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1.暗殺者の少女

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 天職という言葉がある。
 それは天から授かった才能であり、その才能に最も合った職業だ。
 天職は誰にでも存在する。
 もしもそれを見つけられたのなら、きっと効率よく毎日を生き抜くことが出来るだろう。
 ただ、勘違いしないでほしい。
 最も自分に適したものが天職なのであって、楽しいかどうかなんて、関係ないのだということを。

「ターゲットはこの男だ」

 暗い部屋の中、蝋燭の明かりだけが頼り。
 貴族の男は一枚の似顔絵をテーブルの上に乗せた。

「名はブラム・ストローク。君も聞いたことがあるだろう?」
「ストローク家の嫡男。次期皇帝候補の一人か」
「その通り。狙う理由など、今さら確認するまでもないな?」

 私は小さく頷いた。
 すると貴族の男はニヤっと笑い、続けて説明をする。 

「これまでに数回、暗殺者を仕向けているが悉く失敗している。噂では、奴には凄い腕の護衛がいるという話だが、今のところ奴の屋敷にそれらしき人物はいない」
「こいつ自身の強さは?」
「五大貴族の嫡男だぞ? そこらの魔術師では相手にならんレベルだろう。だから君にお願いすることにしたのだ。我々もこれ以上、失敗は出来ないのでな」

 そう言って、貴族の男は大量のお金を見せてくる。
 大きな木箱に入った金塊は、一生遊んで暮らせるほどの額だった。
 それとは別に、袋に入った金塊を手渡してくる。

「これは前金だ。成功すればさらに倍の報酬を支払おう」
「随分と気前がいいんだな」
「それだけ期待しているということだよ。頼むぞ、『赤猫あかねこ』」

 赤猫という名前は、私の容姿からつけられた通り名だ。
 いわゆる先祖返りというやつで、生まれつき猫の耳と尻尾が身体についている。
 赤毛の猫だから赤猫。
 安直な名前だけど、わかりやすいからか、いつの間にか周囲がそう呼ぶようになっていた。

「行ってくる」
「ああ。良い報告を待っているよ」

 私は前金を受け取り、部屋の窓から外に出る。
 跳び去った私の後姿を眺めながら、貴族の男はぼそりと呟いた。

「……汚らわしい獣め。精々働いてくれよ」
「聞こえてるよ」

 まぁ、別に今さら気にすることでもない。
 私の容姿に対する感想なんて、これまで飽きる程聞いてきた。
 生まれた日から今日まで……たぶん、この先もずっと変わらないのだろう。
 私にはこの道しかない。
 暗殺者ことが、私にとっての天職なのだから。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 アイスルスター帝国。
 大陸の約六割を領土として納め、世界人口の半数が所属する大国家である。
 その首都帝都レアレスには、七千万人もの人々が暮らしている。
 
「ターゲットは五大貴族の一人……貴族街でも王城に近い場所だな」

 中心に聳え立つ巨大な王城。
 その周囲を囲むように城壁がある。
 さらに外、もう一枚の分厚い壁がぐるりと囲っていた。
 貴族街と呼ばれ、文字通り貴族たちが暮らしているエリアのこと。
 平民たちが暮らしているエリアとは隔たりが存在し、許可がなければ立ち入ることすら出来ない。
 
「私には関係ないけど」

 スキル【隠密】――
 気配を消して移動することが出来る。
 これ単体では凝視されたり、魔道具や魔術では感知されてしまう。
 私はさらに【透明化】、【魔力遮断】を持っていて、これらを併用することで誰にも見つかることなく貴族街へ侵入できる。
 今の私を見つけるには、私自身に触れなくてはならない。
 この力のお陰で、私はこれまで任務を失敗したことはない。
 依頼があれば必ず殺す。
 どこの誰であろうと例外なく命を奪ってきた。
 今日も変わらない。
 相手が未来ある貴族の息子であっても、私には関係のないことだ。

「ここか」

 貴族らしい大きな屋敷だが、予想したよりは小さく感じる。
 五大貴族の一人と聞いているから、さぞ煌びやかで目立つ屋敷に住んでいると思っていたけど……
 それに警備もロクにされていない。
 窓の一か所だけ明かりがついている。
 私は屋敷の中へ侵入し、窓の近くに生えている木の上に登る。

(いた。似顔絵の男……こいつがブラム・ストロークか)

 窓から見えるのは横顔だ。
 黒い髪に女性のよりも透き通った白い肌。
 瞳の色は私に似て赤い。
 年齢は確か、今年で十八になると聞いていた。
 テーブルの上には書類が積まれていて、それを片付けているようだ。

(窓も空いているし、警備兵も見当たらない……不用心すぎるだろ)

 トラップも仕掛けられている様子はない。
 これだけわかりやすければ、遠くから狙撃だって出来そうだ。
 依頼主の話では、これまで何人も暗殺に失敗しているらしいけど……

(本当だったのか?)

 私はしばらく、じーっと彼を観察していた。
 一応周囲も警戒しながら、変わった動きがないか確かめていく。
 彼はいたって普通に書類仕事をしていた。
 こちらに気付く気配もない。
 呆れた私は、心の中で小さくため息を漏らす。

(はぁ……もういい)

 早く仕事を終わらせよう。
 私は懐から小さな黒い球を取り出し、プチンと割る。
 これは割ることで発動する魔道具で、周囲の魔道具を一時的に使えなくする。
 部屋の照明も魔道具だ。
 発動したことで、部屋は真っ暗になる。

「ん? 明かりが消えた?」

 彼は呆けて証明を見つめていた。
 最後まで不用心すぎる。
 私はその隙を突いて室内へ侵入し、手に持ったナイフで彼の首を切り落とした。
 
 ゴトン……

 悲鳴もなく、彼の首が床に転がる。
 思った以上に呆気なく終わってしまった。
 でもこれで大金が手に入る。

「……あれだけあれば私も――」
「やれやれ、またか」
「えっ?」

 不意に聞こえた声に、私は背筋をぞっとさせる。
 
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よければどうぞ。
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