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「私は肉眼で見た対象の心を読むことができる。だから眼鏡をかけて、直接は見ないようにしているんだ」
「……あるんですね、そんな眼が」
「ああ、おかげで他人の心は多く見てきた。だから知っている。どれほど人間が欲にまみれているのか。おそらく君以上に」

 なるほど、だから人間嫌いになったのか。
 人の心が見えるから、嫌な部分ばかり見せられたのだろう。
 私が感じてきた悪意を、彼は目で見ることができてしまった。

「動物はいい。見ても心は読めないし、何より素直だ」
「……同じことを考えている人がいたんですね」
「君もか?」
「ええ。動物たちと一緒にいる時間が何より心地いいですから」

 人間に嫌われた私と、人間を嫌いになったアイセ様。
 つまるところ私たちはよく似ていた。

「怖いとは思いませんわ」
「……なぜだ?」
「知っていますから。本当に怖いのは、見えてしまうこと……悪意を悪意のまま受け取ってしまうほうがずっと怖い」

 私は肌で感じてきた。
 他人から向けられる悪意を。
 近づかれ、拒絶され、一人になることを。
 私は心を覗かれるよりも、覗いてしまうほうがずっと恐ろしいと思う。

「……そうか。初めてだな。そんな風に言われたのは」
「私も初めてです。こんな話をしたのは」

 共に人間に対して憤りを感じている者同士のシンパシーがあった。
 私はこの人の気持ちが理解できる。
 たぶん、この人も……。

「……本心を言えば、俺は君に興味があった。君のことは話に聞いていたが、皆が口をそろえて言う。あの瞳は恐ろしい……まるで自分の話を聞いているようだった」
「だから、お父様の提案を受け入れたのですか?」
「ああ、まさか顔合わせもなしに決まるとは思っていなかったが」
「私はお父様にも嫌われていますから」
「強いな、君は」
「慣れてしまっただけです」

 嫌われることに。
 なんとも思わなくなってしまった。
 でも……。

「嫌われてもいいとは……思っていないけど」

 ふいに漏れた本音を聞かれる。
 私は孤独にも、嫌われるのにも慣れた。
 だけど慣れただけで、好んでそうありたいとは思わない。
 誰だってそうだろう?
 好きで嫌われる人間なんていないわ。
 私だって本当は……。

「カフェでも開くつもりだったのか?」
「え? ああ、はい。ゆくゆくはそうしたいと思っていました。ただの夢です」
「やればいい」
「え……」

 驚いた私は彼を見つめる。
 
「好きにしろと言ってのは俺だ。やりたければやってもいい。その代わり一つだけお願いがある」
「……なんでしょう?」
「俺が貸し切りで過ごせる時間を……設けてもらえないか?」

 それはあまりにも可愛らしい理由だった。
 もっと別の要求をされると思っていた私は、思わず笑ってしまう。
 この人は本当に動物が好きなのだろう。
 周りの動物たちがすぐに心を許したのも、彼から一かけらも敵意を感じないから。
 私に対してすらも……。

「もちろんです。婚約者ですから、特別に」
「……そうか。それは嬉しいな」

 まだ直感でしかない。
 交わした言葉の数も少ない。
 それでも私は思った。

 この人となら……長く一緒にいられるかもしれない。

 アイセ様は私と話している時も、目を逸らさない。
 恐れられるこの瞳をまっすぐ見つめてくれる。
 心が読める眼があるから、雰囲気や眼の色の不気味さにも惑わされないのだろうか。
 いや、理由なんてどうでもいい。
 私はただ嬉しかった。
 生まれて初めて、人間として認められたような気がして。

 この二日後。
 動物たちと戯れながらお茶を楽しむ場所。
 もふもふな感覚を一生忘れられない素敵なカフェテリアがオープンする。

 果たして最初のお客さんは誰になるだろう?
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