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9.夜襲

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 暗殺失敗から十日。
 賭けをした日から三日が経ち、私は相変わらずメイドとして働いている。
 あの日以来、ブラムはあまり話しかけてこなくなった。
 殺したいなら好きにしろ。
 なんて言われている私だけど、あれから一度も仕掛けていない。
 何となく気まずい雰囲気のまま過ごし、今日も夕日が沈む。

 夕食の支度をしようとした私は、外行きの服に着替えているブラムを見つけた。

「どこか行くのか?」
「ああ。王城で行われるパーティーに招待されているんだ」

 王城では頻回にパーティーが行われているそうだ。
 皇帝を決める祭典が来年に迫っていることもあり、他の貴族との関係を深めたり、現国王から信頼を勝ち取ろうと必死なのだ。
 その候補の一人である彼も例外ではない。

「本当は行きたくないのだがな。あそこにいると気分が悪くなる」

 そう言いながらも仕方なく、彼は身支度を整えていた。
 玄関まで移動して、私に言う。

「帰りは遅くなる。夕食は必要ないから、適当に過ごしていてくれ」
「わかった」
「では行ってくる。それと、もし誰かが訪ねてきても出る必要はない。不審な輩がうろついてるようだし、くれぐれ注意しておけ」

 それは暗殺者に向ける言葉じゃないだろ。
 まぁこいつにとって、私なんて暗殺者にも入らないみたいだけど。
 ブラムは小さくため息をつき、玄関の扉を開けて出て行った。

「ふぅ……」

 彼が去った後、私は適当に食事を作り、一人で食べた。
 メイドとしての仕事は昼の内に片付けてある。
 食事の後はお風呂だ。
 身体を洗ってから、湯船に浸かって天井を見上げる。

「……一人か」

 呟いたのは無意識にだった。
 静かな時間を過ごして、久々に一人になって、以前の生活を思い出したんだ。
 暗殺が終わると、血に染まった服を着替え、軽く水で流して眠る。
 しっかりお風呂に入る機会なんて少なかった。
 豪華な家で暮らすことはもちろん、宿屋で過ごすことすら危険な日もあって、二日に一度は野宿だったりもしたな。
 暗い森の中で、私一人が身を丸くして眠る。
 それも平気だったのに、今思うと……

「何考えてるんだ私」

 ここ最近の出来事が異常なだけだ。
 私にとっての日常は、こんなにも穏やかじゃない。
 今の生活は……私には相応しくない。
 そう思いながら、私は自分の首元につけられた赤い首輪に触れる。

 これさえなければ……
 
 本当にそうなの?

 自分の中に、自分の意見を否定する誰かがいる。
 誰かというのはもちろん私だけど、今までの私が知らない、新しい私だ。
 ここでの生活で生まれてしまった甘い私……。

「駄目だな……もう」
「まったくその通りだよ」
「えっ――」

 痛みが走る。
 視線を下げると、そこは真っ赤に染まっていた。
 自分の髪とは違う。
 これは血の色だ。
 私の赤い血が、どばどばと流れ出る。

「うっ……」

 背中からナイフが刺さり、左腹部を貫通している。
 後ろには私より一回り大きい男が立っていて、ナイフはそいうの手に握られていた。

「久しぶりだな、赤猫」
「お前は……セブンスの……」

 私は無理やり彼を引きはがし、距離をとった拍子にナイフも抜ける。

「ぐっ、ごほっ……どうして……」
「おいおい冗談だろ? お前がここにいる理由は何だったか忘れたのか?」

 あざ笑うような口調で彼はそう言った。
 
 そうか。
 暗殺に失敗した私が生きていると知って始末しにきたんだ。
 でもまさか、新しく雇われたのがこいつらだなんて……

 セブンスは七人組の暗殺者集団だ。
 以前に仕事で関わったこともあり面識がある。
 全員かなりの手練れで、特にリーダーの男は私にも劣らない技術を持っていた。
 それにしても深くだ。
 ここまで接近されて気付けないなんて……

「っ……」
「お、逃げるか? 俺は一向にかまわないぞ~ どうせ無駄な足掻きだ」

 私は脱衣所を飛び出し、刺された腹部を押さえながら逃げた。
 裸のままだとか、そういうのは気にしている場合じゃない。
 腹の傷が深すぎて、押さえていても血が止まらない。
 早く手当てしないと失血で死――

「ぇ……あれ?」

 突然身体の力が抜けて、私は廊下に転がり込む。
 身体に痺れを感じ、直後に理解した。

「毒か」
「正解っ!」

 セブンスの七人が、いつの間にか私を取り囲んでいる。

「俺が新しく作った特別製だ。毒に耐性を持ってるお前でも効くだろう?」
「っ……」
「だから逃げても無駄だと言ったんだよ。そもそも、その出血で長く生きられるか?」

 彼の言う通りだ。
 すでに目がかすんできている。
 失血の影響で、意識も朦朧として来ていた。

「しかし驚いたよ。赤猫と恐れられたお前が敵に捕まって、メイドごっこさせられているなんてな~」

 それは私も驚いている。

「平穏な日々で感覚が鈍ったか? 以前のお前なら、俺が近づくのを感知できただろうに」

 自分でもそう思う。
 気を抜く瞬間なんて、暗殺者として生きていた毎日にはなかった。
 この屋敷に来てから、自分が何者なのかわからなくなる。

「まぁお陰で楽に終わったよ。こっちとしても同業者は少ないほうがいいんでね。悪く思うなよ」

 ニヤニヤ笑っているように見える。
 声も微かに薄れてきた。
 自分の死が近づいていると実感する。

 ああ……ようやくこれで終わる。
 痛くて、苦しくて、惨めな姿をさらしている。
 でも、たくさんの人の命を奪ってきた私には、お似合いの最後だ。

 そう思えないのは……どうして?
 死ぬのが怖いなんて思う資格は、私にはないのに。
 怖くて涙が止まらない。

「さようなら」
「それを誰が許すと思っている?」

 薄れゆく意識の中、聞こえてきた声に、私は目を見開く。 
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