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千羽鶴と勇者様
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「ミモザ。この書類も今日中に終わらせておきなさい」
「はい。お姉様」
「わかっている? 間に合わなかったらお仕置きよ」
「……はい」
そう言い残し、ユリアお姉様は宮廷の執務室から立ち去ろうとする。
いつものことだし、どこへ行くかもわかっている。
だけど一応、聞いておかないといけない。
今は仕事中で、ここは職場なのだから。
「あの、お姉様」
「何よ?」
私が呼び止めると、不機嫌そうな顔で振り返った。
大丈夫だ。
睨まれるのもいつも通り。
「どちらに行かれるのですか?」
「それ、あなたに関係あるかしら?」
「一応……仕事中ですから」
「……」
お姉様は怖い顔で私を睨む。
大きくため息をこぼし、面倒くさそうに答える。
「お茶会に呼ばれているのよ」
「お茶会……」
お仕事とは無関係であることはわかっていた。
彼女は悪びれもなく続ける。
「そう。アスベル様から招待されているの」
「アスベル様が?」
「ええ、あなたもよく知っているでしょう? 本当なら、あなたの役目だったのにねぇ」
「……」
アスベル・ランド様。
ランド公爵家の長男で、次期当主になられることが決定している方だ。
王国でも名のある貴族の家柄である。
そして、数日前までは……私の婚約者でもあった。
「ミモザが婚約者のままだったら、こんなことをしなくても交流は続いていたのよ」
「……申し訳ありません」
「まったくね。不出来な妹を持つと大変だわ」
「……」
お姉様は嫌味を言い残し、執務室の扉を開ける。
「それじゃ、言ったことは守りなさい。夕方までには戻るわ」
「は、はい。お気をつけて」
私は去っていくお姉様を笑顔で見送った。
バタンと扉が閉まる。
一人になり、シーンと静寂が聞こえるようだった。
「……ふんっ!」
パチンと、私は自分の頬を叩いた。
「暗くなっちゃダメ! 頑張らないと!」
そうやって自分を鼓舞する。
山もりの書類を、今日中に終わらせないといけない。
これが今の、私の役割なんだ。
たとえお姉様に……理不尽に押し付けられたものだとしても。
役割が与えられることは、当たり前じゃない。
私はそれをよく知っている。
◆◆◆
十八年前の冬。
私は異なる世界の住人だった。
「ごほっ、っ……」
「寒いでしょう? 窓、閉めるわよ」
「待ってください。もう少しだけ……外の空気を吸っていたいんです」
私がそう言うと、担当の看護師さんは小さくため息をこぼす。
「あと五分だけよ。それ以上は身体に悪いわ」
「ありがとうございます」
看護師さんは、五分経ったらまた来ると言って別の患者さんを見に行った。
病室で一人、私は冷たい風を感じる。
私が知っている外の世界は、この狭い病室と、窓から見える青空だけだった。
生まれつき身体が弱かった私は、毎年のように重い病気になった。
学校も満足に通えない。
だから友達なんていないし、けれど私の病室には、たくさんの鶴が飾ってある。
千羽ではきかない数の折り紙だ。
中には顔も知らない同級生や先生が、早く元気になってねとメッセージを残して折ってくれた。
周りがやるから仕方がなくだったり、無理矢理やらされた人も多いだろう。
名前しか知らない人のために、貴重な時間を使って折り紙を折る。
「……ありがとう」
たとえ心が籠っていなくとも、私のために時間を使ってくれたことが嬉しかった。
一羽一羽、誰が折ったのかもわからないけど。
私はいつも、顔も見えない誰かに感謝して生きていた。
「はい。お姉様」
「わかっている? 間に合わなかったらお仕置きよ」
「……はい」
そう言い残し、ユリアお姉様は宮廷の執務室から立ち去ろうとする。
いつものことだし、どこへ行くかもわかっている。
だけど一応、聞いておかないといけない。
今は仕事中で、ここは職場なのだから。
「あの、お姉様」
「何よ?」
私が呼び止めると、不機嫌そうな顔で振り返った。
大丈夫だ。
睨まれるのもいつも通り。
「どちらに行かれるのですか?」
「それ、あなたに関係あるかしら?」
「一応……仕事中ですから」
「……」
お姉様は怖い顔で私を睨む。
大きくため息をこぼし、面倒くさそうに答える。
「お茶会に呼ばれているのよ」
「お茶会……」
お仕事とは無関係であることはわかっていた。
彼女は悪びれもなく続ける。
「そう。アスベル様から招待されているの」
「アスベル様が?」
「ええ、あなたもよく知っているでしょう? 本当なら、あなたの役目だったのにねぇ」
「……」
アスベル・ランド様。
ランド公爵家の長男で、次期当主になられることが決定している方だ。
王国でも名のある貴族の家柄である。
そして、数日前までは……私の婚約者でもあった。
「ミモザが婚約者のままだったら、こんなことをしなくても交流は続いていたのよ」
「……申し訳ありません」
「まったくね。不出来な妹を持つと大変だわ」
「……」
お姉様は嫌味を言い残し、執務室の扉を開ける。
「それじゃ、言ったことは守りなさい。夕方までには戻るわ」
「は、はい。お気をつけて」
私は去っていくお姉様を笑顔で見送った。
バタンと扉が閉まる。
一人になり、シーンと静寂が聞こえるようだった。
「……ふんっ!」
パチンと、私は自分の頬を叩いた。
「暗くなっちゃダメ! 頑張らないと!」
そうやって自分を鼓舞する。
山もりの書類を、今日中に終わらせないといけない。
これが今の、私の役割なんだ。
たとえお姉様に……理不尽に押し付けられたものだとしても。
役割が与えられることは、当たり前じゃない。
私はそれをよく知っている。
◆◆◆
十八年前の冬。
私は異なる世界の住人だった。
「ごほっ、っ……」
「寒いでしょう? 窓、閉めるわよ」
「待ってください。もう少しだけ……外の空気を吸っていたいんです」
私がそう言うと、担当の看護師さんは小さくため息をこぼす。
「あと五分だけよ。それ以上は身体に悪いわ」
「ありがとうございます」
看護師さんは、五分経ったらまた来ると言って別の患者さんを見に行った。
病室で一人、私は冷たい風を感じる。
私が知っている外の世界は、この狭い病室と、窓から見える青空だけだった。
生まれつき身体が弱かった私は、毎年のように重い病気になった。
学校も満足に通えない。
だから友達なんていないし、けれど私の病室には、たくさんの鶴が飾ってある。
千羽ではきかない数の折り紙だ。
中には顔も知らない同級生や先生が、早く元気になってねとメッセージを残して折ってくれた。
周りがやるから仕方がなくだったり、無理矢理やらされた人も多いだろう。
名前しか知らない人のために、貴重な時間を使って折り紙を折る。
「……ありがとう」
たとえ心が籠っていなくとも、私のために時間を使ってくれたことが嬉しかった。
一羽一羽、誰が折ったのかもわからないけど。
私はいつも、顔も見えない誰かに感謝して生きていた。
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