させるかよ」

 悪魔の拳をオレの剣が弾く。
 そのまま大ぶりの一撃をかまし、悪魔は吹き飛ばされる。
 ただ、この程度では倒せない。

「くそっ! あの時と同じかよ」
「いいや、あの時の悪魔よりは弱い。二人ならやれる」

 その直後、悪魔は頭上に紫色のエネルギーの塊を生成した。
 魔法の一種だろう。
 それも数が多い。

「全方位攻撃か!」
「まずい――」

 他の奴らもまきぞいになる。

「主よ――我らが同胞を守りたまえ」

 サーシャが祈りを捧げると、光のヴェールが全体を包み込む。
 悪魔だけが弾かれ、人々を守っている。

「サーシャ!」
「こっちは任せて!」

 全く頼もしい限りだ。
 これで悪魔との戦闘に集中できる。
 そう思った時には、悪魔の両目が彼女を捉えていた。
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