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教会を飛び出し、私はシオンに案内されて王都の街を歩く。
貧困に苦しみながら働く人々の姿に、心がざわつく。
同じ王都でも、スパーク王国とは大違いだ。
皆が必死に生きているのが伝わってくる。
「聖女様だ!」
「聖女様がいらっしゃったぞ!」
馬車から積み荷を運んでいた男性たちが、私の存在に気づいて声を上げた。
仕事に集中していた人たちが、彼の声を聞いて視線をこちらに向ける。
「おはようございます、皆様」
「聖女様?」
「どうして聖女様がこんなところに……?」
疑問を浮かべ、声に出す人々。
私はニコリと優しく微笑み、その問いに答える。
「もっと皆様のことを知りたいと思いました。生活に触れ、思いに触れ、皆様のお役に立ちたいのです」
「おお……なんと慈悲深い……」
「聖女様がわざわざ私たちの元に来てくださるなんて」
「かえって申し訳ない気分です」
「いいえ、遠慮なんてなされないでください。私はもう、この国の一員なのですから」
やはり彼ら彼女らは遠慮していたようだ。
ならば私のほうから歩み寄る。
積み荷を運んでいる男性は、右腕に包帯を巻いていた。
僅かに血がにじんでいる。
怪我をしていたのだろう。
よく見ると、男性の呼吸が荒い。
ただの疲労だけではなく、ほんのり顔が赤く見えることから、体温が上昇しているのだと予想する。
この国では医者はおらず、薬も満足に手に入らない。
傷が悪化したり、傷口から黴菌が入って病気になっても、大した治療は受けられない。
そうして大切な命を消費してしまう。
「主よ、か弱き我らに癒しの加護をお与えください」
そうならないように、私はいる。
誰も死なせない。
私がいる限り、不幸な死に泣いたり、諦めたりはさせない。
「どうですか?」
「ああ……痛みが……身体も軽く。あ、ありがとうございます!」
「体調が優れない時は休んでください。一番大切なのは、あなた自身のお身体です」
「……ありがとうございます。ですが、私が働かないと家族が……」
男性は申し訳なさそうに視線を逸らした。
無理をしてでも働かなければ、大切な家族を養えない。
彼だけではないのだろう。
きっとこの国で生きる多くの人たちが、命を削って働き、汗を流している。
「それでも頑張らなければならないなら、私のことを頼ってください」
「聖女様……」
「私も、皆様の助けとなりたいのです。私にできることは限られています。皆様の抱える悩みをすべて解決できるわけではありません」
聖女の力にも、奇跡にも限度はある。
失われた命が戻らないように、奇跡が起こらない時だってある。
もしも私に、誰もが幸福な世界を作る力があったなら、きっと今頃ここにはいなかっただろう。
私は知っている。
自分の力が、万能ではないことを。
貧困に苦しみながら働く人々の姿に、心がざわつく。
同じ王都でも、スパーク王国とは大違いだ。
皆が必死に生きているのが伝わってくる。
「聖女様だ!」
「聖女様がいらっしゃったぞ!」
馬車から積み荷を運んでいた男性たちが、私の存在に気づいて声を上げた。
仕事に集中していた人たちが、彼の声を聞いて視線をこちらに向ける。
「おはようございます、皆様」
「聖女様?」
「どうして聖女様がこんなところに……?」
疑問を浮かべ、声に出す人々。
私はニコリと優しく微笑み、その問いに答える。
「もっと皆様のことを知りたいと思いました。生活に触れ、思いに触れ、皆様のお役に立ちたいのです」
「おお……なんと慈悲深い……」
「聖女様がわざわざ私たちの元に来てくださるなんて」
「かえって申し訳ない気分です」
「いいえ、遠慮なんてなされないでください。私はもう、この国の一員なのですから」
やはり彼ら彼女らは遠慮していたようだ。
ならば私のほうから歩み寄る。
積み荷を運んでいる男性は、右腕に包帯を巻いていた。
僅かに血がにじんでいる。
怪我をしていたのだろう。
よく見ると、男性の呼吸が荒い。
ただの疲労だけではなく、ほんのり顔が赤く見えることから、体温が上昇しているのだと予想する。
この国では医者はおらず、薬も満足に手に入らない。
傷が悪化したり、傷口から黴菌が入って病気になっても、大した治療は受けられない。
そうして大切な命を消費してしまう。
「主よ、か弱き我らに癒しの加護をお与えください」
そうならないように、私はいる。
誰も死なせない。
私がいる限り、不幸な死に泣いたり、諦めたりはさせない。
「どうですか?」
「ああ……痛みが……身体も軽く。あ、ありがとうございます!」
「体調が優れない時は休んでください。一番大切なのは、あなた自身のお身体です」
「……ありがとうございます。ですが、私が働かないと家族が……」
男性は申し訳なさそうに視線を逸らした。
無理をしてでも働かなければ、大切な家族を養えない。
彼だけではないのだろう。
きっとこの国で生きる多くの人たちが、命を削って働き、汗を流している。
「それでも頑張らなければならないなら、私のことを頼ってください」
「聖女様……」
「私も、皆様の助けとなりたいのです。私にできることは限られています。皆様の抱える悩みをすべて解決できるわけではありません」
聖女の力にも、奇跡にも限度はある。
失われた命が戻らないように、奇跡が起こらない時だってある。
もしも私に、誰もが幸福な世界を作る力があったなら、きっと今頃ここにはいなかっただろう。
私は知っている。
自分の力が、万能ではないことを。
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