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15.ご主人様とメイド
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ブラム・ストローク。
彼は五大貴族の一つ、ストローク家の嫡男として生を受けた。
当時の彼を一言で表すなら、『好奇心旺盛』というのが当てはまるだろう。
次期皇帝候補として様々な教育を受けた彼は、その中で世界の歴史について知った。
そしていつしか、古代の遺跡に興味を持つようになっていた。
「世界中には数々の遺跡が残されている。そのほとんどが未調査だったり、不明な点が多い。俺は世界がどうして誕生したのかが知りたくて、遺跡を調べればそれがわかるんじゃないかと思っていたんだ」
「世界の誕生……なんでそんなことを知りたくなったの?」
「さてね。きっかけはあったと思うけど、今じゃ思い出せない。たぶん些細なことだったんだろう。そして当時の俺はまだ普通の人間だった」
五大貴族の一人である彼は、生まれながらにして天才的な魔術センスを持っていた。
それ以外にも学術面や政治と、次期皇帝候補に相応しい才能を有していた。
次期皇帝にもっともふさわしい存在とまで称されたこともあったそうだ。
しかし、そんな彼の運命がひっくり返る事件が起こる。
彼が五歳ころ。
趣味の遺跡探索に訪れていた。
まだ幼い子供でありながら、考え方や行動の幅は大人とそん色ない。
これも全て教育のたまものであり、彼が才能にあふれていた証拠でもあった。
そんな彼を周囲は信頼し、彼の行動に間違いはないと信じていた。
「その遺跡は発見されたばかりで未調査だった。それを貴族の特権利用して、先に調査させてもらったんだよ」
「無茶苦茶やってたんだな……」
「子供だったからね」
その日の彼はワクワクしていたという。
新しい発見、未知の遺物に出会える期待で胸が一杯だった。
そして遺跡の最深部には、見たことのない赤い結晶が飾られていた。
最初に言った通り、当時の彼は好奇心旺盛だった。
未知の物への危険性は理解しつつも、好奇心のほうが勝ってしまった。
その時点で彼も子供だということがわかる。
「俺はそれに触れてしまった。途端、世界が真っ赤に染まったよ」
その結晶が神祖の血であったことを彼は理解した。
触れた結晶が溶けて、彼の体内に入ってきたことで、肉体が変質していく。
結果、彼は神祖になった。
「率直な感想を言えば、訳が分からなかった。突然のこと過ぎて理解が追いつかなかったよ。それでも神祖になってしまった」
遺跡で起こったことは、彼の両親にすぐ伝えられた。
医者や魔術師に見てもらった結果、すでに人間の肉体ではなくなっている。
という結論だけが残った。
両親は悲嘆にくれた。
次期皇帝候補が人間ではなくなったなどあってはならない。
人間に戻る方法を、血眼になって探し回った。
しかし残念ながら、調べれば調べる程、人間には戻れないという結論が色濃くなっていった。
そして――
「俺はついに両親にも見放された。一応まだ皇帝候補でいるけど、それは表向きだけだ。実際に皇帝候補として出るのは俺ではなく、弟のレイルだ」
「弟もいたんだ」
「ああ。まぁそこは大して重要じゃないけどね。というわけで俺は一人になった。この屋敷を与えられ、誰の目にも触れないようひっそりと暮らしている」
神祖であることが露見すれば、ストローク家の信用問題に発展する。
知っているのは血縁者とごく一部の従者のみ。
だから使用人もいないし、家の者は誰もここへは近寄らない。
「一人になってから……どうしたんだ?」
「どうにしないさ。人間に戻る方法を探したけど見つからない。どうすれば死ねるのか、なんてことも考えて、太陽に焼かれたけど……痛くて苦しいだけで死ねなかった」
試したことがある。
あのとき言っていた意味を理解する。
神祖となった彼の肉体は不老不死になった。
成長しているように見えるのは見た目だけで、実際は老いていない。
彼は永遠に生き続ける。
この先もずっと……一人で。
「本当に……戻れないのか?」
「どうだろうね。あれから調べ続けているけど、何も進展していないよ。ただ……」
ブラムは天井を見上がる。
「諦めようとしても、諦めきれないこともある。いつの日か、普通の人間に戻って……普通に死にたい」
「……」
そうか。
彼が私を助けてくれた理由がわかったような気がする。
ずっと一人だった自分と、私を重ねて見ていたのだろうか。
「しょーがないな」
「ん?」
「手伝ってやるよ。人間に戻る方法を探すの」
「ルビー……」
「何だよ。どうせ昼間は外に出られないんだからそっちの方がいいだろ? それに一応……私はメイドだからな」
まだ素直に言うのは難しい。
これが今の私に言える精一杯。
「……そうだな。ありがとう」
「べ、別に」
ブラムは微笑む。
「ところで」
「ん?」
「せっかくお風呂に入ってるんだし、もう少し近寄ってきたらどうだい?
