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第一章

7.目的を探す旅

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 俺の日常に平穏はなかった。
 旅の中、いつ敵に襲われるかわからない。
 人々が安心して日々を過ごせるように、俺たちは常に剣を構えている必要があった。
 どんな障害も打ち破れるように。
 あらゆる脅威から、か弱き者を守れるように。

 それを辛いと思ったことはない。
 勇者なのだから、人のために戦うことは当然だった。
 そして旅の終わりにたどり着いた。

 その時、ふと思ってしまったんだ。
 これは俺は、なんのために生きて行けばいいのか……と。
 勇者でなくなった俺に、生きる意味はあるのか。
 答えは出ないまま歩き続けている。

「エレン! おい勇者!」
「――! な、なんだ?」
「なんだじゃないわい。ワシが話しかけておるのにずーっと無視しおって! 勇者らしく魔王に嫌がらせをしておるのかと思ったぞ!」
「ああ、すまない。ちょっとぼーっとしてただけだ」

 王都を出発した俺たちは南へ向かって歩いていた。
 特に目的地を決めているわけじゃない。
 目的があるとすれば、騒ぎになっているであろう王都からいち早く離れたかっただけ。
 別に、場所なんてどこでもよかった。

「まったく、平和ボケしよって。勇者でなくなった途端に腑抜けか?」
「そんなつもりは……ないけど」

 世界は平和になった。
 そして俺は、もう勇者じゃない。
 陛下から頂いた聖剣も返却した。
 そう、勇者じゃないんだ。
 
「これからどうすればよいか、悩んでおるのか?」
「よくわかったな」
「当たり前じゃ。ワシと主は魂が同居しておる。主の魂の揺らぎを、ワシは隣で感じ取れるんじゃ」
「隠し事が一切できないって、なんだか不便だな」

 それはお互い様じゃ、と元魔王アスタロトはため息混じりに呟いた。
 俺たちは一人の肉体に二つの魂が共存している。
 だから彼女には俺の考えが筒抜けで、彼女の考えも俺は感じ取れる。
 もちろん、思考を完全に共有しているわけじゃないから、一言一句伝わるわけじゃない。
 喜怒哀楽、見ている方向、望んでいる結末。
 大まかな考えがわかる程度だ。
 要するに、隠し事があることはわかっても、隠し事の内容まではわからないということ。

「なぁ、どうすればいいと思う?」
「そんなもの、ワシに聞かれてもわからんわい」
「即答するなよ。もう少し考えてくれ」
「考えるまでもない。ワシは魔王としての生き方しか知らんし、主は勇者として生き方が抜けておらん。互いに、普通の日々というものから縁遠かったからのう」

 語りながら彼女は、俺の少し前を歩く。
 小さな身体で俺より速く足を動かす姿に、魔王の面影はない。
 俺が勇者でなくなったように、彼女も魔王ではない。
 幾年を共にした魔王の称号を捨てた。
 俺たちは互いに、肩書きを失っている。

「ワシは一つの生き方しかしてこんかった。畢竟、それしかわからんかったからじゃ。ワシは魔王であることが一番楽じゃったよ」
「楽……か。俺もそうなのかもしれないな」

 勇者という肩書に寄りかかっていた。
 思い返せば、俺の人生は誰かに与えられてばかりだ。
 目的を与えられ、力を与えられ。
 だったら、迷ってしまうのは当たり前だ。
 誰かに与えられ続けた俺の人生は、俺自身のために生きたことが一度もない。

「わからないんだ。俺は……何をしたらいいのか」
「その考え方がそもそも間違いじゃよ」
「間違い?」
「主はどこまで勇者じゃな。毒されておるとも言えるが」

 彼女の言葉に首を傾げる。
 言っている意味が俺にはわからなかった。
 そんな俺に呆れながら、彼女は言う。

「何をしたらいいのか、ではなく、主が何をしたいかを考えればよい」
「俺が……何をしたいか」
「そうじゃ。何をすべきかなどと固く考えるから行き詰る。主はもう勇者ではないのじゃ。使命のないその身で、好きに生きればよい。無論ワシもそうする」
「……アスタロトはあるのか? やりたいこと」

 彼女は微笑む。

「あるぞ?」
「……教えてもらえないか?」
「嫌じゃよ」

 即答されてしまった。
 彼女の意見を聞いて参考にしたかったのに。

「今教えると、主はそれに合わせるじゃろう? なら自分もそうすると、違うか?」
「ああ、そうしそうだ」

 実際、それが楽だと思っていた。
 見透かされていたようだ。

「よくわかってるな」
「元魔王じゃからな。魂が隣にある今なら、お主の考えなど手に取るようにわかるぞ?」
「だったら俺の代わりに、俺がやりたいことを教えてほしいね」
「それは無理じゃよ。そういうものは、主自身が気付かなければ意味がない」

 まったくその通りで、返す言葉もなかった。
 大切なのは俺の望みだ。
 誰かに言われてやることじゃない。
 それじゃ、勇者だった頃と何も変わらない。
 生きる目的を他人に与えられるのは楽だけど、それを失ったらまた路頭に迷う。
 繰り返すだけだ。
 それはあまりに不毛だろう。

「俺がやりたいこと……か」

 俺は一体何がしたいんだろうか。
 自分で自分に問いかける。
 だけど答えは出てこない。
 俺の問いに、俺の魂はだんまりを決め込んでいる。

「焦る必要はないじゃろう。時間はたっぷりあるんじゃ。今はそうじゃな。やりたいことを見つけること目標にすればよい。何気ない日々から、気づきがあるかもしれんぞ?」
「……そうだな」
 
 今はそれでいい。
 彼女のいう通り、時間はたっぷりあるんだ。

「なんだか不思議な気分だよ。アスタロトは人間みたいなことを言うな」
「まぁそうじゃな。ワシも元は人間じゃからのう」
「そうなんだ……え? そうなの!?」

 人生で一番びっくりした瞬間だった。
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