上 下
4 / 26
第一章

4.何かが弾けて

しおりを挟む
 私と彼以外誰もいない場所。
 緑に囲まれ、運命的な出会いに酔った私は、勢いに任せて告白していた。
 その愚かさに気付くより早く、彼の反応が返って来る。

「……は?」

 そうですよね!
 急に知らない人から告白されたらそうなりますよね。
 しかも何で私、婚約者なんて言っちゃったの。
 そこは好きですとか、一目ぼれしましたとか、そういう好意を伝えるべきでしょう!
 
「あ、あの、その……今のは違う――違わないけど! 婚約者になってほしいけど、その前に名前を教えて、お昼も一緒に」

 慌てて誤魔化そうとした結果、どんどん別のボロを出していく。
 駄目だとわかっていても、口が勝手に動いて止まらない。
 もう別の意味で涙目になっていた。
 そんな私を見つめて、彼は大きなため息を漏らす。

「はぁ……誰か知らないけど、そういう冗談は言わないほうがいいよ」
「冗談なんかじゃありません! 私はあなたのことが――」
「好きだって? 会うのもこれが初めてなのにかい?」

 最後まで言い切る前に、彼の冷たい言葉がとびだす。

「大体俺は、君の名前をさっき知ったばかりだ。君に至っては、俺の名前すら知らないんじゃないかな?」
「そ、それはその……」
「ほらね? そんな状態で好きとか言われても、信じられるわけないだろう」

 正論過ぎて返す言葉もない。
 彼の言う通りだ。
 いきなり現れて、婚約者になってほしいとか言われて、すぐ信じる方がどうかしている。
 だけど……

「それでも私は……」
「もし仮にそれが本心だとしたら、見ず知らずの男を急に好きになったことになる。それはそれで異常だ。君、頭おかしいんじゃないの?」

 氷のように冷たい言葉が胸に刺さる。
 ブロア様に似た表情だ。
 ただ、悪気がないことはわかる。
 それでも思い出すのは、幸せだと思っていたものが砕けた瞬間の記憶。
 あの日、あの時受けた言葉と視線が脳裏で再生されていた。

「わかったら早くここを――」
「ぅ……うぅ」
「え?」

 この瞬間、私の中で枷が外れたのだと思う。

「うわああああああああああああああああああん」
「え、えぇ? 何で泣いてるんだよ!?」
「だって酷いこと言うから! 私だってわからないのに、好きなのは本当なのにおかしいとかっ! ブロア様も勝手に知らない女の子と楽しそうにして、私だけ惨めじゃない」
「な、何の話だよ!」

 全部どうでも良いとさえ思えている。
 今まで取り繕っていた殻が破れて、弱く我儘な自分が飛び出していた。
 子供みたいに泣きじゃくって、駄々をこねて情けないと、今の私は思えない。

「もういいわよ! どうせ私なんて必要とされてない! もう――」

 勢い余っての行動だと思う。
 私は護身用に持っていたナイフを取り出し、自分の喉元へ。

「死んでやるわ!」
「馬鹿! 早まるな!」

 本気で死のうとしていた。
 後になって冷静に考えれば、何て馬鹿なことをしたのかと思う。
 彼が咄嗟に飛び突き止めてくれなかったら、本当に喉を刺していたのだから。
 倒れ込んだ私の手からはナイフが離れている。
 彼は私に圧し掛かって、大きくため息を漏らして言う。

「俺の前で勝手に死のうとするな」
「だって……」
「はぁ、もう起きろ。話くらいなら聞いてやるから」
「……うん」

 私は彼の手に引かれ、ゆっくりと起き上がった
 涙でぐちゃぐちゃになった顔に気付いて、思わず隠そうとする。

「これを使え」
「ハンカチ? 貸して……くれるの?」
「いらないなら良いぞ」
「い、いる!」

 彼から差し出された水色のハンカチを、私は慌てて手に取った。
 懐に入れていた所為か、ほんのり暖かい。
 涙を拭いていると、ちょっとだけ良い香りがしたような気がする。
  
 優しい香り……

 彼は一人で木陰に戻り、投げ捨てた本を拾って座る。

「座らないのか?」
「は、はい!」

 私は隣にちょこんと座った。

「で、何があったんだ?」
「その前に名前を教えてもらえませんか?」
「ん? ああ、忘れてたよ。俺はユート・バスティアーノだ」

 初めて聞く名前だけど、どこかで聞いた気もする。
 すぐには思い出せないから、気のせいかもしれない。

「ユートさん……上級生ですか?」
「君こそ何年生なんだ? 俺は二年生だけど」
「同級生だったんですね!」

 素直に驚いた。
 同級生で一度も見たことがない人なんて、今さらいないと思っていたから。
 ユートがそれくらい地味で目立たないから、という理由かもしれない。
 改めて彼を見てみると、黒い髪以外は特徴としては薄いから。

「そ、れ、で! 何があったんだ?」
「あ、ごめんなさい。実は――」

 私はここ数日の出来事を彼に話した。
 彼はとても真剣に聞いてくれて、話に合わせて頷いていた。
 同級生なのに知らなかったのかという疑問もあったけど、そんなものは些細なことだ。
 この時の私は、真剣に聞いてくれることが嬉しいかっただけ。

「なるほど、要するに不倫されたわけか」
「ぅ……」
「あー言い方が悪かったな。捨てられ……じゃなくて婚約を破棄されて傷心して、一人になれる場所を探して彷徨っていたらここにたどり着いたと」
「……そうです」
「はぁ、貴族って言うのも大変だな。結婚相手くらい、自由に好き勝手決めればいいのに。まぁ俺には関係ない」
「関係あります!」

