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闇に紛れて
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この力を行使するのは、何だか久し振りのように感じる。何年もの間毎日倒れる寸前まで力を使い果たしていた時とは違い、今は細胞の一つひとつにまで生命力で満ちているような気がする。
ゆっくりと深呼吸を繰り返しながら、少しずつ力を浸透させていく。細い血管の中を光の粒がすうっと駆け巡っていくような感覚に、私は閉じていた瞳をそっと開いた。
「…これは、本当に素晴らしいね」
松明の明かりさえ消された、漆黒の闇。月のない空は不気味なほどに静けさを湛えていた。
私の身体から放たれる淡い金色の光。そう呟くアレイスター様の髪も、呼応するかのように光り輝く。
(何だか不思議な感じがする)
聖女の力が身体中を駆け巡るこの感覚は、とても馴染み深いものだ。けれど、何かが違う気がする。言葉には上手く表せないけれど、気を抜くと弾けてしまいそうだと思った。
「イザベラ、どうした?」
私の傍に立つアザゼル様の瞳も、光を反射し輝いている。それを見つめていると、高揚した気分が幾らか落ち着いていく。
「何でもありません。行きましょう」
「何があったらすぐ俺に言えよ」
力強いその言葉に、私はこくりと頷いた。
スティラトールの深林に良く似た、深い森の更に奥。アザゼル様が施してくれた暗視の魔術のおかげで、私達は迷わず進むことができている。
「お前イザベラに噛みつこうとすんじゃねえよ!」
先程から何匹もの魔物に出くわすけれど、その度にアザゼル様が一蹴する。地に伏し弱った所に私が近寄り、その体にそっと両手をかざした。
スティラトールの民を瘴気から救った時と同じように、聖女の力で治癒を施していく。しばらくすると魔物の瞳から血のような赤い色が消え去り、正気を取り戻したのか生い茂った茂みの中へと姿を消した。
「ふぅ…」
「疲れたか?少し休むか」
「いえ、この位なんということもありません」
森に入ってからというもの、アザゼル様はしきりに私を心配してくれる。それはありがたいのだけれど、護衛の方々の手前もあり少し気恥ずかしい。
彼らによって魔物が無力化された後、私が聖女の力を注ぎ込み瘴気を打ち消す。この繰り返しで、襲ってくる魔物達の処置は大方済んだように思う。
「うわぁっ!」
誰もが一区切りついたという空気の中、突然の悲鳴が聞こえる。咄嗟に振り向くと、二人の護衛騎士が呻き声と共に地面に倒れ込んでいた。
「おい、どうしたお前ら…っ!」
「一体なにが…ぐあぁっ!」
剣や盾を構え堅牢な防具に身を包んでいる騎士や護衛の男性達が、次々と倒れていく。しかしそこに魔物の姿はなく、私は沸き起こる恐怖を心の内に抑え、気配に集中する。
「…離れんなよイザベラ」
「はい…っ」
辺りは夜のしじまに包まれ、異様な程に静かだ。訳も分からず攻撃された男性達の呻き声だけが、耳に木霊する。
「…来るぞ」
アザゼル様が私の前に立ち、両手を前に構える。その瞬間、暗闇からガバッと魔物らしきものが数匹こちらに向かって飛び出してきた。
「数打ちゃ当たるってか?舐めんじゃねぇよ…っ!」
アザゼル様の掌から放たれた銃弾のような閃光が、次々と魔物達を射抜いていく。先程までとは違う、群れでの攻撃。瘴気に毒されながらもまだ、知性を保っているということなのだろうか。
私は邪魔にならないよう、身を潜める。アザゼル様は金の瞳を忙しなく光らせながら、的確に仕留めていく。
最期の悪足掻きとでも言いたげに、魔物達が束になりアザゼル様に襲いかかる。私は体を強張らせ、息を呑んだ。
「きゃ…っ!」
次の瞬間、何かに身体を捕まれ恐ろしい力で後ろに引きずられる。肩口を噛まれていると気付いた瞬間、強い痛みを意識した。