「なっ……う、うるさい!」
あーもう。
台無しだよ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝。
私はいつものように支度をして、寝坊助の彼を起こしに行く。
毎日やっていると、これが当たり前になっていた。
面倒だけど、嫌いな時間じゃないのが悔しい。
「おい、そろそろ起きろ」
「うー……」
「だらしないな~ ほら起きろって!」
布団を取り上げるのも慣れたもの。
「ひどいことするな~ 仮にも主人に対して」
「だったらもっとシャキッとしてくれ。着替えは用意してあるから、朝食が冷める前にきてきてくれよ。ご主人様」
「はいはい……ん? 今なんて?」
「な、何だよ。早く着替えろって」
「……そうだね」
ブラムは嬉しそうにほほ笑んでいた。
私は彼に顔を見られないよう背を向ける。
やっぱりまだ『ご主人様』と呼ぶのは恥ずかしい。
だけど……嫌じゃない。
私はもう暗殺者じゃない。
この屋敷のメイドで、ターゲットだった彼は今……私のご主人様なんだから。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
続くかも?
彼は五大貴族の一つ、ストローク家の嫡男として生を受けた。
当時の彼を一言で表すなら、『好奇心旺盛』というのが当てはまるだろう。
次期皇帝候補として様々な教育を受けた彼は、その中で世界の歴史について知った。
そしていつしか、古代の遺跡に興味を持つようになっていた。
「世界中には数々の遺跡が残されている。そのほとんどが未調査だったり、不明な点が多い。俺は世界がどうして誕生したのかが知りたくて、遺跡を調べればそれがわかるんじゃないかと思っていたんだ」
「世界の誕生……なんでそんなことを知りたくなったの?」
「さてね。きっかけはあったと思うけど、今じゃ思い出せない。たぶん些細なことだったんだろう。そして当時の俺はまだ普通の人間だった」
五大貴族の一人である彼は、生まれながらにして天才的な魔術センスを持っていた。
それ以外にも学術面や政治と、次期皇帝候補に相応しい才能を有していた。
次期皇帝にもっともふさわしい存在とまで称されたこともあったそうだ。
しかし、そんな彼の運命がひっくり返る事件が起こる。
彼が五歳ころ。
趣味の遺跡探索に訪れていた。
まだ幼い子供でありながら、考え方や行動の幅は大人とそん色ない。
これも全て教育のたまものであり、彼が才能にあふれていた証拠でもあった。
そんな彼を周囲は信頼し、彼の行動に間違いはないと信じていた。
「その遺跡は発見されたばかりで未調査だった。それを貴族の特権利用して、先に調査させてもらったんだよ」
「無茶苦茶やってたんだな……」
「子供だったからね」
その日の彼はワクワクしていたという。
新しい発見、未知の遺物に出会える期待で胸が一杯だった。
そして遺跡の最深部には、見たことのない赤い結晶が飾られていた。
最初に言った通り、当時の彼は好奇心旺盛だった。
未知の物への危険性は理解しつつも、好奇心のほうが勝ってしまった。
その時点で彼も子供だということがわかる。
「俺はそれに触れてしまった。途端、世界が真っ赤に染まったよ」
その結晶が神祖の血であったことを彼は理解した。
触れた結晶が溶けて、彼の体内に入ってきたことで、肉体が変質していく。
結果、彼は神祖になった。
「率直な感想を言えば、訳が分からなかった。突然のこと過ぎて理解が追いつかなかったよ。それでも神祖になってしまった」
