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17.気をつけて

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「だからな? 彼女の刻印が気になって見せてもらっていただけで、決してやましいことはしていないんだ」
「……本当だろうな?」
「信じてくれ。これが嘘をついているやつの目か?」

 じーっとリールを見つめる。
 真剣に。
 一度も目を逸らさず。

「目でわかるわけないだろ」

 それもそうだった。
 目をみて心が読めたら魔術なんていらないな。

「そこの黒い人、ホントに何もされてないの?」

 ネアはこくりと頷いて答える。

「ここに触られただけ」

 胸の刻印に触れる。
 電撃が走ったのは一瞬で、今は落ち着いている。

「これでわかっただろ? 俺は無実だ」
「……いや女の子の胸元に触るのだって駄目だよ」
「それは反省してます」

 やましい気持ちは一切なかったとは言え、軽率な行動だったのは確かだ。
 結果的に目的は果たせたから無駄ではなかったが。
 とにかくこれで誤解は解けた。
 説得にニ十分もかかってしまって、もう講義には間に合いそうにない。

「レインさん、この方がお知り合いなんですか?」
「ん? ああ、昨日会ったのが彼女だ」
「え!? じゃあこの人があれなの? レインに斬りかかったっていう」
「まぁそんな感じかな」

 嘘は言っていないぞ。
 攻撃されたのは事実だしな。
 
 リールはじーっとネアを見つめる。
 当の本人はキョトンとしていた。
 リールの顔からは、信じられないという感想がにじみ出ている。

「見た目によらず過激なんだな」

 お前が言うなと言いたいが、面倒なのでやめておこう。
 俺はごほんと一回咳ばらいをする。

「紹介するよ。彼女はネアだ。歳は……いくつ?」
「十五」
「だそうです」
「歳も知らなかったのかよ。本当に知り合いか?」
「ああ、知り合いだぞ」

 昨日会ったばかりだけどな。

「私はラナです。こっちは妹の」
「リール! 同い年だから仲良くしような!」
「……うん」

 ネアは無表情のまま二人の自己紹介を聞いていた。
 簡素な返事だが、彼女なりの精一杯の一言なのだろうと俺は思う。

「これで二人とも友達、だな」
「友達……二人も?」

 驚いて目を丸くするネア。
 答えを求めるように、彼女の視線は二人に向けられる。

「友達だな!」
「私たちでよければ」
「……うん、友達」

 驚きは嬉しそうな表情へと変わる。
 
「友達……三人もできたの、初めて」
「よかったな」
「うん」

 今の一言だけでも、彼女がどういう人生を送ってきたのか想像できてしまう。
 俺が知る相守の一族と同じなら、より鮮明にわかる。
 放っておけない。
 それから俺たちは、次の講義の時間まで時間を潰すことにした。
 木陰に腰をおろし、他愛のない会話で盛り上がる。

「そろそろ昼だな。ネアはどうする?」
「昼は行くところがある」
「そうか。じゃあまた後でな」
「午後の講義一緒だったらよろしくな!」
「またお話しましょうね、ネアさん」

 僅かな時間で打ち解けたラナとリールの温かな声を聞き、ネアの表情も柔らかくなる。
 本当はもう少し砕けた話ができればよかったんだけど、焦らず行こう。
 時間はいくらでもある。

 去り際、ネアは俺にぼそりと言う。

「もうすぐ大きな襲撃がある」
「襲撃? ネアの主人が企ててるのか。なんのために? 狙いは?」
「わからない。ネアには聞かされていない。たぶん、その日は参加もしない。だから……気を付けて」

 そう言い残し、彼女は一人で去っていく。
 今のはきっと彼女なりの善意だろう。
 友人に向けての忠告、有難く受け取るとしよう。

「襲撃……か」

 平和になっても、争いは消えない。
 無駄に血が流れるところを、俺は見たくない。
 どうすればこの世界から争いがなくせるのか。
 前世でも、今世でも、俺は死ぬまで悩み続けることになりそうだ。

  ◇◇◇

 学園に入学して十日ほどが経過した。
 ここでの生活にも幾分なれはじめ、新入生たちにも余裕が見え始める頃。

「今日は人が少ないな。何かあるのか?」
「聞いてなかったのかよ。今日は上級生がみんな外で演習するから、新入生だけなんだよ」
「ネアさんも今日はお休みするって昨日言っていましたね」
「そうだったのか。通りで……」

 学園の中がいつもより静かだ。
 
「先生も半分は同行しているそうですね。その関係で講義の科目も今日は限られているんです」
「そうか」

 生徒の三分の二、教員の半数が不在となる。
 残っている大半は入学したばかりで、ようやく新しい環境に慣れてきた初々しい若人たち。
 加えてネアが不在。
 このタイミング、まさに……。

「襲撃にピッタリだな」

 直後、爆発音が学園に響く。
 軽い振動が俺たちを襲う。

「な、なんだよ今の音!」
「庭のほうからでした」
  
 驚く二人。
 それより速く俺は駆け出す。

「レインさん!?」
「どこ行くんだよ!」
「二人ともついて来い! 今は俺と一緒のほうが安全だ」

 俺が向かう方角には煙が立ち昇っている。
 庭の木々が燃やされたのだろう。
 魔力の気配は複数。
 一番多く集まっている場所が庭なら、俺はそこへ向かうべきだ。

「ひゃーっはっは! 面のいい女は捕らえろ! それ以外は皆殺しだぁ!」
「……」
「ボス! なんかこっち見てますぜ」
「あん? なんだもう来たのか。大人より速くきやがって、命知らずな……おい、なんだその同情した見てぇな顔は」
 
 品のない男たちが二十人弱。
 服装はならず者。
 どこからどう見ても、自分たち盗賊ですって言わんばかりの雰囲気や言動。
 なんというか。
 すごく哀れに思った。
 今の時代でもいるんだな。
 こういう……。

「わかりやすいやられ役だな……」
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