「イザベラっ!!くそっ、囮か!」
「あ、アザゼ…っ」
伸ばした手は空を切り、私はそのまま闇の向こうへと飲み込まれていった。
ゆっくりと深呼吸を繰り返しながら、少しずつ力を浸透させていく。細い血管の中を光の粒がすうっと駆け巡っていくような感覚に、私は閉じていた瞳をそっと開いた。
「…これは、本当に素晴らしいね」
松明の明かりさえ消された、漆黒の闇。月のない空は不気味なほどに静けさを湛えていた。
私の身体から放たれる淡い金色の光。そう呟くアレイスター様の髪も、呼応するかのように光り輝く。
(何だか不思議な感じがする)
聖女の力が身体中を駆け巡るこの感覚は、とても馴染み深いものだ。けれど、何かが違う気がする。言葉には上手く表せないけれど、気を抜くと弾けてしまいそうだと思った。
「イザベラ、どうした?」
私の傍に立つアザゼル様の瞳も、光を反射し輝いている。それを見つめていると、高揚した気分が幾らか落ち着いていく。
「何でもありません。行きましょう」
「何があったらすぐ俺に言えよ」
力強いその言葉に、私はこくりと頷いた。
スティラトールの深林に良く似た、深い森の更に奥。アザゼル様が施してくれた暗視の魔術のおかげで、私達は迷わず進むことができている。
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先程から何匹もの魔物に出くわすけれど、その度にアザゼル様が一蹴する。地に伏し弱った所に私が近寄り、その体にそっと両手をかざした。
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「ふぅ…」
「疲れたか?少し休むか」
「いえ、この位なんということもありません」
森に入ってからというもの、アザゼル様はしきりに私を心配してくれる。それはありがたいのだけれど、護衛の方々の手前もあり少し気恥ずかしい。
彼らによって魔物が無力化された後、私が聖女の力を注ぎ込み瘴気を打ち消す。この繰り返しで、襲ってくる魔物達の処置は大方済んだように思う。
「うわぁっ!」
誰もが一区切りついたという空気の中、突然の悲鳴が聞こえる。咄嗟に振り向くと、二人の護衛騎士が呻き声と共に地面に倒れ込んでいた。
「おい、どうしたお前ら…っ!」
「一体なにが…ぐあぁっ!」
剣や盾を構え堅牢な防具に身を包んでいる騎士や護衛の男性達が、次々と倒れていく。しかしそこに魔物の姿はなく、私は沸き起こる恐怖を心の内に抑え、気配に集中する。
「…離れんなよイザベラ」
「はい…っ」
辺りは夜のしじまに包まれ、異様な程に静かだ。訳も分からず攻撃された男性達の呻き声だけが、耳に木霊する。
「…来るぞ」
アザゼル様が私の前に立ち、両手を前に構える。その瞬間、暗闇からガバッと魔物らしきものが数匹こちらに向かって飛び出してきた。
「数打ちゃ当たるってか?舐めんじゃねぇよ…っ!」
アザゼル様の掌から放たれた銃弾のような閃光が、次々と魔物達を射抜いていく。先程までとは違う、群れでの攻撃。瘴気に毒されながらもまだ、知性を保っているということなのだろうか。
私は邪魔にならないよう、身を潜める。アザゼル様は金の瞳を忙しなく光らせながら、的確に仕留めていく。
最期の悪足掻きとでも言いたげに、魔物達が束になりアザゼル様に襲いかかる。私は体を強張らせ、息を呑んだ。
「きゃ…っ!」
次の瞬間、何かに身体を捕まれ恐ろしい力で後ろに引きずられる。肩口を噛まれていると気付いた瞬間、強い痛みを意識した。
「イザベラっ!!くそっ、囮か!」
「あ、アザゼ…っ」
伸ばした手は空を切り、私はそのまま闇の向こうへと飲み込まれていった。
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