遺跡で起こったことは、彼の両親にすぐ伝えられた。
医者や魔術師に見てもらった結果、すでに人間の肉体ではなくなっている。
という結論だけが残った。
両親は悲嘆にくれた。
次期皇帝候補が人間ではなくなったなどあってはならない。
人間に戻る方法を、血眼になって探し回った。
しかし残念ながら、調べれば調べる程、人間には戻れないという結論が色濃くなっていった。
そして――
「俺はついに両親にも見放された。一応まだ皇帝候補でいるけど、それは表向きだけだ。実際に皇帝候補として出るのは俺ではなく、弟のレイルだ」
「弟もいたんだ」
「ああ。まぁそこは大して重要じゃないけどね。というわけで俺は一人になった。この屋敷を与えられ、誰の目にも触れないようひっそりと暮らしている」
神祖であることが露見すれば、ストローク家の信用問題に発展する。
知っているのは血縁者とごく一部の従者のみ。
だから使用人もいないし、家の者は誰もここへは近寄らない。
「一人になってから……どうしたんだ?」
「どうにしないさ。人間に戻る方法を探したけど見つからない。どうすれば死ねるのか、なんてことも考えて、太陽に焼かれたけど……痛くて苦しいだけで死ねなかった」
試したことがある。
あのとき言っていた意味を理解する。
神祖となった彼の肉体は不老不死になった。
成長しているように見えるのは見た目だけで、実際は老いていない。
彼は永遠に生き続ける。
この先もずっと……一人で。
「本当に……戻れないのか?」
「どうだろうね。あれから調べ続けているけど、何も進展していないよ。ただ……」
ブラムは天井を見上がる。
「諦めようとしても、諦めきれないこともある。いつの日か、普通の人間に戻って……普通に死にたい」
「……」
そうか。
彼が私を助けてくれた理由がわかったような気がする。
ずっと一人だった自分と、私を重ねて見ていたのだろうか。
「しょーがないな」
「ん?」
「手伝ってやるよ。人間に戻る方法を探すの」
「ルビー……」
「何だよ。どうせ昼間は外に出られないんだからそっちの方がいいだろ? それに一応……私はメイドだからな」
まだ素直に言うのは難しい。
これが今の私に言える精一杯。
「……そうだな。ありがとう」
「べ、別に」
ブラムは微笑む。
「ところで」
「ん?」
「せっかくお風呂に入ってるんだし、もう少し近寄ってきたらどうだい?
「なっ……う、うるさい!」
あーもう。
台無しだよ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝。
私はいつものように支度をして、寝坊助の彼を起こしに行く。
毎日やっていると、これが当たり前になっていた。
面倒だけど、嫌いな時間じゃないのが悔しい。
「おい、そろそろ起きろ」
「うー……」
「だらしないな~ ほら起きろって!」
布団を取り上げるのも慣れたもの。
「ひどいことするな~ 仮にも主人に対して」
「だったらもっとシャキッとしてくれ。着替えは用意してあるから、朝食が冷める前にきてきてくれよ。ご主人様」
「はいはい……ん? 今なんて?」
「な、何だよ。早く着替えろって」
「……そうだね」
ブラムは嬉しそうにほほ笑んでいた。
私は彼に顔を見られないよう背を向ける。
やっぱりまだ『ご主人様』と呼ぶのは恥ずかしい。
だけど……嫌じゃない。
私はもう暗殺者じゃない。
この屋敷のメイドで、ターゲットだった彼は今……私のご主人様なんだから。
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