上 下
20 / 26

20.初めての来客

しおりを挟む
 魔術学園の試験を受けるため家を出た。
 それからミラの故郷にお邪魔して、一日を過ごしてから帰路へつく。
 旅立ちから二十日ぶりに、僕は家に帰ってきた。

「ただいま」
「お帰りなさい。アクト」

 帰宅すると母さんが出迎えてくれた。
 ご飯の支度をしていたのか、美味しそうな香りが漂っている。
 家の様子に変わりはない。
 たかだか二十日間離れていただけなのに、驚くほど懐かしく感じてしまうのは、それだけ心地良い場所だという証拠だろう。
 家と母さんの匂いは、やっぱり落ち着く。
 ただ今日は、落ち着いていない人も一人だけいるけど。

「お、お邪魔します」
「はい。いらっしゃいミラちゃん」

 僕の後ろに隠れていたミラがひょっこり顔を出し、モジモジしながら母さんに挨拶をした。
 実は先日、帰宅することを伝えると彼女の母親セラさんから……

「ミラちゃんも一緒に行ってきたらどう?」

 という提案をされて、断る理由もないので一緒に来ることとなったわけだ。
 今更ながら、僕らの家に他人を入れるのは初めてで。
 そう思うと僕も少し緊張してくる。

「そんなに緊張しないで。自分の家だと思って寛いでください」
「は、はい! ありがとうございます」

 僕が言おうと思っていたセリフを、母さんが代わりに言ってくれた。
 ミラが遠慮しながら家に挙がる。
 母さんは僕とすれ違う時にこっそりと……

「アクトもね」

 と耳元で囁かれた。
 母さんには僕の緊張がバレているらしい。
 
 ミラを迎え入れてから、僕たちは一緒に夕食をとることにした。
 到着した時には夕日が沈み、あっという間に暗くなってしまった。
 この辺りは王都より日照時間が短く、夜が長い。
 周囲に明かりもないから、夜空の星々が良く見えるのも特徴だったりする。
 そんな中、夜空が照らす唯一の家に明かりをともし、僕たちは母さんのご飯を食べる。

「あぁ、落ち着くよ。母さんの手料理は」
「ありがとう。いっぱい食べてね」
「うん。ミラも遠慮とかしないで。母さんの料理は世界一だから」
「う、うん、いただきます」

 そう言いながらも遠慮がちなミラは、ゆっくりと料理を口に運ぶ。
 食べた途端に目をパッチリと見開いて、驚きと美味しさの交じり合った声を出す。

「美味しい!」
「だろ?」

 ミラも美味しそうに食べてくれている。
 それを見ている安心する。
 母さんの料理が世界一だと確信しながら、誰かに共感してもらえる瞬間を待っていた。
 そのことに、今ようやく気付いた。

 僕たちは食事をしながら談笑する。

「この家はね? アクトが立て直してくれたのよ」
「家を?」
「ええ。初めはもっと小さかったの」
「凄いな。お前って家も造れるのか」

 母さんの話は半分以上が僕の自慢だった。
 それを飽きずに聞いてくれるミラのお陰で、母さんも楽しそうだ。
 聞いているこっちは少し恥ずかしいけど。
 その後もひとしきり母さんの僕自慢が続いて、すっかり夜も更けていく。

 食事が終わり、入浴も済ませた僕は一人、湖の辺で涼んでいた。
 すると後ろから足音が聞こえて、振り返るとミラがいた。

「ミラ」
「うん。何してるんだ?」
「見ての通り涼んでるだけだよ」
「そっか……私も隣に行っていい?」

 普段より弱々しい声でミラがそう言った。
 僕が頷くと、彼女は僕の隣に腰を下ろす。
 風呂上がりのミラからは、ほんのり暖かな空気と女の子の香りがして、思わずドキっとしてしまう。

「この湖凄いな。私の所よりずっと大きい」
「え、ああ。世界中で一番大きい湖だからね。だから母さんもここにいる」
「そっか。お前のお母さん、本当に女神様だったんだな」
「そうだよ。ようやく信じてくれた?」

