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46.第二の商人、その名はオウミ
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重々しい挨拶のような伝言を終えて、衛兵隊第3師団長、ブロト=ヴァンハイムさんはギルドの外へ出て行った。
去り際、彼はカオルのリュックに括り付けられたパイルバンカーを忌々しげに睨んでいた。
この世界ではまず見ない機構、そして冒険者とはいえ、女性が扱うには厳つすぎる鉄塊。彼はそれを確実に怪しんでいる。
けれど総司令の指示通り、余計な詮索はせずにブロトさんはどこかへ行った。
「はードキドキした」
「お前、衛兵に追われてんのか……」
まるで何事もなかったかのように人心地つくカオル。それに対し、支部長は呆れて引いた顔をする。
つい最近デビューしたばかりの冒険者がいきなりお尋ね者になったんだから、その反応は当然だ。
「ンフフー、ちょっとワケありでね。まだ犯罪者になったわけじゃないから安心してよ」
「”まだ”って……いや、俺も別に深入りする気はねえよ……。しっかしお前の態度の切り替え方、表彰モンだぜ。性格変わりすぎだろ」
「んー、一応目上の相手だし? 敬意は払っておこうかと」
「俺への敬意はどうした?」
「まぁーま、かたいこと言わない!」
2人が醸し出す軽いノリに流されて、静まりかえっていたギルドが再び喧騒に包まれていく。
カオルに恐れをなす者、よりカオルに引き込まれる者、全く別の話を始める者、反応はそれぞれだ。
それらをBGMに、カオルもまた自分の話題を切り出す。
「えーとそれで、『ファクタ』だっけ? それってどの辺にあるのかな。遠い?」
僕たちの次の目的地。総司令がいるという場所だ。
「遠いと言えば遠いな。途中で休むのも含めて、馬車で2日くらいか」
「あー……微妙」
「それに最近、あの辺には盗賊が出るようになったらしい。お前ら、女2人に子ども1人じゃあ、護衛でも雇わなきゃかなり危ねえぞ」
「と、盗賊ですか⁉︎」
物騒な情報に、マルカが青ざめる。
支部長の言うことは正論だ。
カオルはサキュバスだし、僕は兵士、マルカも多少は剣を振るえる。だけど危険なことに変わりはない。
この世界の技術力を考えれば、僕の銃はかなりのアドバンテージだ。でも、盗賊が多人数だったら……2人を守り通す自信がない。
だから支部長の言う通り、護衛を付けるのが得策だ。
(となると……)
「護衛かあ~、いくらかかるんだろ」
問題はそこだ。ガッツリ巻き上げたばかりとはいえ、僕たちの懐はそこまで暖かくない。
「カ、カオルさんに雇われるならっ、格安で受けてくれる人もいるんじゃないでしょうか!」
「ああそうだな、また男どもを誑かしてやったらどうだ、姉ちゃん」
マルカは必死の形相で訴える。その目には、お金を気にしている場合じゃないという意思が宿っていた。支部長もそれを肯定している。
「誑かすって……一応私にも罪悪感とかあるから。あんまり繰り返すと私の評判も悪くなっちゃうし」
「なら多少なり礼をしてやりな。護衛は命張る仕事なんだ、ちょっとくらい良い思いさせるのもアリだろ」
「だ~め、私にそういうコトしていいのはユウくんだけって決めてるから。初めてを奪われるならなおさら、ね」
「えっ」
(な、何を言ってるんだこの人……!)
