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8.天稟

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 頭上に集まった雷雲が霧散していく。
 魔術によって生成された雲は、術式の解除と共に消える。
 ただし自然界にある物質や現状を用いた場合はその限りではない。
 あの雷雲はゼロから生み出されたものではなく、元々あった雲を操ったものだ。
 自然を利用することで消費魔力を抑えることは、魔術師なら誰でもやっている。
 俺がやったことは極めて基礎的な技術……のはず。
 少なくとも前世ではそうだった。

「まじか……天候を操った?」
「しかもあれだけの威力を正確に、被害も最小限に抑えている」
「あんなの……魔術師団長クラスだぞ」
「そ、それにいま術式を展開せずに攻撃してなかったか?」

 この反応。
 どうやら普通じゃなかったらしい。

「そうなのか……」

 千年以上経過して、魔術の常識が変わっているのか?
 そういえばさっきの筆記も、魔術に関する問題は薄い気がした。
 まさか前世の頃より衰退してる……なんてことが起きているのだろうか。
 だとしたら少々悲しいな。

「戻ってもいいですか?」
「あ、ああ」

 俺は盛大に注目されながら二人も元へ戻る。
 二人も周囲の例にもれず、驚きを表情に出していた。

「すごいですね、レインさん」
「ありがとう」
「魔術って天気も変えられるのか」
「変えたわけじゃない。ちょっと雲を集めただけだ」

 正直、少し期待していた部分がある。
 魔術にしろ剣術にしろ、千年も経過すれば進化しているだろうと。
 その進化を見るのが楽しみだったのに、期待外れだ。
 いいや、仕方がないことだろう。

「平和だもんなぁ」

 あの頃とは違う。
 毎日のように大勢の人が死に、雨も川も、水は全て血の色で染まる。
 弱い者は声を発することすらできない。
 そんな極限状態だったからこそ、生き残るために戦う術は進化していった。
 平和な現代では、力がなくとも生きていける。
 幸せになれる。
 本当に、いい時代になった。

「次、前へ」
「は、はい! 私です」

 ピンと手をあげて前に出たのはラナだった。
 彼女は俺が破壊した的の前に立つ。

「今から取り換えるからそこで少し待ちなさい」
「あの、できたらあのままでもいいですか? 私の得意な魔術は攻撃系じゃないので」
「ん? ああ、構わないが」
「ありがとうございます」

 彼女は深々とお辞儀をして、破壊された的へと歩み寄る。
 的は粉々で、当たりの地面も焦げている。
 彼女はそこに両手をかざし、大きく深呼吸をする。

「ホーリーライト」

 声に出し、かざした両手の前に淡い緑色の術式が展開される。
 円形に文字の描かれた術式は、特にスタンダードな方式で発動する。
 優しい光に包まれ、破壊された的や地面が回復していく。

「あれは……治癒魔術か」
「そうだよ。お姉ちゃんは治癒系の魔術が得意なんだ。治癒って使える人が限れてるし、凄いだろ?」
「……いや、凄いのはそこじゃない」
「え?」

 彼女が発動させたのは確かに治癒の術式だ。
 中でも簡単な部類に入る。
 しかし、あの術式の対象になるのは生物だけだ。
 ホーリーライトに無機物を修復する効果はない。
 別の魔術、時間回帰かと思ったが、どう見ても今のはただの治癒術式だった。
 驚くべきことだ。
 彼女の魔術は、術式がもつ本来の性能を越えている。

 戻ってきた彼女に俺は言う。

「すごいな、ラナ」
「え? ありがとうございます。でも私よりレインさんのほうが」
「いいや、君のほうがすごいよ」

 天稟……生まれ持った才能は、もしかすると俺以上かもしれないぞ。
 磨けば確実に光る原石だ。

「そうか。いるんだな……現代でも」

 特別な存在はいる。
 退屈な時代になったと思うには、早計だったかもしれない。
 
  ◇◇◇

 続けて俺たちは他の検査を受けた。
 身体測定やもろもろ。
 魔力測定は盛大に抑えた。
 さっきの一件で学習したが、前世の常識と現代の常識には大きな乖離がある。
 目立つ=モテるじゃない以上、悪目立ちは禁物だ。

 最後に周ってきたのは剣術専攻の試験場。
 どうして俺とラナも一緒かというと、リールの付き添いみたいなものだった。
 彼女が魔術専攻の試験を一緒に見ていたのも同様の理由だ。

「じゃあ行ってくるね、お姉ちゃん」
「うん」
「頑張れよ」
「……」

 無視された。
 まぁいい。
 お手並み拝見といこうか。

 剣術の試験は対人。
 ランダムに決められた相手と木剣で一分間戦う。
 あくまで模擬戦、アピールの場。
 必要以上に相手を痛めつけたりは禁止され、相手が降参した場合は一分を待たずに終了とする。
 リールの相手は、彼女の一回りは背丈のある男だった。
 男がもつと木剣がナイフに見えるのに対して、リールがもつと長剣に見える。

「なんだ。俺の相手はこんなガキか。怪我しても知らないぞ」
「それはこっちのセリフだから。おじさんは気にしないでいいよ」
「っ、生意気なガキだ」

 そこは同感だ。
 ただ、あまり彼女を舐めないほうがいいぞ。

「はじめ!」

 試験官の合図で模擬戦がスタートする。
 開始早々、男は両腕で木剣を握り、高々と上段に振りかぶる。
 身体の大きさはそのまま強さに直結する。
 どれだけ技術を磨いても、対格差があり過ぎて戦いにならない場合もある。
 力任せで乱暴な振り方だ。
 それでも彼女より大きく腕や足も長い分、速く間合いに入る。

「おらぁ!」

 剛力。
 重たい一撃が地面を砕く。
 が、彼女には当たっていない。
 瞬間、攻撃の直後に男は彼女を見失った。

「な、どこに――」
「こっちだよ」

 男は見上げる。
 攻撃を跳び回避していた彼女は男の頭上にいる。
 軽々とした身のこなしと、空中でのバランス感覚。
 華麗に宙を舞い、身体を捻って木剣を横になぐ。

「ぐへっ!」
「っと」

 男の顔面を叩き、そのままちょこんと着地した。
 頭を打たれた男は意識を失い、どさんと地面に倒れ込む。
 小さな身体に秘められた力。
 自由自在に身体を動かすセンス。
 彼女もまた、天賦の才をもつ者の一人だった。

「だから言ったじゃん。怪我するのはそっちだって」

 勝ち誇った顔を見せるリール。
 子供らしく、生意気に。
 これも何かのめぐり合わせ、運命なのだろうか。
 異なる才を秘めた二人と出会ったのは。

「面白い縁だな」

 俺はかつて、運命に導かれ出会った仲間たちを思い返す。
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