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第一章

16.私は知っている

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 国家魔術師。
 その称号を持つ者は、この国に二十七人。
 優れた功績を残した者。
 圧倒的な力を示した者のみに与えられる最高の魔術師の称号だ。
 彼らは等しく人間の域を超えている。
 故に絶大な敬意を払われると同時に、畏怖の念を抱かれる存在でもあった。
 その中に一人、歴史上最年少で国家魔術師の称号を手に入れた天才魔術師が――

「おはようございます! ユート」
「ああ」

 私が恋をしている人です。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「どうした? やはりその程度か!」 
「っ……」

 戦っているユートを、私は外から見守っていた。
 いつも冷静で落ち着いている彼が、何だか苦しんでいるように見える。
 押されているから?
 たぶん違う。
 悩んでいるんだと思った。
 考えているのは私のことじゃないのかもしれない。
 それでも私は、彼に負けてほしくなかった。

「ユート!」

 そして私は、彼が何者であるかを知った。
 正直に言うと、薄々感づいていた。
 ユートが特別で、私たちとは違う世界を生きてきた人だって。
 心のどこかで思っていた。
 まさか国家魔術師で、しかも最年少で選ばれた天才だなんて思わなかったけどね。

「黒い髪と赤い瞳……思い出したぞ。最年少で国家魔術師になった天才の中の天才がいると……二つ名は【死神】」
「正解、俺は死神だよ」

 死神という言葉に怯えていたのは、戦っているブロア様だけではなかった。
 観客席からも、ボソボソと声が聞こえてくる。

「お、おい……死神だと」
「ああ聞こえたぞ……つまりあの男が、国に仇なす大罪人を処刑し続け、屍の山を築いたのか」

 死神に関する逸話は多く残っている。
 受けた依頼はほとんどが殲滅、殴殺を指示され、彼の前では命が軽い。
 それは彼が残忍なのではなく、彼が恐ろしいほど強いから、そういう難しい任務を任されているだけだ。
 みんなだって本当はわかっている。
 だけど、屍の山に一人立つ真っ黒な男を想像して、恐れない者はいないはずだ。

 刹那、決着はつく。
 ユートの剣がブロア様を追い込んだ。

「まさか僕を殺す気で」
「おいおい冗談だろ? 殺しても良いルールにしたのはそっちじゃないのか?」
「く、来るな! 来るな化け物!」

 ブロア様は怯え騒ぎ、泣きわめいて失神した。
 あまりにも情けない負け方に、私も呆れてしまう。
 対峙していたユートも、小さくため息を漏らして魔術を解除した。

 勝利したのはユートだ。
 決闘の勝者には本来、観客からの激励の言葉や拍手が送られる。
 でも今は、シーンと静まり返っていた。
 まるで誰一人会場にはいなかのような静寂。
 その中を一人、ユートは悲しそうに去っていく。

 みんな……ユートのことが怖いんだ。
 彼もそれを承知の上で、早々に舞台から去ろうとしている。
 もしかすると、彼が力を隠していた理由はここにあるのかもしれない。
 知られれば恐れられ、誰も近寄らなくなる。
 ならばいっそ、最初から一人になってしまえと。
 私の勝手な妄想だから、本心はわからない。
 ただ、私はみんなとは違う。

「格好良かったです! ユート」

 たとえユートが死神でも、私は怖いなんて思わない。
 その悲しそうな姿を見てしまったら、声をかけずにはいられなかった。

「えっ……」

 ユートは珍しく目を丸くして驚いていた。
 どうしてまだそこにいるのか、と思っている目だ。
 ユートは私に、怖くないのかと尋ねた。
 私は怖くないから、正直にそう答えるだけ。

「ユートがとっても優しいこと、私は知ってますから!」

 これは紛れもない本心だ。
 死神だから怖くて近寄れない?
 そんなはずない。
 だって、私は知っているもの。
 彼の優しくて温かい笑顔を、私は見たことがあるもの。
 もしかして、みんなは知らないのかしら?
 彼の笑顔を見たことがないのかしら?
 だとしたら可哀想……ううん、私だけが知っているというのも嬉しいことね。
 でもきっと、ユートにとっては辛いことなんだと思う。
 それなら私が、みんなの分も伝えよう。

「それに私は――ユートの笑顔が大好きですから!」

 あなたはこんなにも素敵な人で、愛されているということを。
 精一杯の笑顔と言葉で、何度でも私が伝える。

「エミリア……」

 私の名前を呼んでくれた。
 それだけでも、私はとても嬉しい。
 そして――

「本当に変なやつだな……エミリアは」

 ユートは一番素敵な笑顔を見せてくれた。
 ああ、これだわ。
 この笑顔に私の心は撃ち抜かれて、虜にされてしまったの。
 今度こそ……ずっと先まで、私はこの笑顔を忘れない。
 誰にも彼の笑顔を渡したくないと思うのは、我儘なのかしら?
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