上 下
10 / 50

10.終わりの始まり

しおりを挟む
「ねぇお父様!」
「何だ? ユイノア」
「私ね~ 大きくなったらお父様と結婚する!」
「ほぉ、それは嬉しい告白だな。でも残念だが、私の妻はユフレシアだ」
「ふふっ、ごめんね」

 お父様とお母様が幸せそうに肩を寄せ合っている。
 私はそれが羨ましくて、むくれながら言う。

「じゃあお母様とも結婚する!」
「はっはっは! それは大胆だな」

 お父様は豪快に笑っていた。
 馬鹿にされているみたいで、私はもっとむくれた。
 そんな私の頭を撫でながら、お父様が言う。

「心配ない。お前にもいつか、そういう相手が現れるさ」
「……本当?」
「ああ、間違いない」
「きっと素敵な人よ。ユイノアちゃんは良い子だものね」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 楽しくて安らぐ記憶。
 それが夢だとわかっていても、思い出さずにはいられない。
 現実に広がる光景から目を背けるには、思い出の幻想に浸るしかないから。

「はぁ……ぅ……」

 森の中を歩いていた。
 どこへ向かっているわけでもない。
 ただ真っすぐ、足を進めるだけ。
 魔法陣のお陰で、私だけは城の外へ出られたけど、身一つで放り出されて気力と体力がつきかけていた。
 ここへ来たから、どれだけ歩いただろう。
 気が付けば朝陽が昇り始めていて、チラッと光が見えている。

「お父様……」

 光を見て、思い浮かぶ光景は地獄だ。
 燃え盛る王城と街。
 最後に見せたお父様の笑顔と、首を斬られた音が残っている。
 鮮明に、何度でも繰り返されるように、頭の中で流れ続けていた。

 脚が止まってしまう。
 疲労と、諦めから力が抜ける。
 私は一本の木により掛かって腰を下ろした。
 
 ユイノア、生きてくれ。それが私と、母の願いだ――

 お父様はそう言ったけど、私はもうどうでも良かった。
 お母様が病死して、お父様もいない。
 こんな世界で生きていく意味が、私にはわからない。
 むしろ、私も死ねば二人に会えるかもしれない。
 冥界という場所は、死んだ者の魂が集まる場所だと、誰かが言っていた。

「あれ……誰だっけ」

 どうしてだろう。
 ずっと会いたい人だったのに、名前が思い浮かばない。
 頭で考えることすら、今の私には出来ていなかった。

 もう良い。
 何も必要ない。
 生きていくのは疲れた。

 浮かび上がる言葉は、どれもあきらめばかり。
 お父様が言い残した言葉すら、もうわからなくなっていく。
 薄れゆく視界の中で、白い毛をした精霊が姿を見せる。

「フィー!」
「……どうしたの?」

 フィーは必死に何かを伝えようとしていた。
 高らかな鳴き声が、かすれた声のように聞こえている。

「フィ~、フィー!」
「あっち?」

 視線を向ける。
 その先には、グルグルと唸り声をあげる三匹の魔物がいた。

「何だ……ウルフか」

 と口にしているが、冷静に考えてよくない状況だ。
 ウルフは小型の魔物だが、群れをなして大きな相手すら倒してしまう。
 それ以前に、今の私には戦う力がない。
 フィーが伝えていたのは、早く立ち上がって逃げるということだった。

「……もう良いよ」

 だけど、この時の私はどうでもよかった。
 いっそ殺してくれるなら、とさえ思うほどには、全てを諦めていた。
 そんな私をフィーが必死に引っ張ろうとする。
 無気力な私は、うつろな目で空を見上げる。

「お父様、お母様……」

 ごめんなさい。
 今から会いに行きます。

 そう心の中で呟いて、そっと目を閉じる。
 ウルフが迫ってくる音が聞こえた。
 と同時に、痛そうな鳴き声も聞こえる。
 瞼を閉じてその瞬間を待っても、一向に訪れない。
 私は瞼を開け、気だるげに前を見る。

