5 / 28
千羽鶴と勇者様
5
しおりを挟む
「ミモザ、君との婚約を破棄させてもらう」
「――」
それは突然のことだった。
婚約者であるアスベル様から、婚約の破棄を言い渡されたのは……。
「すでに両当主の間で合意はとれている。君との関係はここまでだよ」
「そうですか……」
私はアスベル様に頭を下げる。
「ご期待に沿えず、申し訳ありませんでした。短い期間でしたが、私の婚約者になってくださりありがとうございます」
「……本気で言っているのか?」
「え?」
顔を上げる。
すると、アスベル様は酷い顔で私を見ていた。
まるで理解しがたいものに直面しているような……。
「アスベル様?」
「わかってるのかい? 婚約を破棄したんだよ?」
「はい。そうお聞きしました」
「……理解できないな。どうしてそんな風に、平然としていられる? 何も感じないのか?」
アスベル様の問いかけに、私は心の中で思う。
何も感じない、わけじゃない。
少し悲しくはあった。
婚約は疎か、前世では恋人だっていなかった。
そういう関係に憧れたりもある。
親同士が決めた婚約でも、自分にそういう相手ができたことは素直に嬉しかった。
ただ……いずれこうなることはわかっていた。
「私はアスベル様に相応しくありません。きっと、お姉様のような人のほうが相応しい」
「――! わかっているじゃないか」
アスベル様は笑みを浮かべる。
わかっているとも。
私と婚約してからずっと、彼は私ではなくお姉様に色目を使っていた。
最初から私との婚約も、お姉様に近づく口実だったのだろう。
お姉様は才能のある魔法使いで、容姿も美しく、貴族としての振る舞いも完璧だ。
そんな彼女に言い寄る男性は多い。
少しでもお姉様に近づくために、あらゆる手段を使う。
そのうちの一つとして、私が選ばれただけだ。
「君のことが嫌いなわけじゃない。ただ、より近くにいることで、彼女のすばらしさに気づいてしまったんだよ」
「そうですね。お姉様は素敵な女性だと思います」
「……本当に気味が悪いな」
「え?」
「どうして笑顔を見せる?」
アスベル様は気味悪がった。
婚約破棄をされながら、それでも笑顔を見せ続ける私に。
笑顔の理由?
そんなの簡単だ。
少しでも相手に不快な気分をさせないように。
辛いことがあっても落ち込むのではなく、常に前を向いていられるように。
「そういうところも苦手だった。君の前でユリアと話している姿を見せても、君は何も感じていないような……むしろ喜んでいるようにさえ見えた」
「それは……」
別に喜んでいたわけじゃない。
でも、幸せならそれでいいと思ったんだ。
人は誰しも、自分の幸せを追い求める。
アスベル様には彼の幸せがあって、お姉様といることが幸せなら、私はそれを祝福するだけだ。
「君はまるで、人のふりをする人形みたいだね」
「人形……」
「一体誰のために生きているんだか。一緒にいるとこっちまでおかしくなりそうだよ」
「……」
人形……か。
そんな風に言われたのは初めてだ。
けれど、誰のために生きているかなんて決まっている。
私が生まれ変わったのは、見知らぬ誰かを助け、支えるためだ。
そのために生きている。
この元気な身体は、そうあるべきだと言っている。
落ち込んだりしない。
後ろ向きになんてならない。
私は前を向き続ける。
これが正しいと、信じているから。
「――」
それは突然のことだった。
婚約者であるアスベル様から、婚約の破棄を言い渡されたのは……。
「すでに両当主の間で合意はとれている。君との関係はここまでだよ」
「そうですか……」
私はアスベル様に頭を下げる。
「ご期待に沿えず、申し訳ありませんでした。短い期間でしたが、私の婚約者になってくださりありがとうございます」
「……本気で言っているのか?」
「え?」
顔を上げる。
すると、アスベル様は酷い顔で私を見ていた。
まるで理解しがたいものに直面しているような……。
「アスベル様?」
「わかってるのかい? 婚約を破棄したんだよ?」
「はい。そうお聞きしました」
「……理解できないな。どうしてそんな風に、平然としていられる? 何も感じないのか?」
アスベル様の問いかけに、私は心の中で思う。
何も感じない、わけじゃない。
少し悲しくはあった。
婚約は疎か、前世では恋人だっていなかった。
そういう関係に憧れたりもある。
親同士が決めた婚約でも、自分にそういう相手ができたことは素直に嬉しかった。
ただ……いずれこうなることはわかっていた。
「私はアスベル様に相応しくありません。きっと、お姉様のような人のほうが相応しい」
「――! わかっているじゃないか」
アスベル様は笑みを浮かべる。
わかっているとも。
私と婚約してからずっと、彼は私ではなくお姉様に色目を使っていた。
最初から私との婚約も、お姉様に近づく口実だったのだろう。
お姉様は才能のある魔法使いで、容姿も美しく、貴族としての振る舞いも完璧だ。
そんな彼女に言い寄る男性は多い。
少しでもお姉様に近づくために、あらゆる手段を使う。
そのうちの一つとして、私が選ばれただけだ。
「君のことが嫌いなわけじゃない。ただ、より近くにいることで、彼女のすばらしさに気づいてしまったんだよ」
「そうですね。お姉様は素敵な女性だと思います」
「……本当に気味が悪いな」
「え?」
「どうして笑顔を見せる?」
アスベル様は気味悪がった。
婚約破棄をされながら、それでも笑顔を見せ続ける私に。
笑顔の理由?