カオルは「初めて」というワードを、他人にも聞こえるくらいに強調して、僕に視線を向けながらそう言った。
きっと昨晩の会話を引きずって、「男に体を許したことはない」と改めて伝えようとしたんだろう。
「おい今の聞いたか? カオルまだ処女だってよ」
「あんなイイ女が? さすがに嘘だろ。でもアイツ弟大好きみたいだからなぁ、もしかしたら」
……どちらかといえば、僕よりも周りの人たちの方が、それを重く受け止めてしまっているけれど。
「ガッハッハッハッ! 羨ましい話だなぁ坊主! おまえ責任重大だぞ? ————いや責任重すぎないか? おまえら姉弟だよな?」
「あ、あはは」
「そっ、それで! 護衛にするならどういう人がいいでしょうか!」
支部長や周りの目をごまかすために愛想笑いをしていると、打って変わって真っ赤になったマルカが声を張り上げた。
カオルの色気は、マルカにはまだ早かったみたいだ。……僕にもまだまだ早いけど。
ただとにかく、今は彼女の初心さのおかげで、空気が一気にがリセットされた。それはありがたい。
「どう? 支部長」
早鐘を打つ心臓が落ち着くよう、次をせかす。そうしないと僕が保たない。
「できれば女じゃない方がいいな。ユウくんを狙われたらたまったもんじゃない。この子は私のものだからね」
(ま、またこの人は……っ)
カオルは人前にも関わらず、恥ずかしいセリフをズバズバと言う。
僕の小さな努力なんて無駄だと分からされている気分だ。
(こんなこと、前は気にならなかったのに……)
「人の恋路に口出ししたかねーが、さすがに姉弟で一線越えるのはやめとけよ? それで護衛だが——」
「話は聞かせてもらった! ここは任せてもらおうか!」
「は⁉︎ 誰⁉︎」
そんな気まずさを突き破って声を発したのは、いつの間にか僕たちの隣に立っていた、見知らぬ男だった。
「よくぞ聞いてくれた。私はオウミ、行商人のオウミだ!」
彼は謎のキメ顔で名乗る。自信満々な態度を見るに、この人は有名人なのかもしれない。
「は、はあ。どうも初めましてオウミさん」
「ああ、初めましてだカオル。ところで、君は『ファクタ』まで行くつもりのようだな」
「ええ、そのつもりですけど……」
「君は最高に運がいいぞ! なぜなら我がキャラバンの次なる目的地が、他ならぬファクタだからだ!」
ミュージカル俳優さながらに、大振りな動きで一回転して述べるオウミさん。
肌触りの良さそうな絹の服が、明かりを反射してキラキラと輝く。その滑らかな衣装は、オールバックに撫でつけられた彼の髪と見事にマッチしていた。
「キャラバンには当然護衛もいる。大事な商品を易々と危険に晒すわけにはいかんからな! どうだカオル? 私と一緒に来ないか?」
オウミさんはカオルの手を取り、逃避行でもするかのように彼女を誘った。肝心のカオルは苦い顔。
「カオルさん! ここは乗るべきですよ!」
またとない機会を得たマルカが、全力でカオルを後押しする。僕も同意見だ。
「ええと、少々お待ちを————マルカ、気持ちはわかるけどさ、私今のところ商人にいい思い出無いの!」
オウミさんの相手もそこそこに、シュバっと振り返ったカオルが小声でこそこそと気持ちを述べる。
確かに、石炭採掘の仕事でリエフさんに振り回されて、その後でまた商人ときては、嫌な予感がするのも分かる。
でも僕たちの選択肢は限られているんだ。
「カオル、今は時間もお金も余裕がないよ。エルゼ——アレクシアさんに会わなきゃいけないんでしょ?」
「ユウくんまで! そりゃそうだけど、でもこの人の目ぇ見た? 絶対何か企んでるよ、いやらしい! ユウくんは私とアレクシアのどっちが大事なのさ!」
「そ、それはカオルだけど……」
(だって後輩さんのこと全く知らないし)