「ふぅ、何とかこちらは間に合ったようだね」
「えっ……」

 聞き覚えのある声。
 私の頭の中に、彼との思い出があふれ出す。
 何度も読んだ物語、その登場人物。
 大きな鎌を持った白い髪の男性が、優しく微笑んでいる。

「良かった。片方だけど、約束を守れそうだ」
「ユーレアス様?」
「うん」

 彼は私のほうを見ながら歩み寄ってくる。
 後ろには倒されたウルフが転がっていて、フィーも安堵していた。

「どう……して?」
「約束していたんだよ。君のお母さんとね」
「お母様と?」
「そうさ。彼女は言っていたよ。君に……幸せに生きてほしいと」

 お母様の顔が脳裏に浮かぶ。
 忘れられない思い出を、忘れてしまっていたことを思い出す。
 お母様も望んでいる。
 私が生きて、幸せになってくれることを。
 お父様がそう言ったように、二人は私に生きてほしいと願っている。
 だからこそ、私は今もこうして生きているんだ。

 それでも、二人はもういない。
 ずっと一緒にいたかった。
 私が大きくなって、誰かと結婚して、子供が出来るまで。
 願わくば、最後の一瞬まで幸せにほほ笑みながら生きていてほしかった。
 二人がいない世界で、生きていく理由なんて……
 
 ユーレアスが近づく。
 そっと手を差し伸べ、優しく握る。

「まだ――僕がいるよ」

 その言葉は、私の心を震わせた。
 壊れてしまいそうだった心を、優しく包み込んでくれるように。

「う……うぅ……」
「泣いて良い。その涙は必要だから」

 止まっていた涙があふれ出す。
 私はユーレアスの胸に飛び込み、ぐちゃぐちゃな泣き顔を見せていた。
 ユーレアスはそんな私を抱きしめてくれる。
 一人じゃないのだと。
 まだ自分がいるのだと、彼らは私に教えてくれた。

 これは旅の始まり。
 一つの悲しい終わりから、新たな旅路へのプロローグ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放された公爵令嬢はモフモフ精霊と契約し、山でスローライフを満喫しようとするが、追放の真相を知り復讐を開始する

もぐすけ
恋愛
リッチモンド公爵家で発生した火災により、当主夫妻が焼死した。家督の第一継承者である長女のグレースは、失意のなか、リチャードという調査官にはめられ、火事の原因を作り出したことにされてしまった。その結果、家督を叔母に奪われ、王子との婚約も破棄され、山に追放になってしまう。 だが、山に行く前に教会で16歳の精霊儀式を行ったところ、最強の妖精がグレースに降下し、グレースの運命は上向いて行く

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

橋本彩里(Ayari)
恋愛
五歳で魔力なしと判定され魔力があって当たり前の貴族社会では恥ずかしいことだと蔑まれ、使用人のように扱われ物置部屋で生活をしていた伯爵家長女ミザリア。 十六歳になり、魔力なしの役立たずは出て行けと屋敷から追い出された。 途中騎士に助けられ、成り行きで王都騎士団寮、しかも総長のいる黒狼寮での家政婦として雇われることになった。 それぞれ訳ありの二人、総長とミザリアは周囲の助けもあってじわじわ距離が近づいていく。 命を狙われたり互いの事情やそれにまつわる事件が重なり、気づけば総長に過保護なほど甘やかされ溺愛され……。 孤高で寡黙な総長のまっすぐな甘やかしに溺れないようにとミザリアは今日も家政婦業に励みます! ※R15については暴力や血の出る表現が少々含まれますので保険としてつけています。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

離縁前提で嫁いだのにいつの間にか旦那様に愛されていました

Karamimi
恋愛
ぬいぐるみ作家として活躍している伯爵令嬢のローラ。今年18歳になるローラは、もちろん結婚など興味が無い。両親も既にローラの結婚を諦めていたはずなのだが… 「ローラ、お前に結婚の話が来た。相手は公爵令息だ!」 父親が突如持ってきたお見合い話。話を聞けば、相手はバーエンス公爵家の嫡男、アーサーだった。ただ、彼は美しい見た目とは裏腹に、極度の女嫌い。既に7回の結婚&離縁を繰り返している男だ。 そんな男と結婚なんてしたくない!そう訴えるローラだったが、結局父親に丸め込まれ嫁ぐ事に。 まあ、どうせすぐに追い出されるだろう。軽い気持ちで嫁いで行ったはずが… 恋愛初心者の2人が、本当の夫婦になるまでのお話です! 【追記】 いつもお読みいただきありがとうございます。 皆様のおかげで、書籍化する事が出来ました(*^-^*) 今後番外編や、引き下げになった第2章のお話を修正しながら、ゆっくりと投稿していこうと考えております。 引き続き、お付き合いいただけますと嬉しいです。 どうぞよろしくお願いいたしますm(__)m

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

処理中です...