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「こんなに老けてはいなかったよ」
「殿下……」

 私の内心を感じ取り、殿下はやせ細った陛下の手に触れながら続ける。

「寝たきりが増えたのは三年ほど前からだ。あの頃はまだ普通に歩けていたんだが、徐々に手足が細くなって、起き上がることすら困難になった。今はこうして、一日中眠っていることが多い」
「見に来てくれる医者が言うには、病のせいで一気に老化が進んでいるらしい」

 ジンさんが補足してくれた。
 複数の病と闘っている身体は、今も緩やかに死へ向かっている。 
 それが一目でわかるほど、国王陛下は衰弱していた。
 弱々しい呼吸音は、今にも止まってしまいそうだ。

「……アクト……か?」
「――! 父上! お目覚めになられたのですね」

 私たちが話していると、その声に反応したのか陛下が目を覚ました。
 虚ろな瞳で殿下を見て、その視線を私に向ける。
 殿下が視線の動きに気づく。

「父上、彼女はイリアス。隣国の聖女です」
「聖女……? なぜ聖女が我が国に……」
「実は――」
「待ってください。ご挨拶もかねて、私からお話をさせていただけませんか?」
「イリアス?」

 殿下の話を遮るのは失礼だっただろう。
 けれど、国王陛下との初対面だ。
 これからお世話になるのだから、自己紹介くらいは自分の口から、ハッキリと伝えたかった。
 殿下はその意思を汲み取ってくれた。

「わかった」
「ありがとうございます」

 私は国王陛下に頭をさげる。

「初めまして、国王陛下。私はイリアス。スパーク王国で聖女をしておりました。そしてこれからは、この国の聖女となります」
「……我が国の……聖女に? 一体、どうして……」
「そのお話はゆっくり落ち着いてからいたしましょう。まずは、お身体を蝕む悪しきものを払います。皆様、どうか私と一緒に祈ってください」
「ああ」
「任せてくれ」
「かしこまりました」

 祈りが神様に通じると、奇跡は起こる。
 起こる奇跡の大きさは、祈りの強さと真摯さによって変化する。
 私一人の祈りでは叶えられない願いもある。
 大事なのは、私が祈ることよりも、同じように祈る誰かの存在だ。
 彼らの祈りが、私の祈りと重なって、神様まで届けられる。
 伝えよう。
 これは、私一人の願いではない。

 彼らが、皆が願うことだと。

「主よ、我らの声をお聞き下さい」

 胸の前で手を組み、祈りを捧げる。
 皆の祈りを合わせて、私の祈りが神様の耳に届く。
 淡い光の発生が、奇跡の前触れ。
 光は国王陛下を包み込む。
 国王陛下の身体から、黒いモヤのような瘴気が溢れ出し、光によって浄化される。
 黒いモヤは病が可視化された現象である。
 国王陛下を蝕んでいた複数の病は、奇跡によって治癒された。

 祈りが終わり、殿下が私に視線を向ける。

「イリアス?」
「これでもう、国王陛下の身体を蝕む病は完治しました」
「――! 父上、身体はいかがですか?」
「……ああ、身体が軽くなった。さっきまで呼吸も苦しかったのに、今は心地いい」

 国王陛下はベッドの上で、大きく深呼吸をした。
 それは大きく、力強い命の鼓動だった。

「――父上……」

 殿下の瞳から、涙が零れ落ちる。
 国王陛下は手を伸ばし、涙する殿下の頭を軽く撫でる。

「心配をかけて、すまなかったな……アクト」
「……よかった……本当に……」

 その様子をジンさんとシオンも優しく見守っていた。
 二人の瞳も、涙で潤んでいるのがわかる。
 皆が祈った。
 心から、国王陛下の回復を。
 だからこそ、奇跡は起こったのだ。

「イリアス」

 殿下は涙をぬぐって、私に言う。

「ありがとう。心からの感謝を、君に」
「私はただ手助けをしただけです。私一人の願いじゃない……皆さんの願いが起こした奇跡ですよ」
「――君は本当に、聖女だな」

 そう言って彼は笑う。
 当たり前のことを言われているだけなのに、なぜか心にグッとくるのは……。
 どうしてだろう?
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