 彼女はこくりと頷く。

「あんなの見せられたら信じるよ。その……酷いこと言ってごめんなさい。ずっと謝りたくて」
「気にしなくて良いよ。こちらこそありがとう。母さんも楽しそうだった」
「私も楽しかったよ。いっぱいお前の話聞けたし」

 そう言ってニコニコと楽しそうにミラは笑う。
 中にはちょっぴり失敗したエピソードもあって、それを知られたことは素直に恥ずかしい。
 それでも二人が楽しそうだったから、まぁ良いかと思っている。

「な、なぁアクト」
「ん?」
「アクトはさ。試験受かってたら、王都に引っ越すのか?」
「あーそうだね。さすがに通うのは厳しいし」

 本当は離れたくない。
 母さんを一人にしてしまうから。
 だけど物理的にここから通うのは不可能だろう。
 定期的に帰るようにして、王都に部屋でも借りようとは思っていた。

「ミラは?」
「わ、私も部屋を借りようと思ってて。お母さんは元気になったけど貧乏なのは変わらないし、頑張って働かないといけないからさ」
「変わらず熱心だね。無理して倒れないでよ?」
「……そ、それでさ!」

 彼女は身を乗り出すように身体を向け、僕の顔を真っすぐと見る。
 そして、大きく深呼吸をした。

「ミラ?」
「王都でさ……わ、私と一緒に暮らさない?」
「――え」

 それは思わぬお誘いだった。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完】転職ばかりしていたらパーティーを追放された私〜実は88種の職業の全スキル極めて勇者以上にチートな存在になっていたけど、もうどうでもいい

冬月光輝
ファンタジー
【勇者】のパーティーの一員であったルシアは職業を極めては転職を繰り返していたが、ある日、勇者から追放(クビ)を宣告される。 何もかもに疲れたルシアは適当に隠居先でも見つけようと旅に出たが、【天界】から追放された元(もと)【守護天使】の【堕天使】ラミアを【悪魔】の手から救ったことで新たな物語が始まる。 「わたくし達、追放仲間ですね」、「一生お慕いします」とラミアからの熱烈なアプローチに折れて仕方なくルシアは共に旅をすることにした。 その後、隣国の王女エリスに力を認められ、仕えるようになり、2人は数奇な運命に巻き込まれることに……。 追放コンビは不運な運命を逆転できるのか? (完結記念に澄石アラン様からラミアのイラストを頂きましたので、表紙に使用させてもらいました)

マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯
ファンタジー
誰でもよかった系の人に刺されて笠鷺燎は死んだ。(享年十四歳・男) んで、あの世で裁判。 主文・『前世の罪』を償っていないので宇宙追放→次元の狭間にポイッ。 襲いかかる理不尽の連続。でも、土壇場で運良く異世界へ渡る。 なぜか、黒髪の美少女の姿だったけど……。 オマケとして剣と魔法の才と、自分が忘れていた記憶に触れるという、いまいち微妙なスキルもついてきた。 では、才能溢れる俺の初クエストは!?  ドブ掃除でした……。 掃除はともかく、異世界の人たちは良い人ばかりで居心地は悪くない。 故郷に帰りたい気持ちはあるけど、まぁ残ってもいいかなぁ、と思い始めたところにとんだ試練が。 『前世の罪』と『マヨマヨ』という奇妙な存在が、大切な日常を壊しやがった。