 私は彼の手を握り、顔を近づけて言う。

「私がユートに一目ぼれしたのは本当なんです!」
「……それはつまり、婚約者になってほしいというあれも本気だったと?」
「はい!」

 このチャンスを逃すべきではないと、誰かが私に告げている。
 胸の高鳴りが、本物だという証明だと思うから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

虐げられ聖女の力を奪われた令嬢はチート能力【錬成】で無自覚元気に逆襲する~婚約破棄されましたがパパや竜王陛下に溺愛されて幸せです~

てんてんどんどん
恋愛
『あなたは可愛いデイジアちゃんの為に生贄になるの。  貴方はいらないのよ。ソフィア』  少女ソフィアは母の手によって【セスナの炎】という呪術で身を焼かれた。  婚約した幼馴染は姉デイジアに奪われ、闇の魔術で聖女の力をも奪われたソフィア。  酷い火傷を負ったソフィアは神殿の小さな小屋に隔離されてしまう。  そんな中、竜人の王ルヴァイスがリザイア家の中から結婚相手を選ぶと訪れて――  誰もが聖女の力をもつ姉デイジアを選ぶと思っていたのに、竜王陛下に選ばれたのは 全身火傷のひどい跡があり、喋れることも出来ないソフィアだった。  竜王陛下に「愛してるよソフィア」と溺愛されて!?  これは聖女の力を奪われた少女のシンデレラストーリー  聖女の力を奪われても元気いっぱい世界のために頑張る少女と、その頑張りのせいで、存在意義をなくしどん底に落とされ無自覚に逆襲される姉と母の物語 ※よくある姉妹格差逆転もの ※虐げられてからのみんなに溺愛されて聖女より強い力を手に入れて私tueeeのよくあるテンプレ ※超ご都合主義深く考えたらきっと負け ※全部で11万文字 完結まで書けています

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

婚約破棄され聖女も辞めさせられたので、好きにさせていただきます。

松石 愛弓
恋愛
国を守る聖女で王太子殿下の婚約者であるエミル・ファーナは、ある日突然、婚約破棄と国外追放を言い渡される。 全身全霊をかけて国の平和を祈り続けてきましたが、そういうことなら仕方ないですね。休日も無く、責任重すぎて大変でしたし、王太子殿下は思いやりの無い方ですし、王宮には何の未練もございません。これからは自由にさせていただきます♪

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

天才少女は旅に出る~婚約破棄されて、色々と面倒そうなので逃げることにします~

キョウキョウ
恋愛
ユリアンカは第一王子アーベルトに婚約破棄を告げられた。理由はイジメを行ったから。 事実を確認するためにユリアンカは質問を繰り返すが、イジメられたと証言するニアミーナの言葉だけ信じるアーベルト。 イジメは事実だとして、ユリアンカは捕まりそうになる どうやら、問答無用で処刑するつもりのようだ。 当然、ユリアンカは逃げ出す。そして彼女は、急いで創造主のもとへ向かった。 どうやら私は、婚約破棄を告げられたらしい。しかも、婚約相手の愛人をイジメていたそうだ。 そんな嘘で貶めようとしてくる彼ら。 報告を聞いた私は、王国から出ていくことに決めた。 こんな時のために用意しておいた天空の楽園を動かして、好き勝手に生きる。

妹に全てを奪われた伯爵令嬢は遠い国で愛を知る

星名柚花
恋愛
魔法が使えない伯爵令嬢セレスティアには美しい双子の妹・イノーラがいる。 国一番の魔力を持つイノーラは我儘な暴君で、セレスティアから婚約者まで奪った。 「もう無理、もう耐えられない!!」 イノーラの結婚式に無理やり参列させられたセレスティアは逃亡を決意。 「セラ」という偽名を使い、遠く離れたロドリー王国で侍女として働き始めた。 そこでセラには唯一無二のとんでもない魔法が使えることが判明する。 猫になる魔法をかけられた女性不信のユリウス。 表情筋が死んでいるユリウスの弟ノエル。 溺愛してくる魔法使いのリュオン。 彼らと共に暮らしながら、幸せに満ちたセラの新しい日々が始まる―― ※他サイトにも投稿しています。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

ふしだらな悪役令嬢として公開処刑される直前に聖女覚醒、婚約破棄の破棄?ご冗談でしょ(笑)

青の雀
恋愛
病弱な公爵令嬢ビクトリアは、卒業式の日にロバート王太子殿下から婚約破棄されてしまう。病弱なためあまり学園に行っていなかったことを男と浮気していたせいだ。おまけに王太子の浮気相手の令嬢を虐めていたとさえも、と勝手に冤罪を吹っかけられ、断罪されてしまいます。 父のストロベリー公爵は、王家に冤罪だと掛け合うものの、公開処刑の日時が決まる。 断頭台に引きずり出されたビクトリアは、最後に神に祈りを捧げます。 ビクトリアの身体から突然、黄金色の光が放たれ、苛立っていた観衆は穏やかな気持ちに変わっていく。 慌てた王家は、処刑を取りやめにするが……という話にする予定です。 お気づきになられている方もいらっしゃるかと存じますが この小説は、同じ世界観で 1.みなしごだからと婚約破棄された聖女は実は女神の化身だった件について 2.婚約破棄された悪役令嬢は女神様!? 開国の祖を追放した国は滅びの道まっしぐら 3.転生者のヒロインを虐めた悪役令嬢は聖女様!? 国外追放の罪を許してやるからと言っても後の祭りです。 全部、話として続いています。ひとつずつ読んでいただいても、わかるようにはしています。 続編というのか?スピンオフというのかは、わかりません。 本来は、章として区切るべきだったとは、思います。 コンテンツを分けずに章として連載することにしました。

処理中です...