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特別編「フィリアとオズベルトは、理想の夫婦」

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 その後も大旦那様と談笑(主に私が口を動かす役)しながら、たくさんの料理を二人で(その内の九割は私)ぺろりと平らげた。当然、クリームたっぷりのデザートも忘れずに。
 満腹の大満足で大旦那様にご挨拶をして、私は食堂を後にする。部屋に戻るとマリッサがいて、すぐ浴場に案内された。
「もう。ほんのちょっとだけソファで寛ぎたかったのに」
 ジャラライラの花びらを浮かべた湯船にゆらゆらと揺られながら、私はぷくっと頬を膨らませる。
「嘘おっしゃい。そのまま寝てしまって何をしようが朝まで絶対に目を覚さないでしょうに」
「さすがマリッサ、ご名答」
「褒められているのに腹立たしい気分です」
 相変わらずの無表情で、彼女は小ぶりの瓶をゆっくりと傾ける。その中身は牛乳で、花びらを纏った透明なお湯とあっという間に仲良く混ざった。乳白色のそれは、私の大して豊満ではないつるぺたの体を覆い隠して、なんだかミステリアスな風味に仕上げてくれた。
「ご安心ください、フィリア様。貴女はミステリアスとは対極に位置するお方」
「……それは喜んで良いのかな」
 まぁ、温かくて気持ち良いからなんだって構わないか。ほうっと吐き出す溜息さえ、甘く華やかな花の香りに染まっているような気がする。
 このヴァンドームのお屋敷にだけ咲き誇る、真白な花ジャラライラ。薔薇よりも控えめだけれど妙に惹きつけられるし、何より他にはない希少価値の高さも凄い。
 なぜ他では栽培出来ないのか、その謎は謎のまま。以前大旦那様と執事長バルバさんが吐いた『嘘』のせいで、あまり積極的に育てられてはいなかったみたいだけど、逞しくわさわさ咲いていた。
 誤解が解けてからは、私が環境を整えてさらにもさもさと群生して、ちょっと持て余すくらいになってしまった。だけど、株のまま他の土地に植え替えても枯れるので、いっそ花びらを千切って風呂に浮かべちゃえ!と思いついたのだ。
「私もうすっかり、この花に愛着が沸いたのよね」
 ぱちゃぱちゃと掌で湯面を叩くと、可愛らしい花びらがふわふわと泳ぐ。良い香りだし、体の芯から温まるし、お肌はつるつるだし良いこと尽くし。
 使用後は深皿に浮かべて部屋に飾ったり、乾燥させてポプリにして使用人や子ども達に配ったり。これが予想以上に喜ばれて、領民からは「花のフィリア様」なんて名で呼ばれているとかいないとか。
「子ども達からは『蟻とカエルのフィリア様』の愛称で親しまれていますけれど」
「そっちの方が私らしい気がする」
 それもどうなんだろうという気がしないでもないけれど、蟻も蛙も素晴らしい生き物。観察して良し、触って良し、食べても良「下らない話はそのくらいで」
 マリッサが先ほどから黙々と私の腕を洗うので、そこだけ変にぴかぴかになっている。生まれて初めて、皮を剥かれる根菜の気持ちがちょっと分かった気がした。
「ところでマリッサ、どうして急にお花の風呂を用意してくれたの?」
 いくらジャラライラが増えたとはいえ、花風呂にするにも地味に手間がかかるし、そう頻繁に摘んでは花壇がすぐに丸裸になる。牛乳だって貴重だし、こんな贅沢はたまにしかしないのに。
「特に深い意味はありません」
「ただの思い付きってこと?」
「その通りです」
 彼女の端正な顔立ちは、私より二重も上にはとても見えない。表情と感情が常にごちゃごちゃしている私とは正反対だけれど、マリッサの隠れた優しさを存分に知っている私には、今彼女が何を考えているのかが手に取るように分かる。
「……ふふっ、貴女ったら本当に照れ屋なんだから」
 浴槽の淵に両腕を掛けながら、にんまりと含み笑いをしてみせる。母のような姉のような、私にとってなくてはならない大切な家族。
 こんなことを言うと、またマリッサに「使用人を家族として扱うな」なんて怒られてしまいそうだけれど。
「……その笑顔を見ていると、心の底から沸々と何かが湧いてきそうな気分になりますね」
「えっ、な、なんで⁉︎」
「お気になさらず」
 主導権を握られたのが気に入らないのか、はたまたこれも照れ隠しの一種なのか。マリッサは湯船に浮かぶ花びらを掬い上げると、ぺたぺたと私の頬に貼り付けていく。そのまま大人しくしていると、あっという間に顔中真っ白に染まった。
「ふぁりっふぁ、ふぁふふぇふぇ」
「まぁ。さすがは花のフィリア様と呼ばれるだけはありますね」
「ふぉふぇん!」
 花びらが口に張り付いて上手く喋れないながらも、どうやら私の謝罪は伝わったらしい。手桶でびしゃ!っと勢いよくお湯を掛けられたのは、さっきおちょくった報復ではないと思いたい。
「これで少しでも気が紛れてくだされば良いけれど」
「えっ、何か言った⁉︎耳にお湯が入って聞こえない!」
「そろそろ寝支度を、と言いました」
 ぷるぷると頭を振って、ようやく元のフィリアに戻った。なんだかんだでマリッサとの時間は楽しくてあっという間で、私はにこにこしながら彼女のきりりとした横顔を見つめたのだった。
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