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34.奇妙な冒険の匂い

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「お待たせいたしました。では、ギルドへ戻るとしましょう」

 数時間かけて石炭を採掘した後、僕たちはその場でしばらく待機していた。
 他の冒険者たちはみんな先に町へ帰って行ったけど、リエフさんと同じ馬車に乗る僕らだけは、彼が現場の整理を終えるまで待っている必要があったんだ。
 もう太陽は真上を過ぎている。だいたい昼の2時~3時くらいかな。

「今日は本当にありがとうございました。またのご縁があれば、ぜひお力添えをお願いしたく……」

「私としては、もうやりたくないんですけどね……」

 荷台に乗り、馬車を出させると、リエフさんはその男前な顔を有効活用させて、早速次回の交渉を始めた。
 笑顔の中で輝く八重歯のような鋭い牙が、ワイルドな魅力に拍車をかける。きっと、大半の女性ならこれで落ちてしまうんだろう。だけど、向かいに座るカオルは興味を示さずにパイルの手入れをしていて、横に座るマルカも、リエフさんの打算的な部分を垣間見たせいか、「惑わされない」という意志のこもった目で彼を捉えていた。

「時にその道具、そんなものは生まれてこの方見たことがない。一体どこで手に入れたのです?  幼い少年少女でも大量の石炭を掘ることを可能にする道具、非常に興味深い」

 リエフさんは女性陣の反応を気にかける様子もなく、カオルが持っているパイルに関心を向けた。
 彼がカオルを口説こうとしているわけではなかったと分かって、少し安心。うん、ほんの少しだけ。

 そして、幼いという言葉に反論しようとしたマルカを制し、カオルが答える。

「これは私が作ったものです。どうやって作ったのかは秘密。先に言っときますけど、下手に勘繰るのはオススメしませんよ」

 リエフさんをか、カオルは特段と突き放すような声色でそう言った。

 一般人が相手なら、ここでカオルの『発明力』を存分にアピールして、彼女の優秀さを知らしめて、そこで話を終わらせるところだ。というより、最初はそれが目的だった。でも、今はそれができない。

 おそらく、リエフさんはそれなりに権力のある人で、しかもカオルが作った物に対して非常に興味を持っている。だから原理さえ分かれば、すぐにでも機械を量産させてしまう可能性があるんだ。作業を効率化させる道具なんて、彼にとっては喉から手が出るくらい欲しいはずだからね。

 もし彼が、僕たちの持ち込んだ『現代兵器』にまで興味を持って、万が一にも技術が広まってしまったら?  元老院がそれを見逃すはずがない。彼には悪いけれど、ここは興味の触手を引っ込めてもらわないと。

「いやいや、そう仰らず。そのリュックにも、様々な道具が入っているとお見受けしますが……ここはひとつ、私に見せてはいただけませんか」

 カオルの冷たい気遣いも虚しく、リエフさんは目ざとくリュックの膨らみを指摘する。
 野生の勘とでも言えばいいんだろうか、彼は自分にとって必要なものを逃さない力があるみたいだ。

「だーめ。女の荷物を漁ろうとしないでください。好奇心に流されてると、いつか痛い目見ますよ」





「そうそう、好奇心は猫を殺すって言うぜ、ライオンの兄さん」





(えっ……⁉︎)

 カオルがリエフさんの手を払いのけ、注意を促した瞬間——、聞いたことのない男の声が、聞こえてきた。


「みんな、馬車から降りてッ!」

 反射的に、僕は全員を避難させようとした。声の主の正体を探るより先に、今はとにかく距離を取るべきだと、兵士としての経験が告げている。

 僕が言ってから0.5秒ほどの間を置いて、みんなも思考が追いついたのかのように動き出した。
 4人で荷台を跨ぐようにして、外側へ飛び出す。マルカは、慌てて飛んだせいで足が引っかかって、危うく頭から着地してしまうところだった。

(天井のない荷台で良かった。もし客車のようなタイプだったら、こんなに素早くは動けない)

 降りたリエフさんが冷静に指示を出し、手綱を握っていた部下は、焦りながらもどうにか馬を止める。後ろから追走する石炭回収車を任されていた方も、何事かと騒いで停車した。

 荒れた山道の中を馬のいななきがつんざき、そして静寂が訪れる。

 僕たちは、声が聞こえてきた方を警戒しつつ、馬車を囲むようにして四方へ下がっていく。
 リエフさんの部下2人は、腰の剣を抜いて臨戦態勢に入った。

(何なんだ……)


「声を聞いてから着地まで3秒。およそ720フレーム……それなりに動けるようだが、俺の『FエフPピーSエス』の敵じゃあねェー」

 僕たちが見つめる中、1人の男が馬車の下からゆっくり、ぬるりと這い出てきた。男は車輪を掴み、荷台の上へ自身を引き上げる。
 艶のない長い黒髪、黒縁のメガネ。細身の体を包んでいるのは、鎧などではなく、いたって普通のシャツとズボン。
 見た目は地味な一般人という風だけど、この男は絶対に一般人じゃない。僕ですら存在に気づけないレベルの気配遮断技術、一体何者だ。

「きっ、君は!  確か採掘に参加していた……我々に何の用だ!」

 怒鳴るリエフさんには耳を貸さず、男は僕たちだけを視界に入れて話す。

「あんたがカオル=サキヤで合ってるよな?  ちょっとお話いいですかァ?」

「……お話って何かな?  それと君、まさかずっと馬車にしがみついてたのかい?」

「ああ、おかげで手足がガタガタだ。——それは別にいい。大事なのはサキヤさん、アンタが使ってた道具なんだ。アンタの発明品は、って聞いてるぜ」

 片手を腰に当て、荷台の上から見下ろすようにカオルを睨む男からは、初めて会った時のみつると同じような気配がした。でも、あの時よりもずっと気持ちが悪い。明らかに異質だ。

「……その言い草、君も元老院の一員か」

 冷や汗をかき、わずかに口元を歪めているカオルが、僕らのいる方へ後ずさりしながら言う。
 これは、本気で相手をする必要があるかもしれない。

「え、でも……元老院の人たちは友好的だってリクドウさんが!  こ、この人は……!」

 マルカは目に涙を溜め、怯える瞳で男とカオルを交互に見る。縮こまっていく彼女の姿は、今にも消えてしまいそうだった。

「『全員が』とは言ってなかっただろう?  大方おおかた六道の上司の爺さんとやらが、刺客でも放ってきたんだろう。フッフッフ……この展開、がプンプンするなァーッ!」 


 手入れしたばかりのパイルを腕に纏い、カオルは拳を構える。
 射出準備完了の音と共に、戦いのゴングが鳴った。
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