上 下
26 / 42
俺のためのお前のこれまで

第24話 囚人の事情(4)

しおりを挟む
「覚えているかい? 君は突きつけられた聖騎士エヴァンの剣に、自ら首を差し出して死んだ」
 ――てめえが刺さなきゃ、死んだりなんか……ッ! やっと掴んだ夢だったんだぞ!? 全部これからだったのに……!
「……忘れるわけがない」
 すべてを飲み込まんとする黒い火砕流を払い、穢れた山さえ打ち砕いた光の眩さも。
 あの地を、あの地で暮らす人々を守り抜いた背中の美しさも。
 そして青空の下に倒れたあの人の、その瞳の空ろささえも――。
「あなたが、主ですか?」
 ここは神が聖騎士となるべき者を選ぶ場、神とまみえることが許される唯一の聖域と伝えられている。
「まさか。僕はエミュエル、ソゥラ様にお仕えする天使さ」
「そうか……」
「おや、どこへ行くんだい?」
「……外へ。俺が聖騎士なんて、ありえないでしょう?」
「いいや?」
 俺の手には、いつの間にか一振りの長剣が握られていた。
 奇抜さなどは皆無の形体ながら、淡い輝きを纏う白い刃と、控えめに施された金と銀の意匠が煌めく様は、今まで見たどの剣よりも美しく見えた。
「君の聖具だ」
「っ……いらない」
 剣を手放したいのに、腕が動かない。
「君は聖騎士になるんだよ」
「……なんで……」
「君は選ばれたんだ」
「なんで、俺なんかが……っ」
「見ての通り、君の聖具が素晴らしいからさ。切れ味はもちろん、雷を飛ばして遠距離、散らして広範囲への攻撃も可能なんて、まさに破格! ソゥラ様が絶賛してらっしゃった。なのに一撃で終わってしまうなんて、もったいないだろう? だから君には、聖騎士になってもらわないと」
「何を言ってる……?」
「すべてはこの世界を守るためさ」
 それが彼と交わした最初の会話、そして繰り返しの始まりだった。
 聖具を得た私は聖騎士になり、聖騎士として生き、死に。また次の生でも聖騎士になる。
 いつも聖域で会う彼は、口数こそ多くも私の惑いに頓着はせず、明確な回答をくれることは稀であったが、五度目ともなれば多少の事情は知れた。
「あの人の魂がこの世界で息災に過ごしているならば、慰めにはなります」
 とはいえ、実際にどこでどう過ごしているかは知れず、そうあることを信じる他ないが。
 唯一の望みたる彼にいくら懇請しても、はぐらかされるばかりで無駄に終わってきたため、今回に至っては問うことすら諦めていた。
「逢いたいかい?」
「……いえ。もし逢えたとして、もう私の知るあの人ではないのでしょう?」
 何より、また傷付けてしまうのではないかという恐怖が拭えない。
「そうだね、君の知る彼ではないよ。そもそもここから出た君は、たとえそのままの彼に逢えたとしても、気付かずすれ違うさ」
 聖域での記憶は、外へ出れば忘れ去るものだという。例外らしい私ですら、次に訪れるまでは一切を思い出せなくなる。
「だから君は、見ず知らずの相手であっても、手を差し伸べる聖騎士であればいい。もしかしたらその相手は、彼だった人かもしれないんだから」
 彼から幾度となくかけられてきた言葉だ。
 美しい正論だと、心から思う。ただそれを希望と呼ぶには、私はあまりにも弱く愚かしい。
「さて、そろそろ時間かな。いやあ、いつもより短くて悪いねえ!」
「いえ、構いません」
 すでに結論が決まっているのみならず、記憶を持ち帰ることさえできない彼との問答に、さほどの意味があるとは思えない。
「何を隠そう、今の僕らは目が回りそうなくらい忙しくてさ。この世界が始まって以来の慌ただしさかもしれない。凄惨が極まるよ!」
「私などのために貴重なお時間を使わせてしまい、申し訳ございません」
「わあ暗い。とても暗い。暗すぎるーっう」
 天を仰ぐ彼だったが、ひとしきり嘆いて満足したらしく――。
「じゃあ、今度こそ過去に囚われることなく、息災に過ごしてくれたまえ。せっかくだし、恋のひとつでもして人生謳歌したっていい。いやむしろ推奨しよう!」
「……善処いたします」
 そうは答えたものの、彼の要望に応えることは難しいだろう。手向けの笑顔に目を伏せる。
 ここを訪れることこそ私が囚われている証左であり、そして聖騎士となれば、危険な聖務は避けられないのだから。

