上 下
2 / 8

2.辺境追放

しおりを挟む
「エドワード、お前は明日より領主になってもらうぞ」
「領主?」

 突然のことだった。
 ある朝、父上に呼び出されたと思ったらこれだ。
 領地を与えるから、その領主になれという。
 帰属において自らの領地を与えられることは、一人前として認められたことを意味する。
 ただし、そうでない場合もある。
 今回はおそらく、俺をここから追い出すための口実だろう。
 まず年齢的に一番若く、才能なしと言われている三男に領地を与える意味がわからない。

「父上、領地の場所は?」
「あとで部屋に資料を送る。それを確認してから明日には出発しなさい。資金と必要なものはこちらで準備しておこう」

 そこまで手配してもらえるなら駄々をこねても仕方がないな。
 もっともこれは決定事項なのだろう。
 俺が拒否したところで、無理やり追い出されるだけだ。

「わかりました。ありがとうございます」
「……うむ」

 父上は俺に背中を向けて乾いた返事をした。
 俺の顔も見たくないのか。
 それとも多少の後ろめたさがあるのか。
 どちらでもいい。
 俺が邪魔なことに変わりはない。

 部屋に戻ると父上の執事が資料を持ってきた。
 記されていた場所を見て、思わず笑ってしまった。

「はは……これは……確定だな」

 父上が俺に与えた領地は、王都からも遠く離れた辺境の土地。
 大自然に囲まれいるが、目ぼしい資源はなく、小さな町で人々は細々とした農業で暮らしている。
 一応は俺の家の管理課ではあるものの、利用価値が低いため放置された土地。
 つまり、いらない領地を宛がわれたということだ。

「そんなに嫌なのか……俺が近くにいるのが……」

 嫌われている自覚はあった。
 だけど、ここまでとなると正直つらいものがあるな。

「まぁ……仕方ないか」

 諦めろ。
 俺には父上が求めているような才能はなかった。
 世の中から浮いた存在である俺を、十四年間育ててくれただけでもありがたいと思え。
 そう、思うだけでいいんだ。

「準備するか」

 領地へ持って行きたい物を集めよう。
 と、最初に考えた時思いついたのは、書斎にある本だった。
 普通の本を持ち出すには父上の許可がいる。
 だけど、魔術関連の本は俺が集めたもので、父上の許可はいらない。
 せっかく集めた資料だ。
 この屋敷に残しても処分されるのがわかっているし、持って行っても問題ないな。
 
 俺は自室を出て書斎に向かった。
 道中、聞きなれた声が耳に届く。

「どうしうことですか旦那様!」
「この声は……」

 サラ?
 父上と話しているのか?
 それにしてはこんな大声で……怒っているように聞こえる。
 俺は気になって廊下の隅に隠れる。

「伝えた通りだ。エドワードに明日よりここを出てもらう。お前にはグレイの教育係になってもらうぞ」
「なぜ坊ちゃまなのですか! まだ成人もしていない坊ちゃまを一人で……しかもあの地には何もありません! 旦那様もいずれ手放すと仰っていた場所ではありませんか!」
「だからこそだ。お前とて理解しているはずだ。あれは我がワイズマン家に相応しくない。我が家は代々、優れた異能の使い手を輩出している。そんな歴史の中であのような者を生み出してしまったのは……一族の恥だ」
「坊ちゃまは旦那様のご子息でしょう?」
「所詮は妾の子だ。エドワードは気づいていないだろうがな」

 気づいているよ、とっくに。
 俺が母上の子供ではないことくらい。
 だって、あの人は俺を見るとき、殺したいほど憎い相手を見るような目で見るから……。

「そこまで心配ならばお前がついていくか? 勧めはしないが」
「っ……」

 サラは口を紡ぐ。
 彼女だって嫌だろう。
 俺についてきて、何もない辺境の土地に飛ばされるなんて。
 ちょうどいい機会だ。
 俺から離れて、自分の幸せを優先すればいい。
 俺と違ってサラには才能もある。
 グレイ兄さんは自信家で傲慢だけど、女性相手には弱いからな。
 きっと上手くやれるさ。

「今までありがとう。サラ」

 俺は彼女には聞こえない声量で呟き、その場を後にした。

  ◇◇◇

 翌日。
 出発の馬車に乗る。

「……」
「坊ちゃま、忘れ物はありませんか?」
「……」
「荷物はすべてこちらに積んでおきます。窮屈でしょうがしばらく我慢してください」

 彼女は重そうなカバンを軽々と持ち上げ、馬車の中に積んでいく。
 最後の一つを積み終わったら、馬車の御者台に腰を下ろす。

「では出発しますね」
「待て」
「どうかなさいましたか? やはり忘れものですか? それともお手洗い?」
「違う。どうしてお前がそこに座っているんだ?」
「もちろん馬車を走らせるためですよ? 手綱を引く者がいなければ馬車は動きませんから」
「そうかそうか。わざわざ遠い地まで運んでくれるのか。帰りも大変なのによくやる」

 辺境までの道のりは、馬車でも片道五日間かかる。
 生き返りで十日。
 俺の送迎のために十日も使うなんて、最後まで律儀な奴だと思った。

「何を言っているんですか? 帰りませんよ?」
「は?」
「当たり前じゃないですか。だから私の荷物も一緒に乗せているんです」

 そういえば俺の荷物意外にもたくさん……。
 これサラの荷物だったのか?

