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9.自重しません
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宮廷魔法使い。
その役職は、私が帝国で三百年背負ってきたもの。
私という個人を現すもう一つの肩書き。
国に仕える魔法使いの中で、より優れた力を有し、国の未来へ貢献できる者のみに与えられる栄誉ある役職だ。
魔女である私が、他の魔法使いより優れているのは、端から見れば当然だっただろう。
それでも、私には嬉しかった。
多くの人々に認められ、共に時間を歩む中で絆を育み、頼れる存在となっていくのが。
誇りにすら感じていたんだ。
「この国の人々は魔女を尊敬してるわ。魔女狩りなんてもっての他、そんなこと気にしない。だからここいる限り安全は保障できる。ただ、さすがに他所の人が勝手に王城を出入りしてたらおかしいでしょ?」
「そのために試験を受けて合格して、身分を証明できるようにするってこと?」
「ええ。ついでに、貴女の力をみんなに知らしめる機会でもあるわ」
姫様は語りながら、訓練場を使っている他の人たちを指さす。
服装はみんな同じだ。
国に仕える者に相応しい純白を基調として、肩には王に紋章らしき物が入っている。
「ここにいる方々は宮廷魔法使いなんですか?」
「そうよ。中には見習いって肩書きもいると思うけど、基本的には貴女の同僚になるわ。今から皆を集めるから準備しておいて」
「わざわざ集めるんですか?」
「試験の内容はね? 宮廷魔法使い十名以上立会いの元、自分の得意な魔法を披露するの。それを見て、彼らの過半数が認めれば合格」
そういう仕組みなのか。
帝国とはずいぶん違うな。
筆記試験とか実技とかに分かれてすらいないなんて。
でも確かに、そっちのほうがわかりやすいか。
「わかりました。試験、お願いします」
「そう。じゃあさっそく集めてくるから、その間に何を披露するか決めておいてね」
「はい」
「アレクシスも集めるの手伝ってくれる? 結構奥のほうにも何人かいるみたいなの」
「了解しました。では先生、行ってきます」
そう言ってアレクと姫様が人を集めに去っていく。
一人残された私は、広々とした訓練場を右から左へ見渡し、小さく息を吐く。
宮廷付きの地位をはく奪された私が、こうしてまた宮廷魔法使いの肩書に挑戦するなんて。
ちょっと前までも考えもしなかった。
これもアレクが十年近く私のことを信じてくれていたから。
つくづく彼の真っすぐな信頼のありがたさを感じる。
「ちゃんと応えなくちゃね」
信頼には信頼で、思いには思いで。
私のことを信じて待っていてくれたアレクに、その思いに賛同してくれた人たちに、私なりの誠意を見せよう。
私は魔女だ。
きっとみんなも、魔女らしい私を期待しているはず。
思いかえせばいつからだろう?
私が魔女としてではなく、ただの人間みたいに振舞うようになったのは。
人間の物差しで生きるようになったのは。
思考する私の元へ、二人が訓練していた人たちを引き連れ戻ってくる。
「お待たせしました」
「連れて来たわよ」
後ろにゾロゾロと集まる人たち。
ざっと見た限りでも、三十人くらいはいるみたいだ。
一人一人の実力は、魔力とその流れを見ることでおおむね把握できる。
さすが宮廷魔法使い、全員かなりの実力者だ。
それに一人の質は帝国よりも高い。
ここが魔女とドラゴンによって生まれた国だからだろうか?
