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 国王陛下の肉体は、数々の病によって蝕まれてきた。
 削られた寿命まで、聖女の力で戻ることはない。
 国王陛下は気づいているのだろう。
 病が治ろうとも、自身の命に与えられた時間は、そう長くはないことに。

「自分の身体は、私が一番よくわかっている」
「父上……」
「そんな顔をするな。何もすぐ終わりを迎えるわけじゃない。十年後は無理だろうが、数年……そうだな。その半分は頑張りたい」
「……」

 私には、他人の命の時間を見る力はない。
 そんなことができる人間は、この世にはいないだろう。
 きっと神様だけだ。
 運命を、終わりを知っているのは。
 だから、国王陛下の言葉は単なる予測でしかない。
 けれど彼は命の終わりに近づいた。
 私がいなければ、もしかすると冬を越すこともできなかったかもしれない。
 そんな状態に、数分前まで陥っていた彼だからこそ、その見立ては大きく外れてはいない……と、私は考える。
 実際、肉体はかなり老いている。
 五十代の寿命ではないことは確実だ。

「これから健康に努めても、残念ながら昔のようには動けない。そんな私よりも、私が不在だった数年間を支えたお前こそ、皆が求めている国王だ」
「それは……」
「私だけではない。ジン、シオン、お前たちもそう思うだろう?」

 陛下は私の隣に立つ二人に問いかける。
 ビクッと身体を震わせ反応した二人は、真剣な表情で応える。

「はい」
「私たちも、アクト様は国王に相応しいお方だと思っております」
「ジン……シオン」
「お前にはもう、支えてくれる者たちもいるのだ。胸を張りなさい。アクトール・スローレン第二十八代国王よ」

 国王陛下は殿下の胸に手を当てて、力強くそう宣言した。
 陛下の想いが伝わったのか、殿下はその手を握り、覚悟を決めたように顔を上げる。

「――はい。謹んでお受けいたします。父上!」
「うむ。この国を頼んだぞ、アクト。お前ならきっと、私よりも立派な国王になれるはずだ」

 私は今、歴史的瞬間に立ち会ったらしい。
 ここに第二十七代国王は退位し、新たに第一王子アクトール・スローレンが国王となる。
 新しい歴史が、始まる。

「聖女イリアス様、どうかあなたも、アクトを支えてあげてほしい。私よりも頼りになる立派な国王だ」
「はい。私も、この国の聖女として、陛下を支えます」
「イリアス……ありがとう。頼もしいよ」

 こちらこそだ。
 私をこの国に誘った王子様は、こうして国王陛下となった。
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