上 下
18 / 20

18.囮役ご苦労様です

しおりを挟む
 やられ役を絵にかいたような奴に、心からの同情をする。
 きっとこいつらは、自分たちが何をやらされているのかも気付いていないんだろうな。 

「かわいそうに」
「な、なんだとてめぇ! その顔やめろ! 腹立つんだよ!」
 
 やめろと言われてもなぁ……。
 あまりに可愛そうで哀れな奴らだと思ったら、自然とこんな顔になるよ。
 こういう、同情の顔に。

「ふっ、ガキが! どうやら状況がわかってないようだなぁ。オレたちは泣く子も黙る盗賊団! インペリアルダークローダーだ!」
「……」
「おい、まさかオレたちを知らないとでも」
「知らない」

 即答した。
 知るはずがない。
 そんな意味のない長い名前の集団。

「二人は知ってる?」
「いえ、初めて聞きました」
「聞いたことないな。あと名前長くて覚えにくい」
「だそうだ」
「お前ら……新進気鋭の盗賊集団であるオレたちを知らないなんて……」

 悔しそうな顔をする中央の男。
 たぶんあいつがリーダーか。
 あと新進気鋭って自分でいうことじゃないし。
 普通に新しくできた盗賊集団じゃないか。
 俺たちじゃなくても知らないぞ、たぶん。

「はっ! もういい! だったら今日限りで忘れらないようにしてやるよ! オレたちが最強の盗賊だってことを見せてやる! 手始めはこの学園だ!」
「開き直ったな」
「うるせぇぞ! 野郎ども構えろ。この生意気なガキからぶっ殺してやれ!」

 男たちが一斉に武器を構える。
 武器の種類は剣が多いがバラバラだ。
 意味のある陣形には見えないし、魔術師がいるのかも怪しい。
 ならず者を寄せ集めただけの集団じゃないだろうな。
 怪我人が出ないように急いで駆けつけたけど、これなら俺がわざわざ戦わなくてもよかったんじゃないか?

「はぁ……走り損だ」
「今さら後悔でもしかた? もう遅いぞ! てめぇは殺す。後ろの女二人は面がいい。捕まえてオレたちのおもちゃにしてやるよ」

 男たちの視線は後ろにいる二人へ。
 俺でもわかるいやらしい視線に、二人はびくっと身体を震わせる。
 怯えというより気持ち悪いと感じたような、そんな顔を見せる。

「まったく、そういうところがやられ役っぽいんだよ」
「生意気を言い――」
「ごほあっ!」
「……へ?」

 リーダーの背後にいた一人を殴り飛ばす。
 遅れて気付いた彼は勢いよく後ろへ振り向く。

「て、てめぇ……いつの間に」
「悪役を気取りたいなら力をつけろ。力がないなら大人しくいい子にしておけ。でないと、痛い目を見るぞ」
「く、かかれてめぇら!」

 リーダーの掛け声で一斉に襲い掛かる。
 どれものろい動きだ。
 連携が取れているわけでもない。
 俺は軽く呼吸を整え、もっとも近い男から剣を奪い、そのまま斬り裂く。
 続けて隣の一人、さらに一人と順に斬り捨てる。

「ボロボロで手入れもできてない剣だが、まぁいいか」
「な、こ、殺したのか……」

 俺の足元には斬られた男たちが転がっている。
 甘い斬り方はしていない。
 倒れた者は一人として、ぴくりとも動かない。
 その光景に絶句するリーダーに、俺は呆れた顔で言う。

「何を驚いているんだ? お前はさっき言っただろう? 俺を殺せと……殺すつもりで挑んできたんだ。殺される覚悟くらいしておけ。それが戦いだ」
「ひ、ひぃ」
「逃げるなよ。一度でも殺意を向けたんだ。もう後戻りはできない」
「う、うう、うわああああああああああああああああああああああ」

 その後の戦い……いいや、これを戦いと呼ぶべきか怪しいところだ。
 あまりに一方的すぎた。
 弱い者いじめをしている気分で、正直こっちの気が滅入る。
 時間にして一分も経っていない。
 リーダーを除く全員が、地べたに這いつくばっている。
 俺は男に切っ先を向ける。

「終わりだ」
「な、なんなんだお前は……どういうことだよ! 今日は手薄になるんじゃなかったのか! 残ってるのも雑魚の新入りだけだって言ってたのに!」
「そう言って乗せられたんだろ。第一ただの囮役に全部教えるわけないだろ?」
「囮……役?」
「やっぱり気付いてなかった。お前たちはただの誘導だ。本来の目的は別にあって、それを遂行するために囮として騒動を起こさせた」

 これがネアの言っていた襲撃だとしたら雑過ぎる。
 俺の存在を知っておいて、この程度の戦力で何かできるとは思わない。
 つまりは陽動。
 俺や学園の人間をここに留めるための。

「そ、そんな……騙しやがったのか! あの仮面の野郎!」
「仮面の野郎、か。そいつがお前たちの依頼主か? どんな奴だ?」
「知るかよ! 一度しか会ってねぇし、顔もみたことねぇ! 変な仮面をつけてるやつだ!」
「まぁそうか。捨て石に有力な情報を与えるわけがないか」

 これ以上話しても引き出せる情報はなさそうだ。
 そう判断した俺は刃を男に近づける。

「ま、待ってくれ! オレは利用されただけなんだ!」
「だから?」
「み、見逃してくれねぇか? もう悪さはしない。あんたらにも関わらないから!」
「……はぁ」

 ここ一番の大きなため息をこぼす。

「周りを見ろ。仲間はもういない。一人だけ生き残るつもりか? お前がリーダーなんだろ」
「そ、それは……」
「勘違いするな。同情はする。だが、お前たちは他人の人生を理不尽に終わらせようとした。そんな奴らの言葉を、信じられるわけないだろ」
「待っ――が、あ……」

 一切の躊躇なく、俺は刃を振り下ろした。
 無慈悲と思うか?
 だがこれでいい。
 もし彼らを逃がしたら、いつかどこかで同じことを繰り返すかもしれない。
 そうなった時、誰かが理不尽に見舞われる。
 そんなことになるくらいなら、俺が恨まれるほうがずっといいだろ。

「さて……」

 こいつらは囮だった。
 じゃあ本命はどこだ?
 近くに騒動はない。
 魔力の気配が集まっているのは――

「王城か」
しおりを挟む

処理中です...