だとしたら、人間しかいなかった帝国の基準と、この国での基準は大きく違うだろう。
「それじゃ、さっそく試験を始めましょうか」
「はい」
帝国での私は、良き指導者になろうとしていた。
人間の基準に合わせて、物事の考え方も模倣して。
集団の中で浮いた特別は、共に歩む者たちに不安と焦りを与えるから。
でもここは……
「あの方が噂の魔女様か? 随分とお若い方のようだが」
「魔女様は我々と違って長命と聞く。それに見ろ。あの方の魔力量はまったく底が見えない」
「確かに。いったいどれほどの魔法を披露されるのか。楽しみだな」
そうじゃないみたいだ。
彼らが求めているのは、魔女らしい私なんだと、彼らの期待に満ちた視線を感じて思う。
アレクの期待、周囲の期待。
それら全てに応えるなら、私はもう自重するべきじゃない。
もっとさらけ出そう。
魔女らしく、堂々と振る舞おう。
私は右手を天にかざす。
「こ、これは!」
「急に寒気が、大気を操っている? いや、天を操っているのか!?」
天に雲を生成し展開させる魔法 【曇天要請】。
天候操作は大自然に多大な影響を与える。
だから極力使用は避けていたし、使う機会もなかったから久しぶりだ。
ああ、凄く良い。
この感覚……懐かしい。
私は続けて三つの魔法を展開する。
雨を呼ぶ魔法――【雨天決行】。
雷を呼ぶ魔法――【雷雷天下】。
風を呼ぶ魔法――【暴風祭典】。
「な、何が起こっている!?」
「天変地異……これが一人魔法使いになせる業なのか?」
「これが魔女様だ! 我々の国を作り上げたお方と同じ、魔法使いの極致に至る存在……」
周囲からの声もかすかに聞こえる。
驚いているみたいだけど、まだこんなものじゃない。
もっと自由に魔法を使おう。
そうだ。
私はもう自重しないと決めたんだから。
「暴れ回れ――【暴乱将軍】」
天候操作四種の複合魔法。
巨大な竜巻が訓練場の中央に発生する。
雨と雷を纏いし風が吹き荒れ、空気をえぐり取るように暴れ回る。
まさに天変地異の大災害。
外で使えば街を一つや二つ飲み込むくらい簡単だ。
「ははははっ、さすが先生!」
「ちょっ、こんなに凄いの? 聞いてた話以上じゃない!」
「当たり前ですよ。先生の凄さは、僕程度の若輩には表現できませんから」
「――そんなことないわ。アレクも修行を積めばこれくらいできるようになる」
パチンと指を慣らす。
荒ぶる風は一瞬にして消え、何事もなかったかのようにな静けさが残る。
「消えた……」
「フレンダ姫、皆さんも。いかがだったでしょうか? 私は合格ですか?」
「……そんなの、聞くまでもないわ」
姫様は呆れたようにため息をこぼす。
周囲からも頷き、肯定する声が重なる。
「文句なしの合格よ! 貴方を歓迎しないとかありえないわ!」
「ありがとうございます」
こうして、私は再び宮廷魔法使いになった。
人としてではなく、魔女として。
その役職は、私が帝国で三百年背負ってきたもの。
私という個人を現すもう一つの肩書き。
国に仕える魔法使いの中で、より優れた力を有し、国の未来へ貢献できる者のみに与えられる栄誉ある役職だ。
魔女である私が、他の魔法使いより優れているのは、端から見れば当然だっただろう。
それでも、私には嬉しかった。
多くの人々に認められ、共に時間を歩む中で絆を育み、頼れる存在となっていくのが。
誇りにすら感じていたんだ。
「この国の人々は魔女を尊敬してるわ。魔女狩りなんてもっての他、そんなこと気にしない。だからここいる限り安全は保障できる。ただ、さすがに他所の人が勝手に王城を出入りしてたらおかしいでしょ?」
「そのために試験を受けて合格して、身分を証明できるようにするってこと?」
「ええ。ついでに、貴女の力をみんなに知らしめる機会でもあるわ」
姫様は語りながら、訓練場を使っている他の人たちを指さす。
服装はみんな同じだ。
国に仕える者に相応しい純白を基調として、肩には王に紋章らしき物が入っている。
「ここにいる方々は宮廷魔法使いなんですか?」
「そうよ。中には見習いって肩書きもいると思うけど、基本的には貴女の同僚になるわ。今から皆を集めるから準備しておいて」
「わざわざ集めるんですか?」
「試験の内容はね? 宮廷魔法使い十名以上立会いの元、自分の得意な魔法を披露するの。それを見て、彼らの過半数が認めれば合格」
そういう仕組みなのか。
帝国とはずいぶん違うな。
筆記試験とか実技とかに分かれてすらいないなんて。
でも確かに、そっちのほうがわかりやすいか。
「わかりました。試験、お願いします」
「そう。じゃあさっそく集めてくるから、その間に何を披露するか決めておいてね」
「はい」
「アレクシスも集めるの手伝ってくれる? 結構奥のほうにも何人かいるみたいなの」
「了解しました。では先生、行ってきます」
そう言ってアレクと姫様が人を集めに去っていく。
一人残された私は、広々とした訓練場を右から左へ見渡し、小さく息を吐く。
宮廷付きの地位をはく奪された私が、こうしてまた宮廷魔法使いの肩書に挑戦するなんて。
ちょっと前までも考えもしなかった。
これもアレクが十年近く私のことを信じてくれていたから。
つくづく彼の真っすぐな信頼のありがたさを感じる。
「ちゃんと応えなくちゃね」
信頼には信頼で、思いには思いで。
私のことを信じて待っていてくれたアレクに、その思いに賛同してくれた人たちに、私なりの誠意を見せよう。
私は魔女だ。
きっとみんなも、魔女らしい私を期待しているはず。
思いかえせばいつからだろう?