「でしょ⁉︎ このままじゃ私この人に何要求されるかわかんないよ!」
「うーん」
悩みどころだ。カオルの言うことも一理ある。他の男たちと違って、オウミさんは完全に上の立場にいる。しかも商人。一体どれほど足元を見てくるか。
「どうした何やら心配事か? ならば人目のない場所で話そう! ちょうどこの町には私の傘下の店もあるのでな!」
「あああ、ちょっと!」
オウミさんは有無を言わさずカオルの手を引き、ズカズカと外へ出て行く。嵐のような商人を、誰も止めることはできなかった。
「ユウくん、私たちも行きましょう! 」
「うんっ」
カオルを追って、僕たちも外へ駆ける。
振り返ると、支部長が「災難だな」とだらしなく手を振っていた。
去り際、彼はカオルのリュックに括り付けられたパイルバンカーを忌々しげに睨んでいた。
この世界ではまず見ない機構、そして冒険者とはいえ、女性が扱うには厳つすぎる鉄塊。彼はそれを確実に怪しんでいる。
けれど総司令の指示通り、余計な詮索はせずにブロトさんはどこかへ行った。
「はードキドキした」
「お前、衛兵に追われてんのか……」
まるで何事もなかったかのように人心地つくカオル。それに対し、支部長は呆れて引いた顔をする。
つい最近デビューしたばかりの冒険者がいきなりお尋ね者になったんだから、その反応は当然だ。
「ンフフー、ちょっとワケありでね。まだ犯罪者になったわけじゃないから安心してよ」
「”まだ”って……いや、俺も別に深入りする気はねえよ……。しっかしお前の態度の切り替え方、表彰モンだぜ。性格変わりすぎだろ」
「んー、一応目上の相手だし? 敬意は払っておこうかと」
「俺への敬意はどうした?」
「まぁーま、かたいこと言わない!」
2人が醸し出す軽いノリに流されて、静まりかえっていたギルドが再び喧騒に包まれていく。
カオルに恐れをなす者、よりカオルに引き込まれる者、全く別の話を始める者、反応はそれぞれだ。
それらをBGMに、カオルもまた自分の話題を切り出す。
「えーとそれで、『ファクタ』だっけ? それってどの辺にあるのかな。遠い?」
僕たちの次の目的地。総司令がいるという場所だ。
「遠いと言えば遠いな。途中で休むのも含めて、馬車で2日くらいか」
「あー……微妙」
「それに最近、あの辺には盗賊が出るようになったらしい。お前ら、女2人に子ども1人じゃあ、護衛でも雇わなきゃかなり危ねえぞ」
「と、盗賊ですか⁉︎」
物騒な情報に、マルカが青ざめる。
支部長の言うことは正論だ。
カオルはサキュバスだし、僕は兵士、マルカも多少は剣を振るえる。だけど危険なことに変わりはない。
この世界の技術力を考えれば、僕の銃はかなりのアドバンテージだ。でも、盗賊が多人数だったら……2人を守り通す自信がない。
だから支部長の言う通り、護衛を付けるのが得策だ。
(となると……)
「護衛かあ~、いくらかかるんだろ」
問題はそこだ。ガッツリ巻き上げたばかりとはいえ、僕たちの懐はそこまで暖かくない。
「カ、カオルさんに雇われるならっ、格安で受けてくれる人もいるんじゃないでしょうか!」
「ああそうだな、また男どもを誑かしてやったらどうだ、姉ちゃん」
マルカは必死の形相で訴える。その目には、お金を気にしている場合じゃないという意思が宿っていた。支部長もそれを肯定している。
「誑かすって……一応私にも罪悪感とかあるから。あんまり繰り返すと私の評判も悪くなっちゃうし」
「なら多少なり礼をしてやりな。護衛は命張る仕事なんだ、ちょっとくらい良い思いさせるのもアリだろ」
「だ~め、私にそういうコトしていいのはユウくんだけって決めてるから。初めてを奪われるならなおさら、ね」
「えっ」
(な、何を言ってるんだこの人……!)
