転生するなら人間がいいな〜 〈零〉

壱章 沈黙ノ“トウキョウ”街

いち 染める。

｢………ふふっ。｣

そう小さく彼女は笑った。

1980493回目の転生。
その右手には、きらりと銀色に光る刃物がに握られている。
まだ何も付いていない、魚を捌くための出刃包丁。
使い方を誤ってしまえば、人をも簡単に殺せる武器キョウキとなる。
薄いピンク色のパーカー、そのフードを深々と被る。
ユキは手始めに自分のフードを切り、大袈裟に被る。
片耳がその穴からちょこんと飛び出る。
半分人間のようで、半分獣人。
未熟で不完全な人類ケモノ。
フードで隠れた彼女の顔は、怪しい影がかかったかのよう。
ニヤリと笑う彼女の口は、まるで三日月のように歪み、狂気を帯びていた。
「………まずは……あいつから…。」
一歩一歩、歩き始める。
歩みを進めるその足は、疲れているかのような、狂ったような千鳥足気味だった。
視界はぐらつき、瞳孔は開いていた。
数え切れないほどの死を迎えた彼女は、既に狂っていた。
強靭な精神力とコミュニケーション能力はもう無い。
彼女の顔に光が当たるたびに見える目の下の大きなクマは、まるで悪魔のようだった。


ユキは街へ降りた。道中見かけた人々は1人残らず始末しながら。
『あ！はじめまし…』
アリサは出会い頭挨拶する。それは、どの次元でも変わらない出来事である。
何回も何回も見た町、何回も何回も見た少女。
飽きるほどに街の人に殺されてきた場所。
変わらない挨拶、変わらない動作。
彼女はそれを利用した。
素早く包丁を立て、思いっきり
『ぐぁ……………な………んで……………？』
頭に刺した。
……それアリサは、頭から赤いものを吹き出していた。
上書きされる包丁。
錆臭い飛沫。
獣のような唸り声。
周囲からは悲鳴が聞こえ、耳鳴りがする。

顔に赤がかかる。

人が……知り合いが倒れ、血溜まりが広がる。

そして耳鳴りと共に、

……彼女秋山雪美は、壊れた。

……跪く暇もなく、脳を損傷し頭蓋骨を包丁で砕かれたアリサは、そのまま死に至る。

ドサッと鈍い音が響く。

沢山の悲鳴、沢山の焦る声の中、それを見た………いや、見てしまった2人がいた。

人魔共和国エクスカリバータウンナコヤ市3番通り裏路地。

レオンと、ソラ。

このふたりは、どの次元でも同じ場所にスタンバイしている。

レオンは、友人の死を目の当たりにし、何かを思い出したかのように苦しみ泣いた。
レオンは次第に焦燥に駆られる。
あの日のように、また自分は何もできず
涙目になって、逃げるように去る。
ソラは、なにを思ったのか…路地裏のさらに奥へ走った。
美しい黒曜石のような、真っ黒で虚ろな目は、焦りに満ちていた。



その日、世界ウルワランドは震撼した。
最凶最悪の殺人鬼アキヤマユキミが誕生してしまった。
この狂気を前に、全生物は屈しまいと彼女に全力で対抗した。
……しかしまだ、世界は気づいてない。
彼女の本当の狂気を。
人間になれない、獣にもなれない。
彼女は、永遠に不完全だ。