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第一部

22.これからもよろしく

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 他人事には思えない。
 シトネの話を聞きながら、心の中でそう思っていた。
 両親に見捨てられる悲しみ。
 周囲から向けられる蔑んだような視線。
 理由は違っても、俺はそれらをよく知っている。
 どれだけ時間が経とうとも、忘れられない記憶というのは存在する。
 俺も彼女も、それが悲劇と言う点で一致していた。

「えっと、結局はそんな感じの理由で……自分のためかな? 相応しくないってわかってるんだけどね」

 そう言って、彼女は申し訳なさそうに笑う。
 俺はそんな彼女に首を振り、答える。

「そんなことないよ。他の誰かが、自分みたいな気持ちになってほしくない。シトネはそう思ってるんだろ?」
「……うん」
「だったらそれは、とても優しくて立派な理由だと思う。少なくとも俺より何倍も誠実だよ」

 俺が聖域者になりたい理由。
 それを思い返すと、虚しく笑えて来る。
 彼女の話を聞いた後では特にだな。

「リンテンス君の理由は?」
「聞いても大した理由じゃないぞ?」
「ううん、知りたい」
「……そっか。うん、前に話したと思うけど、小さい頃の俺は神童なんて呼ばれてたんだ。周囲からの期待も大きくて、両親も……優しかった。でも――」

 優しさの方向が違ったのだと、今ではわかる。
 あの日、雷に打たれて全てが反転した時から、ハリボテだった多くのものは崩れ落ちた。
 残されたのは自分一人だけ。
 そんな俺を、師匠が見つめだして、救い上げてくれた。

「まぁ要するに見返したいんだよ。俺を追い出した人たちをさ。ほら、俺のほうこそ自分のためだけ……しょうもない理由だろ?」
「ううん、そんなことない」
「ありがとう。シトネは優しいな」
「違うよ。優しいのはリンテンス君のほうだよ」

 シトネは真剣な眼差しで俺を見つめてくる。
 前のめりになって、気持ちが高ぶっているのが伝わった。
 そうして続ける。

「森で出会ったときも、入学試験のときも、今日だってリンテンス君は私に優しくしてくれる。こんな見た目の私を……ちゃんと見てくれる。リンテンス君は他人のために本気で怒れる人だって、私は知ってるから」
「シトネ……かもしれない。でも、それは今の俺だからなんだよ。もしも歯車が一つずれていたら、俺も他の奴らみたいに」
「ならない! ぜーったいにならないよ!」

 シトネは身体を乗り出して、テーブルの上に置いていた俺の手を握る。
 ぎゅっと、確かな力で優しく。
 そのぬくもりが伝わって、ドキッとしてしまう。

「あっ、ご、ごめんなさい!」
「いや、だ、大丈夫だ!」

 パッと手を放し、シトネも俺も恥ずかしくて顔を逸らす。
 そして俺は、直前に言われた彼女の言葉を思い返す。

 絶対にならないよ……か。

「ふっ」
「リンテンス君?」
「あーいや、何でもない。お互い頑張らないとな」
「うん! 聖域者になれるのは一人だけだもんね」
「ああ」

 ふと、俺は思う。
 もしも自分が聖域者になれたのなら、彼女のような先祖返りが、普通の一生を終えられる世の中にしたいと。
 聖域者に与えられた様々な特権を使えば、それも可能だと思う。
 ただ、俺はそれを口にしない。
 だってそれは、彼女の想いを踏みにじることに繋がるから。
 彼女は彼女の意思でこの街に来た。
 その覚悟を、俺は尊重したいと思う。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「遂にこの日が来たね!」
「ああ」

 合格発表当日。
 今日の正午に、魔術学校では合格者とクラス分けが発表される。
 俺とシトネは出発の準備をして、玄関に集まっていた。

「いやはや、一週間とは短いものだね~」

 師匠が感慨にふけるようにそう言って、俺とシトネを見回す。

「本当は、君たち二人のイチャコラをもっと眺めていたいのだが……」
「イチャコラって……してませんよ」
「おやおや? そう照れなくてもいいのに~ 昨日のデートも良い雰囲気だったじゃないか」
「え、み、見てたんですか?」

 シトネが驚いて目を見開く。
 対して俺は、やっぱりかとつぶやく。
 師匠は千里眼を持っているから、離れていても俺たちの状況は見える。
 
「はぁ……凄い力を覗き見に使わないでくださいよ」
「はっはっはっ! 弟子の成長を見守るのも師匠の役目さ。さぁさぁ二人とも急がなくていいのかい?」
「わかってます」
「あの! 一週間お世話になりました!」

 シトネが深々とお辞儀をした。
 師匠は手を横に振りながら答える。

「そう畏まらないでおくれ。僕も楽しかったよ。どうせなら入学後も、この屋敷で暮らせばいいのに」
「え、あ、そこまでお世話になるのは」
「悪くないよ。少なくとも私は嬉しい。リンテンスと二人だけより、君がいてくれたほうが華やかだ」

 そう言いながら、師匠は俺に視線でアピールしてくる。
 
「まぁ、確かにそうですね」
「ほら! 家主もああ言っている。それに学生寮は何かと不便だ。特に君の場合は、あまり良くないことも起こるかもしれない。家とは帰り安らげる場所だ」
「そ、そうですね。えっと……」
「シトネが決めていいよ」

 困っている様子のシトネに、俺は囁くようにそう言った。
 結局は彼女の意思次第だ。
 すると、シトネはしばらく考えて、顔を上げる。

「じゃあ、お願いします!」
「うん! 良い返事だ」

 師匠もニコニコ。
 よっぽどシトネのことが気に入ったらしい。
 かくいう俺も、本音を言えば嬉しいけど、恥ずかしいから言わない。
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