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5.後悔はさせない

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「信じられないか? でも本当だぞ? こんな嘘、今の状況でつけるか」
「そ、そうだけど……何でラル君はここにいるの?」
「本当に質問が多いな」
「だ、だっておかしいよ! 隣の国王子様が一人で、他国の森の中にいるなんて!」

 ここはまだレムナント王国の領土ではない。
 他国の土地に勝手に入り込むことなんて普通はありえない。
 バレたら国際問題に発展しかねないからだ。
 それを彼は、五年前からずっと頻繁に繰り返していたことになるわけで……

「あー……その辺は話すと長くなるんだが、確か最初に会ったのは五年前だよな?」
「え? う、うん、私が森で迷ってたら声をかけてくれて」
「そうそう。一人で同じところをグルグル回ってたっけ? あれは見てて面白かったな」
「うっ、あ、あの時はまだ慣れてなくて」

 森に入るようになってから数日だった。
 それなのに奥まで入ってしまうから、帰り道がわからなくなっていたんだ。
 ラル君はそんな私の前に現れ、親切にいろいろと教えてくれた。

「あの時はさ……俺、王子を辞めたいって思ってたんだ」
「辞めたい? どうして?」
「……重圧、期待、そういうものに押しつぶされて窮屈だった。もっと好きに生活したいって、ただそれだけの理由だ。今から思うと子供の理由だよ。でも簡単には辞められなくて、仕方がないから鳥たちの力を借りていろんな場所を見てたんだ」
「あ、それで私を見つけて」

 ラル君はこくりと頷く。
 あの日も最初から森にいたわけじゃなかったんだ。

「初めて見た時は目を疑ったよ。女の子が一人で森を彷徨ってたんだから。それで心配になって、こっそり王城を抜け出してきたのが最初」
「そうだったんだ」
「ああ、そこも偶然だった。偶然会えて、話す様になって君のことを色々と知った。家での境遇から何をしたくて森に来たのかも」

 彼はあの頃を思い返しながら話しているのだろうか。
 何だか懐かしんでいるように見える。
 私も懐かしい。
 あの頃から気兼ねなく話せる友人はラル君しかいなくて、素材を取りに森へ入ることが楽しみで仕方がなかった。

「あの頃から君は頑張り屋だった。意外と負けず嫌いで、頑固な所もあった」
「そ、そうかな?」
「ああ、ちなみに褒めてるからな? 俺は凄いと思ったんだ。劣悪な環境にもめげず努力して、いつも前を向いている君を。だから俺も頑張ってみようと思ったんだ」

 ラル君は穏やかな表情で続ける。

「与えられた物に不平不満を抱いて、投げやりになってる自分がなさけなかった。近くに頑張っている君がいて、それをずっと見てきたから、俺だって頑張ろう、窮屈なら自分でどうにかしてみようって、君がいたから思えたんだ」
「ラル……君?」

 彼はまっすぐ私を見つめる。
 そして嘘偽りない言葉で、私に思いを伝える。

「俺は君の努力を知っている。君が凄い人だってことを知っている。そんな君だから助けたいと思ってここに来た。君と出会たお陰で、俺は今の俺になれた。君は俺にとって恩人であり目標なんだ」
「目標? 私が……?」

 ラル君は頷く。
 
「そんな君だから、来てほしいと思うよ。俺の国に、君の力を貸してくれ」

 そう言って彼は手を差し伸べる。
 優しい表情で、優しそうな手のひらを見せる。
 彼の言葉に嘘はない。
 それがわかってしまうほど、まっすぐな思いを感じ取れる。
 私のことを見ている。
 ずっと、認めてくれる人なんていないと思っていた。
 違ったんだ。
 ちゃんとここに、私のことを認めてくれる人はいてくれた。

「俺の国へ来てくれ、アイリス。必ず、後悔なんてさせないから」
「……うん」

 だから私は、彼の手を取った。
 後悔はしないと、自分でも思う。
 彼の元なら、彼の国でなら、新しい生活を楽しめる気がした。

  ◇◇◇

 アイリスに死罪判決が下された直後。
 なぞの発光によってアイリスを除く全員が視界を奪われた。
 視界が回復した時には、アイリスの姿はない。
 慌てた男たちが一斉に動き出す。

「罪人が逃げたぞ! 探せ!」
「父上、僕も捜索に加わります」
「うむ、頼んだぞ」

 カイン王子も探索に加わる言いだし、騎士たちと共に王座の間を出る。
 その後、彼は騎士たちとは別行動をとり、一人彼女が使っていた研究室に足を運んだ。
 当然ながらアイリスの姿はない。
 だが、彼は別に彼女を探しにきたわけではなかった。

「まさか逃げるとは思わなかったね。でもまぁ、放置しても問題はないか。あの性格で真実を話すことはないだろう。それに……話す相手もいないだろうしね」

 カイン王子の懸念は、自身が陥れたことに彼女が気付いていること。
 しかし彼女に友人はなく、頼りの行く当てもない。
 放っておいても野垂れ死ぬだけだと判断した。

「最後まで利用される女だったな。この研究資料はありがたく活用させてもらおう」

 彼はアイリスが優れた錬金術師であることを知っていた。
 だからこそ付け込み、取り入り、利用した。
 ほしいのは彼女ではなく、彼女が作り出した数々の錬金物、その製造方法だ。
 それさえ手に入れば彼女はいらない。
 目的はすでに果たされ、カイン王子は満足していた。

 だが、彼は知らない。
 彼女の才能が、彼の考える以上に大きかったことを。
 真の天才を失ったことが、国にとってどれほどの存在になるのかを。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

新作を投稿しました!

『芋くさ聖女は捨てられた先で冷徹公爵に拾われました』

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みんなの感想(1件)

ちくわ
2021.10.18 ちくわ
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