「イオニス!」
 先に儀式を終えていた友人が駆け寄ってきた。
「待っていてくれたのか」
「まあな」
「心配をかけたか」
「ばっか、心配なんてするわけないだろ! お前なら通って当然だよ」
「そうだろうか。私はラバルトこそ当然だと思っていたが」
「よせよ。お前に言われるとケツ痒いわ。っと、それがお前の聖具か。やっぱ剣かあ。なあ、ちょっと見せてくれよ」
「ああ」
 渡した聖具をラバルトが眺める。
「へえ……」
「へーえ」
「ッ!?」
 突如そこへ現れたかのように前触れなく増えたひとりが、ラバルトの手許を覗き込んだ。
「きゃ、危ない」
「……危ないのはどっちですか。脅かさないでくださいよ、コーライア様」
 聖具を落としかけたラバルトが、原因たる方を半眼で見やる。
「他人行儀だなあ。これからは先輩後輩なんだし、親しみを込めてオーウェンさんでいいよ?」
「……」
「うん、その生温かい目。俺のあれやこれやを知ってると見た!」
 かの聖人、革命の枢機卿シエロと予言の聖女エイミの系譜たるコーライア家の次期当主にして、史上最年少で聖騎士となられた方。その活躍は文武を問わず多方面に及ぶと聞く。
「教会であなたを知らない奴の方が少ないですよ。あと未来の後輩を小突き回すとこも見てましたし」
 儀式への参加資格を得るため御前試合に参加した私は、準決勝でオーウェン様と当たり敗退していた。
 その小柄さからは想像しがたい攻撃の重さに加え、速く。私の剣はこの方をまともに捉えることさえ叶わなかった。
「やだなあ、見所があるって思ったから、ちゃんと審査してもらえるよう時間いっぱい引き延ばしてあげたんでしょ。これが見所なしだったら、そっこーで沈めてましたよ?」
「その割に、ずいぶんやらしい攻め方してませんでしたか?」
「せっかくだから稽古付けてあげようと思ってさ。駄目なとこわかりやすかったでしょ?」
「確かに。ご教授いただき、ありがとうございました」
「素直すぎだろ……」
 オーウェン様の言動が少々奇矯な点については、私も理解している。
 しかし今しがたの言葉に嘘を感じず、そしてこれからもこの方より多くを学ぶだろう未来が想像できる以上は、他に返す言葉がない。
「いい剣だねえ。俺にも見せてよ」
「構わないか、ラバルト」
「んなあっさり……」
「惜しむ理由もない」
「そうそう。今は昔よりずうっと平和だからねー。最近ちょおっと変なの出てきてるけど」
 ラバルトが眉をひそめる。
「それって――」
「正式に叙任されたら、嫌でも詳しい話されるって。さ、見せて見せてー」
「……はい、どうぞ」
「どーもどーも。ふーん、へー、ほー……うん。ありがと、返すね」
 オーウェン様から返却された聖具を鞘へ戻す。
「じゃ、俺はそろそろ戻るよ」
 宣言とともに身を翻したオーウェン様が、ああ、と今一度こちらを振り返った。
「お祝いするのはいいけど、わかってるよね?」
「酒はなし、でしょ?」
「そそ。んじゃま、お疲れさーん」
 軽やかな足取りで去っていく背中を、ラバルトが怪訝そうに見つめる。
「何しに来たんだあの人……暇なのか?」
 そしてぼそりと呟いたものだったが、次には気を取り直して私へ向き直る。
「腹減ってないか? 羊の煮込みがやたら美味い店見つけたんだよ」
 言われてみれば、もう昼時か。
「それはいいな」
「だろ、ん?」
 ラバルトが何かに気付いたようで、そちらへ顔を向ける。
「また猫か……ってお前シルシルだろ!?」
「みゃあーん」
 足に擦り寄ってきた白猫をラバルトが抱き上げる。
「兄貴んとこの猫だよ。ったく、こんなとこまできやがって」
 言われてみれば、以前ラバルトの実家を訪れた際に見た覚えがあった。
「私を覚えているかな?」
「みゃお」
 私を見たシルシルが、おもむろに伸び上がり顎を引いたので、ならばと私も手を伸ばす。
「兄貴達が甘やかすから、すっかりお姫様気分なんだよこいつ」
 喉を鳴らす彼女の、よく手入れの行き届いた柔らかな毛並みを楽しみつつ、ラバルトへ訊ねる。
「先に家へ寄っても構わないだろうか。両親に報告をしておきたい」
「ああ。俺もこいつ置いてこねえと」
 そうして、私と善き友は並んで歩き出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

