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第二章

23.少年じゃなくて……

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「なんで……ここに」
「君のことが気になってね。悪いけど後をつけさせてもらったんだ。そしたらドンピシャだったよ」

 少年のことを複数人の大人が追っていた。
 誰がどう見ても怪しい。
 まず間違いなく少年が危険なことに巻き込まれていると思った。
 だから助けた。
 いつも通りに。

「まったく主というやつは、助けると決めたら迷いがないのう」
「そういうアスタロトこそ。俺より先に助けに出たじゃないか」
「ワシは変態が嫌いなだけじゃ。無論、主は嫌いではないがのう」
「だから俺をそこにいる奴らと同列に扱わないでくれ」

 子供の前で俺をからかうのはやめてほしいんだが……。
 彼女のおかげですんなり救出もできたし、今は多めに見ようか。
 さてと。
 少年がポカーンとした顔で俺たちを見ている。
 そろそろちゃんと話をしよう。

「急にごめんね? 俺はエレン、こっちは――」
「妻のアスタロトじゃ」
「つ、妻?」

 少年は俺とアスタロトを交互に見る。
 信じられない、と顔に出ているよ。
 恥ずかしいが否定はしない。
 今後は彼女を妻として周りにも伝えること。
 それが約束だからな。

「君は? どうして追われていたの?」
「……」

 少年は答えない。
 まだ俺たちのことを警戒しているのだろう。
 前髪の隙間から、あの不思議な目がこちらをじっと見ている。

「せめて名前くらい教えてくれないかな?」
「……ラナ」
「ラナか」

 ちょっぴり女の子みたいな名前だな。

「で、こいつらは君の何?」
「……敵だよ」
「敵か。それは物騒だな」
「追われとったのじゃ何じゃ? お前さん何か悪さでもしよったのか」
「オレたちは何もしてない!」

 アスタロトの質問にラナは大声で答えた。
 いきなり声量が上がったから、アスタロトもビクッと驚く。
 感情の高ぶりが声に出たのだろう。
 よほどこの男たちのことが嫌いなんだ。
 それに気になったのは……。

「オレたち、と言ったな」
「ああ、ってことは、他にも逃げている奴がいるのか? もしくは捕まっているか」
「……」

 少年はまた口をふさぐ。
 そのだんまりは肯定と取ってよさそうだ。

「じゃあ、君はこれからどうするつもりだい?」
「……関係ないだろ」
「そうだな。けど、捕まっている誰かを救出するつもりなら、考え直したほうがいい」

 俺はラナの瞳を指さす。

「その眼だけじゃ、複数人の相手はできないだろ?」
「――!?」

 ラナは咄嗟に右目を隠す。
 前髪に隠れたラナの目は、左右で色合いが異なる。
 どちらも赤いが、右目のほうが濃い。
 おそらく右目が……。

「な、なんで目のこと知ってるんだ! や……やっぱりお前らもオレを捕まえるために」
「いやそういうわけじゃないよ。単にそういう眼を知っているだけで」

 しまったな。
 眼のことはデリケートな情報だったらしい。
 変に刺激して、ラナを警戒させてしまった。

「騙されないぞ! オレは誰も信じない! どっかに行け!」

 そう言ってラナは前髪をまくり上げる。
 露出した右目は、より赤く深い色合いを感じさせる。
 左右で濃さの違うオッドアイは、こうしてみると幻想的で……。

「綺麗な眼じゃな」
「ああ」
「な、なんでかからないんだ! オレの眼を見てるのに!」
「なるほどね。眼を合わせることで発動する魔眼か」
「効果はさしずめ、相手を言葉通りに操る洗脳の力じゃろうな」

 俺より魔眼についてはアスタロトのほうが詳しい。
 彼女の見立てなら間違いはないだろう。
 見るだけで相手を操る力……か。
 さぞ恐ろしく、便利な力だ。

「なんで! これでいつもどっか行くのに!」

 この子は自分の眼について、そこまで深く理解していないな。

「驚かせてごめんね。俺たちはちょっと普通じゃない。そういう能力はきかないんだ」
「っ……」
「怖がらないで。俺たちは敵じゃない。ただの……通りすがりの旅人だ」
「冷静になれ。ワシらがお前さんを捕えたいなら、もうとっくにやっておるわ」

 ラナは未だ警戒している。
 じりじりと後ろに下がりながら、俺たちから逃げようと考えている。
 自分の眼が効かない相手なんて初めてなんだろう。
 言葉は上手く伝わらず、恐怖がラナの精神を支配している。
 これじゃ説得は難しそうだぞ。

「……信じない」
「ラナ?」
「そうやって騙してくる奴を何人も見てきた! 大人はみんなそうだ! 優しいこと言っていつも最後は裏切る! だからもう信じないって決めたんだ! あんたらだってどうせ同じだろ!」

 ラナの思いがさらけ出される。
 その赤い瞳は、僅かに潤んでいるように見える。
 裏切られてきた。
 ラナはこれまで何度も。
 辛い境遇にいれば誰だって希望に縋りたくなる。
 どれだけ怪しくても、助けてくれるかもしれない相手の手を握る。
 それが偽りだと知って……絶望するまで。
 ラナは大人が信じられなくなっている。
 だから、大人の俺たちが何も言っても、嘘だと思えてしまうんだ。

「……」

 考えさせられる。
 その隙をついて、彼女は逃げ出そうとした。
 俺たちは他人だ。
 このまま見送っても、誰にも咎められない。
 勇者でない俺に、他人を無条件に助ける義務なんてない。

 だけど――

 こればっかりはどうしようもないな。

「待って」

 身体が勝手に動いてしまうんだから。
 隣で、アスタロトがやれやれと呆れているよ。

「な、なんだよ!」
「放っておけない。だから、俺に君のことを助けさせてくれ」

 困っている人が目の前にいて放置できる人間ならよかったかな。
 どうやら俺は、他人を助けずにはいられないらしい。

「放せよ! そんな言葉信じられ――」
「信じてくれなくていい。ただ、俺が勝手に助けたいだけだ」
「――! う、うるさい!」
「っと!」

 ラナは強引に振りほどこうとして、その場でふらつき倒れそうになる。
 そんな彼の手を引き、倒れないように抱え込んだ。

「危ないな。ん?」

 なんだ?
 右手に柔らかい感触が……。
 下を見る。
 俺の右手はラナを支えるため、彼の……いや、彼女の胸に触れていた。

「そうじゃ忘れておった。主は勘違いしておるみたいじゃがのう? そいつは女じゃぞ」
「……もっと早く言ってくれ」
「さ、触るなこの変態!」

 びんたされたのも、初めての経験だった。
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