「なんでだ? お前には関係ないだろ?」
「関係ありますよ。だって私、坊ちゃまのメイドですから」
「――!」
「逃げようとしたってそうはいきませんよ? 坊ちゃまがどこに逃げても、私は地の果てまで追いかけますから」

 そう言って彼女は笑う。
 作り笑いではなく、楽しそうに。
 俺なんかと一緒にいることを選んで……。

「……馬鹿な奴だ」

 けど、ありがとう。
 心の中で呟く。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

勇者、追放される ~仲間がクズばかりだったので、魔王とお茶してのんびり過ごす。戻ってこいと言われても断固拒否。~

秋鷺 照
ファンタジー
 強すぎて勇者になってしまったレッグは、パーティーを追放され、一人で魔王城へ行く。美味しいと噂の、魔族領の茶を飲むために!(ちゃんと人類も守る)

完)まあ!これが噂の婚約破棄ですのね!

オリハルコン陸
ファンタジー
王子が公衆の面前で婚約破棄をしました。しかし、その場に居合わせた他国の皇女に主導権を奪われてしまいました。 さあ、どうなる?

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

勇者パーティーを追放された俺は辺境の地で魔王に拾われて後継者として育てられる~魔王から教わった美学でメロメロにしてスローライフを満喫する~

一ノ瀬 彩音
ファンタジー
主人公は、勇者パーティーを追放されて辺境の地へと追放される。 そこで出会った魔族の少女と仲良くなり、彼女と共にスローライフを送ることになる。 しかし、ある日突然現れた魔王によって、俺は後継者として育てられることになる。 そして、俺の元には次々と美少女達が集まってくるのだった……。

ユニークスキルの名前が禍々しいという理由で国外追放になった侯爵家の嫡男は世界を破壊して創り直します

かにくくり
ファンタジー
エバートン侯爵家の嫡男として生まれたルシフェルトは王国の守護神から【破壊の後の創造】という禍々しい名前のスキルを授かったという理由で王国から危険視され国外追放を言い渡されてしまう。 追放された先は王国と魔界との境にある魔獣の谷。 恐ろしい魔獣が闊歩するこの地に足を踏み入れて無事に帰った者はおらず、事実上の危険分子の排除であった。 それでもルシフェルトはスキル【破壊の後の創造】を駆使して生き延び、その過程で救った魔族の親子に誘われて小さな集落で暮らす事になる。 やがて彼の持つ力に気付いた魔王やエルフ、そして王国の思惑が複雑に絡み大戦乱へと発展していく。 鬱陶しいのでみんなぶっ壊して創り直してやります。 ※小説家になろうにも投稿しています。

ブラック宮廷から解放されたので、のんびりスローライフを始めます! ~最強ゴーレム使いの気ままな森暮らし~

ヒツキノドカ
ファンタジー
「クレイ・ウェスタ―! 貴様を宮廷から追放する!」  ブラック宮廷に勤めるゴーレム使いのクレイ・ウェスターはある日突然クビを宣告される。  理由は『不当に高い素材を買いあさったこと』とされたが……それはクレイに嫉妬する、宮廷魔術師団長の策略だった。  追放されたクレイは、自由なスローライフを求めて辺境の森へと向かう。  そこで主人公は得意のゴーレム魔術を生かしてあっという間に快適な生活を手に入れる。    一方宮廷では、クレイがいなくなったことで様々なトラブルが発生。  宮廷魔術師団長は知らなかった。  クレイがどれほど宮廷にとって重要な人物だったのか。  そして、自分では穴埋めできないほどにクレイと実力が離れていたことも。  「こんなはずでは……」と嘆きながら宮廷魔術師団長はクレイの元に向かい、戻ってくるように懇願するが、すでに理想の生活を手に入れたクレイにあっさり断られてしまう。  これはブラック宮廷から解放された天才ゴーレム使いの青年が、念願の自由なスローライフを満喫する話。 ーーーーーー ーーー ※4/29HOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝! ※推敲はしていますが、誤字脱字があるかもしれません。 見つけた際はご報告いただけますと幸いです……

召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。

SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない? その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。 ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。 せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。 こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。

処理中です...