私が魔女としてではなく、ただの人間みたいに振舞うようになったのは。
人間の物差しで生きるようになったのは。
思考する私の元へ、二人が訓練していた人たちを引き連れ戻ってくる。
「お待たせしました」
「連れて来たわよ」
後ろにゾロゾロと集まる人たち。
ざっと見た限りでも、三十人くらいはいるみたいだ。
一人一人の実力は、魔力とその流れを見ることでおおむね把握できる。
さすが宮廷魔法使い、全員かなりの実力者だ。
それに一人の質は帝国よりも高い。
ここが魔女とドラゴンによって生まれた国だからだろうか?
だとしたら、人間しかいなかった帝国の基準と、この国での基準は大きく違うだろう。
「それじゃ、さっそく試験を始めましょうか」
「はい」
帝国での私は、良き指導者になろうとしていた。
人間の基準に合わせて、物事の考え方も模倣して。
集団の中で浮いた特別は、共に歩む者たちに不安と焦りを与えるから。
でもここは……
「あの方が噂の魔女様か? 随分とお若い方のようだが」
「魔女様は我々と違って長命と聞く。それに見ろ。あの方の魔力量はまったく底が見えない」
「確かに。いったいどれほどの魔法を披露されるのか。楽しみだな」
そうじゃないみたいだ。
彼らが求めているのは、魔女らしい私なんだと、彼らの期待に満ちた視線を感じて思う。
アレクの期待、周囲の期待。
それら全てに応えるなら、私はもう自重するべきじゃない。
もっとさらけ出そう。
魔女らしく、堂々と振る舞おう。
私は右手を天にかざす。
「こ、これは!」
「急に寒気が、大気を操っている? いや、天を操っているのか!?」
天に雲を生成し展開させる魔法 【曇天要請】。
天候操作は大自然に多大な影響を与える。
だから極力使用は避けていたし、使う機会もなかったから久しぶりだ。
ああ、凄く良い。
この感覚……懐かしい。
私は続けて三つの魔法を展開する。
雨を呼ぶ魔法――【雨天決行】。
雷を呼ぶ魔法――【雷雷天下】。
風を呼ぶ魔法――【暴風祭典】。
「な、何が起こっている!?」
「天変地異……これが一人魔法使いになせる業なのか?」
「これが魔女様だ! 我々の国を作り上げたお方と同じ、魔法使いの極致に至る存在……」
周囲からの声もかすかに聞こえる。
驚いているみたいだけど、まだこんなものじゃない。
もっと自由に魔法を使おう。
そうだ。
私はもう自重しないと決めたんだから。
「暴れ回れ――【暴乱将軍】」
天候操作四種の複合魔法。
巨大な竜巻が訓練場の中央に発生する。
雨と雷を纏いし風が吹き荒れ、空気をえぐり取るように暴れ回る。
まさに天変地異の大災害。
外で使えば街を一つや二つ飲み込むくらい簡単だ。
「ははははっ、さすが先生!」
「ちょっ、こんなに凄いの? 聞いてた話以上じゃない!」
「当たり前ですよ。先生の凄さは、僕程度の若輩には表現できませんから」
「――そんなことないわ。アレクも修行を積めばこれくらいできるようになる」
パチンと指を慣らす。
荒ぶる風は一瞬にして消え、何事もなかったかのようにな静けさが残る。
「消えた……」
「フレンダ姫、皆さんも。いかがだったでしょうか? 私は合格ですか?」
「……そんなの、聞くまでもないわ」
姫様は呆れたようにため息をこぼす。
周囲からも頷き、肯定する声が重なる。
「文句なしの合格よ! 貴方を歓迎しないとかありえないわ!」
「ありがとうございます」
こうして、私は再び宮廷魔法使いになった。
人としてではなく、魔女として。
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