追放された最弱ハンター、最強を目指して本気出す〜実は【伝説の魔獣王】と魔法で【融合】してるので無双はじめたら、元仲間が落ちぶれていきました〜

里海慧
ファンタジー
「カイト、お前さぁ、もういらないわ」  魔力がほぼない最低ランクの最弱ハンターと罵られ、パーティーから追放されてしまったカイト。  実は、唯一使えた魔法で伝説の魔獣王リュカオンと融合していた。カイトの実力はSSSランクだったが、魔獣王と融合してると言っても信じてもらえなくて、サポートに徹していたのだ。  追放の際のあまりにもひどい仕打ちに吹っ切れたカイトは、これからは誰にも何も奪われないように、最強のハンターになると決意する。  魔獣を討伐しまくり、様々な人たちから認められていくカイト。  途中で追放されたり、裏切られたり、そんな同じ境遇の者が仲間になって、ハンターライフをより満喫していた。  一方、カイトを追放したミリオンたちは、Sランクパーティーの座からあっという間に転げ落ちていき、最後には盛大に自滅してゆくのだった。 ※ヒロインの登場は遅めです。

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

追放された最強賢者は悠々自適に暮らしたい

桐山じゃろ
ファンタジー
魔王討伐を成し遂げた魔法使いのエレルは、勇者たちに裏切られて暗殺されかけるも、さくっと逃げおおせる。魔法レベル1のエレルだが、その魔法と魔力は単独で魔王を倒せるほど強力なものだったのだ。幼い頃には親に売られ、どこへ行っても「貧民出身」「魔法レベル1」と虐げられてきたエレルは、人間という生き物に嫌気が差した。「もう人間と関わるのは面倒だ」。森で一人でひっそり暮らそうとしたエレルだったが、成り行きで狐に絆され姫を助け、更には快適な生活のために行ったことが切っ掛けで、その他色々が勝手に集まってくる。その上、国がエレルのことを探し出そうとしている。果たしてエレルは思い描いた悠々自適な生活を手に入れることができるのか。※小説家になろう、カクヨムでも掲載しています

ユニークスキルの名前が禍々しいという理由で国外追放になった侯爵家の嫡男は世界を破壊して創り直します

かにくくり
ファンタジー
エバートン侯爵家の嫡男として生まれたルシフェルトは王国の守護神から【破壊の後の創造】という禍々しい名前のスキルを授かったという理由で王国から危険視され国外追放を言い渡されてしまう。 追放された先は王国と魔界との境にある魔獣の谷。 恐ろしい魔獣が闊歩するこの地に足を踏み入れて無事に帰った者はおらず、事実上の危険分子の排除であった。 それでもルシフェルトはスキル【破壊の後の創造】を駆使して生き延び、その過程で救った魔族の親子に誘われて小さな集落で暮らす事になる。 やがて彼の持つ力に気付いた魔王やエルフ、そして王国の思惑が複雑に絡み大戦乱へと発展していく。 鬱陶しいのでみんなぶっ壊して創り直してやります。 ※小説家になろうにも投稿しています。

【完結・7話】マザコンと噂の旦那様と結婚した3つの理由<短編>

BBやっこ
恋愛
騎士のお家柄へ嫁ぐことになった。 真面目で寡黙な旦那様? お義母様っ素敵! 子爵令嬢が、騎士とのお見合い。マザコンと噂の相手だけど?

クラス転移して授かった外れスキルの『無能』が理由で召喚国から奈落ダンジョンへ追放されたが、実は無能は最強のチートスキルでした

コレゼン
ファンタジー
小日向 悠(コヒナタ ユウ)は、クラスメイトと一緒に異世界召喚に巻き込まれる。 クラスメイトの幾人かは勇者に剣聖、賢者に聖女というレアスキルを授かるが一方、ユウが授かったのはなんと外れスキルの無能だった。 召喚国の責任者の女性は、役立たずで戦力外のユウを奈落というダンジョンへゴミとして廃棄処分すると告げる。 理不尽に奈落へと追放したクラスメイトと召喚者たちに対して、ユウは復讐を誓う。 ユウは奈落で無能というスキルが実は『すべてを無にする』、最強のチートスキルだということを知り、奈落の規格外の魔物たちを無能によって倒し、規格外の強さを身につけていく。 これは、理不尽に追放された青年が最強のチートスキルを手に入れて、復讐を果たし、世界と己を救う物語である。

処理中です...