カオルは「初めて」というワードを、他人にも聞こえるくらいに強調して、僕に視線を向けながらそう言った。
きっと昨晩の会話を引きずって、「男に体を許したことはない」と改めて伝えようとしたんだろう。
「おい今の聞いたか? カオルまだ処女だってよ」
「あんなイイ女が? さすがに嘘だろ。でもアイツ弟大好きみたいだからなぁ、もしかしたら」
……どちらかといえば、僕よりも周りの人たちの方が、それを重く受け止めてしまっているけれど。
「ガッハッハッハッ! 羨ましい話だなぁ坊主! おまえ責任重大だぞ? ————いや責任重すぎないか? おまえら姉弟だよな?」
「あ、あはは」
「そっ、それで! 護衛にするならどういう人がいいでしょうか!」
支部長や周りの目をごまかすために愛想笑いをしていると、打って変わって真っ赤になったマルカが声を張り上げた。
カオルの色気は、マルカにはまだ早かったみたいだ。……僕にもまだまだ早いけど。
ただとにかく、今は彼女の初心さのおかげで、空気が一気にがリセットされた。それはありがたい。
「どう? 支部長」
早鐘を打つ心臓が落ち着くよう、次をせかす。そうしないと僕が保たない。
「できれば女じゃない方がいいな。ユウくんを狙われたらたまったもんじゃない。この子は私のものだからね」
(ま、またこの人は……っ)
カオルは人前にも関わらず、恥ずかしいセリフをズバズバと言う。
僕の小さな努力なんて無駄だと分からされている気分だ。
(こんなこと、前は気にならなかったのに……)
「人の恋路に口出ししたかねーが、さすがに姉弟で一線越えるのはやめとけよ? それで護衛だが——」
「話は聞かせてもらった! ここは任せてもらおうか!」
「は⁉︎ 誰⁉︎」
そんな気まずさを突き破って声を発したのは、いつの間にか僕たちの隣に立っていた、見知らぬ男だった。
「よくぞ聞いてくれた。私はオウミ、行商人のオウミだ!」
彼は謎のキメ顔で名乗る。自信満々な態度を見るに、この人は有名人なのかもしれない。
「は、はあ。どうも初めましてオウミさん」
「ああ、初めましてだカオル。ところで、君は『ファクタ』まで行くつもりのようだな」
「ええ、そのつもりですけど……」
「君は最高に運がいいぞ! なぜなら我がキャラバンの次なる目的地が、他ならぬファクタだからだ!」
ミュージカル俳優さながらに、大振りな動きで一回転して述べるオウミさん。
肌触りの良さそうな絹の服が、明かりを反射してキラキラと輝く。その滑らかな衣装は、オールバックに撫でつけられた彼の髪と見事にマッチしていた。
「キャラバンには当然護衛もいる。大事な商品を易々と危険に晒すわけにはいかんからな! どうだカオル? 私と一緒に来ないか?」
オウミさんはカオルの手を取り、逃避行でもするかのように彼女を誘った。肝心のカオルは苦い顔。
「カオルさん! ここは乗るべきですよ!」
またとない機会を得たマルカが、全力でカオルを後押しする。僕も同意見だ。
「ええと、少々お待ちを————マルカ、気持ちはわかるけどさ、私今のところ商人にいい思い出無いの!」
オウミさんの相手もそこそこに、シュバっと振り返ったカオルが小声でこそこそと気持ちを述べる。
確かに、石炭採掘の仕事でリエフさんに振り回されて、その後でまた商人ときては、嫌な予感がするのも分かる。
でも僕たちの選択肢は限られているんだ。
「カオル、今は時間もお金も余裕がないよ。エルゼ——アレクシアさんに会わなきゃいけないんでしょ?」
「ユウくんまで! そりゃそうだけど、でもこの人の目ぇ見た? 絶対何か企んでるよ、いやらしい! ユウくんは私とアレクシアのどっちが大事なのさ!」
「そ、それはカオルだけど……」
(だって後輩さんのこと全く知らないし)
「でしょ⁉︎ このままじゃ私この人に何要求されるかわかんないよ!」
「うーん」
悩みどころだ。カオルの言うことも一理ある。他の男たちと違って、オウミさんは完全に上の立場にいる。しかも商人。一体どれほど足元を見てくるか。
「どうした何やら心配事か? ならば人目のない場所で話そう! ちょうどこの町には私の傘下の店もあるのでな!」
「あああ、ちょっと!」
オウミさんは有無を言わさずカオルの手を引き、ズカズカと外へ出て行く。嵐のような商人を、誰も止めることはできなかった。
「ユウくん、私たちも行きましょう! 」
「うんっ」
カオルを追って、僕たちも外へ駆ける。
振り返ると、支部長が「災難だな」とだらしなく手を振っていた。
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