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「誰だ?」
「俺だ。殿下」
「ああ、ちょうどいい。入ってくれ」
「失礼する」

 聞こえてきたのは男性の声だった。
 淡々と扉越しにやり取りをして、扉が開かれる。
 現れたのは高身長で細身の男性で、腰には剣を携えている。
 服装からして貴族だろうか?
 少し騎士っぽい服装で、雰囲気も感じるけど……。

「ここにいたんだな、殿下。見張りから誰か客人をつれて……」

 彼は私と目を合わせ、固まった。
 殿下は私を紹介する。

「いいところに来たな。彼女は――」
「スパーク王国の聖女、イリアス・ノーマン?」

 殿下が紹介するより先に、男性から私の名前が聞こえてきた。
 さすが隣国。
 私の顔や名前は知られているらしい。
 彼は目を丸くして、口をポカーンと開けて驚愕している。

「ど、どういうことだ殿下! なんで隣国の聖女様がこんなところにいる?」
「あー、それには事情があってな」
「まさかと思うが攫ってきたんじゃないだろうな! 無茶がすぎるぞアクト!」
「そんなわけないだろ! ちょっと落ち着け、ジン」
「落ち着けるわけないだろ? 聖女を攫うなんて国際問題……下手したら潰されるぞ!」
「だから違うって言ってるだろう! 話を聞け!」

 あっという間に言い合いが始まった。
 私は唖然とする。
 王子と家臣……?
 まるで気の知れた友人同士の距離感で、二人はごちゃごちゃと言い合っている。
 彼は殿下のことをアクトと愛称で呼び捨てにしていたし、一体どういう関係なのだろう。

「イリアス! 君からも何か言ってくれないか?」

 殿下からのSOSが聞こえる。
 疑問はあるけど、今はそれどころじゃなさそうだ。
 私はジンさんに微笑みかける。

「落ち着いてください。私はもう、スパーク王国の聖女ではありません」
「え? そう……なのか?」
「はい。これからはスローレン王国の聖女となります。どうかよろしくお願いします」
「あ、え? うちの聖女に?」

 彼の頭の上に疑問符が浮かんでいるのが見えるようだ。
 私から話をしたことで多少落ち着いてくれたらしく、殿下はため息をこぼして彼に説明した。
 なぜ私がここにいるのか。
 少し前まで話していた内容を、噛み砕いて。
 
「な、なるほど……そんなことがあったのか? 本当に?」
「ああ、俺も驚いたよ。スパーク王国が、そこまで腐っているとは思わなかった」
「お、おい、あまり他国の悪口は……いや、実際その通りか。本物の聖女を追放して、偽者で国民を騙すなんてありえない」
「ああ、いずれかならず天罰が下るだろうな」

 二人の会話を聞きながら、私も同じことを思った。
 天罰……。
 彼らが欺いたのは人々だけではない。
 聖女の名を、力を騙るということは……神様への裏切り行為に他ならない。
 
 主よ、見ていますか?
 もしも天罰が下った時、私はどうすればいいのでしょう。

「聖女イリアス様、取り乱してすまなかった。俺はジン・クロード。アクト殿下の護衛兼、補佐をしている騎士だ」
「初めまして、ジン様。私のことはイリアスとお呼びください」
「俺に様はいらないよ。ならイリアス、俺のこともジンと呼び捨てにしてくれ。かしこまられるのは苦手なんだ。話し方も敬語でなくてかまわないよ」
「いえ、私は普段からこうですので」
「そうか。さすがだな」
「ジンは昔から敬語が苦手だからな」

 昔から……。
 私は二人の距離の近さが気になって、質問することにした。

「お二人は仲がよろしいですね。とても主と家臣の関係には見えません」
「ああ、俺たちはいわゆる幼馴染なんだ」

 と、殿下が答えてくれた。
 幼馴染……。
 続けてジンさんが話す。

「小さい頃から一緒にいる。その癖で時々、アクトが王子だってことを忘れそうになるよ」
「お互い様だ。というか、今さら畏まられても気持ち悪いだけだぞ」
「気持ち悪いは言い過ぎだろ! 俺だって他人がいる前では気をつけているんだからな?」
「ははっ、知ってるよ。ぎこちないがな」

 二人は楽しそうに話す。
 本当に、ただの友人のように。
 私は微笑む。

「素敵な関係ですね」
「そうか? ありがとう」
「なんか照れるな。聖女にそう言って貰えるって」

 殿下は笑い、ジンさんは恥ずかしそうに自分の鼻を触る。
 素直に羨ましいと思った。
 立場を気にせず、素の自分を見せられる相手がいることが……。
 前世はともかく、今世の私は……少なくとも聖女になってからは、そういう相手ができない環境にいたから。
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