可愛い女の子と浮気したら付き合ってる同僚がヤンデレ化した話

ユタエンシス
BL
タイトルのままです。 やばい攻め×クズい受け *受けの異性との行為の描写があります。(ふんわり) *1話完 2話目エロ 

チョロイン2人がオイルマッサージ店でNTR快楽堕ちするまで【完結】

白金犬
ファンタジー
幼馴染同士パーティーを組んで冒険者として生計を立てている2人、シルフィとアステリアは王都でのクエストに一区切りをつけたところだった。 故郷の村へ馬車が出るまで王都に滞在する彼女らは、今流行りのオイルマッサージ店の無料チケットを偶然手に入れる。 好奇心旺盛なシルフィは物珍しさから、故郷に恋人が待っているアステリアは彼のためにも綺麗になりたいという乙女心からそのマッサージ店へ向かうことに。 しかしそこで待っていたのは、真面目な冒険者2人を快楽を貪る雌へと変貌させる、甘くてドロドロとした淫猥な施術だった。 シルフィとアステリアは故郷に戻ることも忘れてーー ★登場人物紹介★ ・シルフィ ファイターとして前衛を支える元気っ子。 元気活発で天真爛漫なその性格で相棒のアステリアを引っ張っていく。 特定の相手がいたことはないが、人知れず恋に恋い焦がれている。 ・アステリア(アスティ) ヒーラーとして前衛で戦うシルフィを支える少女。 真面目で誠実。優しい性格で、誰に対しても物腰が柔らかい。 シルフィと他にもう1人いる幼馴染が恋人で、故郷の村で待っている。 ・イケメン施術師 大人気オイルマッサージ店の受付兼施術師。 腕の良さとその甘いマスクから女性客のリピート必至である。 アステリアの最初の施術を担当。 ・肥満施術師 大人気オイルマッサージ店の知らざれる裏の施術師。 見た目が醜悪で女性には生理的に受け付けられないような容姿のためか表に出てくることはないが、彼の施術を受けたことがある女性客のリピート指名率は90%を超えるという。 シルフィの最初の施術を担当。 ・アルバード シルフィ、アステリアの幼馴染。 アステリアの恋人で、故郷の村で彼女らを待っている。

【R18】女体化 性転換 TS生活

きゃんちょめ
BL
R18 ある日女体化したユウのお話 元は不良で周りから避けられていたユウだが、ある日女になってしまう… さらにスレンダー、美乳、色白、超絶美少女という特典付きで様々な人間が逆に近づいてくるようになる。 女にモテまくりの嫌いなイケメン、ガタイの良い体育教師、親族のおじ、恋する学級委員長(女)など様々なタイプの人と…// 女体化、TS化、メス堕ち、発情、乳首責め、近親相姦、生意気、願望などなど誰かの性癖に刺さってくれたらいいな…

TSアイドルの卑猥なる日常

プルルペルル
ファンタジー
 爆乳どころか奇乳、超乳というレベルの胸を持つ女、アイカ。  背も高く、胸も尻も大きいが腰はしっかりとくびれている。  その身体はまさに男の欲望を具現化したかのよう。  しかし彼女には前世の記憶があった。前世が男のためどこか女らしくない彼女は友達の気まぐれによって強気なオレっ娘アイドルとしての道を歩むことになる。  しかし不思議な力によってアイカのアイドル人生は淫らなものと化してしまう。  そしてそのことに誰も疑問を覚えることは無い―――  当の本人でさえも――― ※設定は緩いです

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

処理中です...