そんなの簡単だ。
少しでも相手に不快な気分をさせないように。
辛いことがあっても落ち込むのではなく、常に前を向いていられるように。
「そういうところも苦手だった。君の前でユリアと話している姿を見せても、君は何も感じていないような……むしろ喜んでいるようにさえ見えた」
「それは……」
別に喜んでいたわけじゃない。
でも、幸せならそれでいいと思ったんだ。
人は誰しも、自分の幸せを追い求める。
アスベル様には彼の幸せがあって、お姉様といることが幸せなら、私はそれを祝福するだけだ。
「君はまるで、人のふりをする人形みたいだね」
「人形……」
「一体誰のために生きているんだか。一緒にいるとこっちまでおかしくなりそうだよ」
「……」
人形……か。
そんな風に言われたのは初めてだ。
けれど、誰のために生きているかなんて決まっている。
私が生まれ変わったのは、見知らぬ誰かを助け、支えるためだ。
そのために生きている。
この元気な身体は、そうあるべきだと言っている。
落ち込んだりしない。
後ろ向きになんてならない。
私は前を向き続ける。
これが正しいと、信じているから。
22
お気に入りに追加
352
あなたにおすすめの小説
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました
toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。
残酷シーンが多く含まれます。
誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。
両親に
「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」
と宣言した彼女は有言実行をするのだった。
一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。
4/5 21時完結予定。
山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!
甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・
私をこき使って「役立たず!」と理不尽に国を追放した王子に馬鹿にした《聖女》の力で復讐したいと思います。
水垣するめ
ファンタジー
アメリア・ガーデンは《聖女》としての激務をこなす日々を過ごしていた。
ある日突然国王が倒れ、クロード・ベルト皇太子が権力を握る事になる。
翌日王宮へ行くと皇太子からいきなり「お前はクビだ!」と宣告された。
アメリアは聖女の必要性を必死に訴えるが、皇太子は聞く耳を持たずに解雇して国から追放する。
追放されるアメリアを馬鹿にして笑う皇太子。
しかし皇太子は知らなかった。
聖女がどれほどこの国に貢献していたのか。どれだけの人を癒やしていたのか。どれほど魔物の力を弱体化させていたのかを……。
散々こき使っておいて「役立たず」として解雇されたアメリアは、聖女の力を使い国に対して復讐しようと決意する。
今更困りますわね、廃妃の私に戻ってきて欲しいだなんて
nanahi
恋愛
陰謀により廃妃となったカーラ。最愛の王と会えないまま、ランダム転送により異世界【日本国】へ流罪となる。ところがある日、元の世界から迎えの使者がやって来た。盾の神獣の加護を受けるカーラがいなくなったことで、王国の守りの力が弱まり、凶悪モンスターが大繁殖。王国を救うため、カーラに戻ってきてほしいと言うのだ。カーラは日本の便利グッズを手にチート能力でモンスターと戦うのだが…
【完結】私の見る目がない?えーっと…神眼持ってるんですけど、彼の良さがわからないんですか?じゃあ、家を出ていきます。
西東友一
ファンタジー
えっ、彼との結婚がダメ?
なぜです、お父様?
彼はイケメンで、知性があって、性格もいい?のに。
「じゃあ、家を出ていきます」
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる