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黒づくめの大男

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階下ではごうごうと炎が燃え盛る音と、レイリオの凄まじい唸り声が聞こえてくる。事態が収束する前に城が全勝してしまうことを避ける為、放った炎にもイアンが魔術を施している。ある程度は、彼が調節できる。

しかし火というものはあくまで自然現象であり、燃え広がり形を変えてしまえばどうにもできなくなってしまうと、イアンは言っていた。余分な時間など、残されていないのだ。

「下のことは気にしちゃダメよ、私達にはやらなきゃならないことがあるんだから」
「はい、ロココさん!」

(大丈夫、二人なら)

敵の数は私達よりも圧倒的に多い。けれどアレイスター様の仰っていた通り、先の反乱により弱体化しているというのは間違いではないように思う。

「うわあぁっ!」
「ひ…っ、ひいっ!」

明らかに戦いに慣れていないような、若い団員達が目立つのだ。きっと視線をくぐり抜けてきた手練れの魔術師は、ハネスの横暴なやり方に着いていけなかったのだろう。

それ程までに、あの男は残虐なのだ。

アザゼル様と同じ瞳と髪の色を持ちながら、その奥に潜む狂気は全く違う。

あの男の所為で、きっとたくさんの人が傷ついている。奪われてしまった数えきれない命は、もう二度と地上に降り立つことはない。

あの夜、可愛らしい笑みを浮かべながら平気でメイドを苦しめていたハネスの姿を思い出し、ぎりりと奥歯を噛み締めた。

「こんなことはもう止めてください!私は、貴方達と争いたくないんです!」

飛び交う無数の弾や槍を光の壁で防ぎながら、私は声を張り上げる。無意味だと、偽善だと分かっていても、込み上げてくる感情を抑えることが出来ない。

「イザベラ!こいつらに何を言ったって無駄よ!」
「けれど!私は…っ」

目の前では、次々と人が血を流し倒れていく。味方の流れ弾に当たり絶命している団員も大勢おり、この混沌とした混乱状態の中で皆恐怖に怯えているように見えた。

「私はただ、大切な人を守りたいだけなのです!お願いどうか…っ」
「戯言はそこまでだ、聖女イザベラ」

私達の前に、全身黒ずくめの長身大柄の男が現れる。薄青の瞳をぎらりと殺気に光らせ、手には銀製の棒。その先には無数の大釘で覆われた鉄球が鎖に繋がれている。

「綺麗事はうんざりだ。たまたま聖女として生を授かっただけの、取るに足らんただの下賤が」

血を這うような低い声が、心臓を揺さぶる。

先程まで相手にしてきた魔術師達とは、明らかに雰囲気が違う。全身から溢れ出る闘気が、じくじくと肌を刺し突き破ろうとしている。

「お前はどうせ、ここを通れる手筈となっている。後ろの女を殺し、手っ取り早く聖女だけを連れていく」
「な…っ、なんということを!」

怒りが血管を駆け巡り、聖女の力を更に増幅させていく。私の掌からは、ばちばちという細かな破裂音が響いていた。

「ああそうだ、存分に憤るがいい。口先だけ綺麗事を言おうと結局お前も、俺達となんら変わりないただの人殺しなのだから」
「…誰が誰と変わらないですって?ふざけるんじゃないわよ」

ロココさんの纏う空気が、一瞬にして変化する。いつもの彼女から放たれる言葉とは思えない、抑揚のない冷たい声。

「黙れ。雑魚は口を開くな」
「黙るのはお前よ、気持ち悪い」

薄桃色の瞳にぐっと熱が篭り、ちりちりとした余波のようなものが彼女の全身から溢れている。

「力に溺れた哀れなお前達とイザベラを同等に扱うなんて、虫唾が走るわ」
「…小娘が。身の程を思い知るがいい」

名すら知らないその魔術師が鉄球を振りかさずと、その瞬間氷の氷柱のようなものが彼女目掛けて飛び散る。ひらりと避けた彼女に、男は瞬時に間合いを詰めると銀棒を突き刺した。

「ロココさんっ!」
「私は大丈夫、イザベラは先へ行って!」
「だけど…っ」
「いいから早く!馬鹿共が私達を誘き出すつもりなら、それに乗ってやりなさい!」

(…私は、私の役割を果たさなければ!)

後ろ髪を引かれる思いで、私は駆け出す。

私目掛け飛んできた氷柱に光をぶつけ、相殺する。そうしながら私は、ただひたすらにアザゼル様の元を目指した。
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