上 下
3 / 44

1-3

しおりを挟む

「まったく、これで僕の婚約者なんて情けない限りだ」
「……」

 ああ、そういえばそうだった。
 勇者は特権として、複数の女性と結婚することができる。
 だから婚約者も複数人いて、私もそのうちの一人……だったのを思い出した。
 特に興味もなかったし、婚約者らしいイベントもなくて、冗談だと思っていた。
 ま、そんなこと今はどうでもいい。
 鍛冶場には修繕前の武具が山ほど置かれている。
 目の前にある以外にも、倉庫には同様に直さないといけない武具が残っている。
 加えて騎士団用の新しい剣も打たないといけない。
 今日もサービス残業確定だ。

「では、聖剣をお預かりします」
「次こそ頼んだよ! いつまでも魔王なんかに遅れをとるわけにはいかないんだ!」

 魔王どころかその幹部にすら勝てないのに、よく言えるなと正直思う。
 私はエレイン様から聖剣を受け取る。
 乱暴に手渡して、彼はそそくさと鍛冶場を後にする。
 作業に取り掛かる前に、私は聖剣を確認する。

「折れてる……」

 私は大きなため息をこぼす。
 普通、こんなにも高頻度に聖剣をボロボロにする勇者がいるのだろうか?
 私が知っている漫画やゲームでも、ここまで酷い勇者は知らない。
 
「こっちの世界も楽じゃないなー」

 そう、私はこの世界の人間じゃない。
 こことは別の、ごくごく普通の世界に生まれた女の子だった。
 ちょっぴり変わっているのは、刃物が好きだったことだ。
 刃物を作る技術を学び、ようやく高校を卒業して修行を始められる、というところで事故にあった。
 刀剣の展示を見ているときに大地震が起こって、落下してきた刃物に串刺しにされた。
 本望だった。
 とはさすがに思えなかったけど、この世界に生まれ変わったのは幸運だった。

「はずなんだけどなぁ~」

 思えば順風満帆には程遠い人生だ。
 平民の家に生まれ、すぐに両親が病死した。
 両親の顔も朧げなまま、私は祖父母に育てられた。
 唯一の幸運は、祖父が鍛冶師だったことだ。
 運命に感じた。
 私の夢、願いを神様が聞いてくれたのだと。

 祖父のもとで鍛冶の技術を学び、十五歳になる頃には一人前と呼べる程度にはなった。
 ちょうどその頃に祖父が体調を崩し、あれよあれよとこの世を去った。
 落ち込んでばかりもいられず、生活のために働き口を探す。
 そんな時、宮廷鍛冶師募集の話を聞いて、ダメ元で受けることにした。
 宮廷鍛冶師は、世の鍛冶師にとって最高の職場、だと聞いたことがある。
 勇者の聖剣に触れることもできるから、鍛冶師としての技術を向上させるために、ちょうどいい場所だとも思った。
 そうして合格し、宮廷鍛冶師になって二年が経った。

 現在……。

「完全に社畜だ」

 前世では経験できなかった社会を知った。
 知りたくなかった。
 好きなことをしているはずなのに、終わらない仕事に嫌気がさし、このままだと鍛冶の仕事そのものが嫌いになりそうだ。
 もういっそ……。

 私は首を振る。

「仕事しよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

団長サマの幼馴染が聖女の座をよこせというので譲ってあげました

毒島醜女
ファンタジー
※某ちゃんねる風創作 『魔力掲示板』 特定の魔法陣を描けば老若男女、貧富の差関係なくアクセスできる掲示板。ビジネスの情報交換、政治の議論、それだけでなく世間話のようなフランクなものまで存在する。 平民レベルの微力な魔力でも打ち込めるものから、貴族クラスの魔力を有するものしか開けないものから多種多様である。勿論そういった身分に関わらずに交流できる掲示板もある。 今日もまた、掲示板は悲喜こもごもに賑わっていた――

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ

Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」 結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。 「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」 とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。 リリーナは結界魔術師2級を所持している。 ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。 ……本当なら……ね。 ※完結まで執筆済み

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

全てを奪われ追放されたけど、実は地獄のようだった家から逃げられてほっとしている。もう絶対に戻らないからよろしく!

蒼衣翼
ファンタジー
俺は誰もが羨む地位を持ち、美男美女揃いの家族に囲まれて生活をしている。 家や家族目当てに近づく奴や、妬んで陰口を叩く奴は数しれず、友人という名のハイエナ共に付きまとわれる生活だ。 何よりも、外からは最高に見える家庭環境も、俺からすれば地獄のようなもの。 やるべきこと、やってはならないことを細かく決められ、家族のなかで一人平凡顔の俺は、みんなから疎ましがられていた。 そんなある日、家にやって来た一人の少年が、鮮やかな手並みで俺の地位を奪い、とうとう俺を家から放逐させてしまう。 やった! 準備をしつつも諦めていた自由な人生が始まる! 俺はもう戻らないから、後は頼んだぞ!

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

処理中です...