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2.殿下のお願い

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 最初の歯車のずれは、殿下からのお願いだった。
 ある日、殿下は私に内緒のお願い事があるともちかけてきた。
 
「すまないねアイリス、君にしか出来ないことを頼みたいんだ」

 私にしか出来ない。
 そんなことを言われたら、私は浮かれてしまう。
 現に浮かれて、私は内容を聞く前に……

「お任せください殿下! 殿下のためであれば、私は何でも作ってみせます」

 そう、軽々に答えてしまったんだ。 
 殿下は笑顔を見せた。
 私も嬉しくて、笑顔になっていた。
 けれど、殿下から手渡された依頼書の内容を見て、私の笑顔には陰りが生まれた。

「ぇ、え、で、殿下……これは……」
「ああ、見ての通り毒物だよ。強力で新しい毒物を、君に作ってほしいんだ」
「ど、どうしてこんな物を?」
「必要なんだよ。ただ公には出来ないから、君に頼みたいと思ってね?」

 殿下は未だに笑顔を崩さない。
 私は初めて、その笑顔を怖いと思った。
 依頼書に記されていたのは、大型の動物すら簡単に殺せる毒物の生成依頼。
 材料の候補としてあがっているのも、有名な毒をもつ植物ばかりだ。
 こんなものが必要になる場所が思いつかない。
 いや、思いつくとすれば一つだけ。
 誰かを殺すときだけだ。

「で、殿下……」
「じゃあよろしく頼むよ。君には期待しているから」

 そう言い残し、殿下は研究所を去っていった。
 私はしばらく立ち尽くしたまま、手渡された依頼書を見つめていた。
 内容的には全く問題なく作れる。
 私じゃなくても、他の錬金術師だって作れるはずだ。
 それなのに殿下は、私にしか頼めないとおっしゃられた。
 必要とされているし、期待もされている。
 それはきっと間違いじゃない。
 だから私は、疑問を感じながらも毒物の作成を始めてしまった。
 後になって思えば、これこそ終わりの始まりだったのだろう。
 作る前に断ってしまっていれば、何も起こらなかったはずだから。

 私は毒物の作成を始めた。
 特に問題なく作業は進み、あっとう言う間に理論は確立される。
 あとは材料を揃え、錬金してしまえば終わる。
 その時に改めて考えた。
 これは本当に、殿下にとって必要な物なのかと。
 果たして必要だったとして、それは良いことなのだろうか?
 考えに考え、悩みに悩み。
 その末で――

「申し訳ありません殿下、やはりこの依頼はなかったことにさせて頂きたいです」

 私は陛下に頭を下げ謝罪した。

「どうしてだい? 君にも作れなかったのかな?」
「いえ、そういうわけではありません。ですがこの毒物は危険です。殿下にとっても、周囲の方々にとっても。私には殿下のお考えがわかりませんが、これは世に出してはいけない物です」

 内容も聞かずに受けてしまった私の落ち度だ。
 罵られても仕方がない。
 それでも私は、殿下に危ない毒物を手渡したくなかった。
 例えそれで、殿下から見捨てられてしまうとしても。

「……そうか。なら仕方がないな。君がそういうなら諦めよう」
「殿下……」

 覚悟の上での謝罪だったけど、殿下はあっさりとした笑顔でそうおっしゃられた。
 怒っている様子はなく、むしろ吹っ切れたような清々しさを感じる表情だった。

「無理に頼んでしまってすまないね。このことは忘れてほしい」
「は、はい!」

 さすが殿下はお優しい方だ。
 ちゃんと話せばわかってくださるし、怒ったりもしない。
 素晴らしい方だと再認識した。
 今のでわかってくださったのだと疑わなかった。

 その結果が――
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