上 下
18 / 28

第八話 偽物の金魚(二)

しおりを挟む
「帰れ! 帰れ帰れ帰れ帰れぇ! つまらーん!」
「そこを何とか」
「断る! そんな面白くないことはやらん!」
「ほー。じゃあ妹ちゃんはどうだ」
「え? 私?」
「御縁神社の美少女巫女さんだって負けず劣らず噂だしな。どう」
「だぁめぇだああああ!」
「オッサンには聞いてないって」

 駄目だ駄目だと叶冬は暴れ、それでも依都と神威は諦めずに粘った。これ以上されてなるものかと、家に戻ってなさい、と叶冬は紫音を追い出した。

「お前らも帰れぇ! 僕も帰る! アキちゃんも帰りなさい!」
「え、あ、はあ」

 叶冬は依都と神威、秋葉も黒猫喫茶から放り出すとがちゃんと鍵をかけ、ぷいっと背を向けどこかへ去っていった。
 そういえば家はどこなんだろうとぼんやり思っていると、つんつんと神威に腕を突かれる。

「なあ、仲取り持ってくれよ」
「嫌だよ。ていうか紫音ちゃんに手出したらもう無理だよ」
「へー。シスコンなんだ」
「大事にしてるんだよ。ていうか何でこんなチープな嘘吐いたの? 大袈裟な遠回りしたわりに真相もしっくりこないよ。普通に出演交渉すればよかったじゃない」
「ああ、そりゃ親父の真似だ。俺の親父が大学のころそういうネタで配信したら大当たり」
「え!? お父さん金魚見えるの!?」
「だから、ネタ。本当に見てたわけじゃねえだろ、んなモン」
「ネタ……?」

 思わぬところに話が飛び、秋葉は叶冬の去った方を見た。しかし既に叶冬はおらず、ああ、と肩を落とす。
 ただのネタだろうか。これがよくある学園七不思議やら都市伝説ならともかく、金魚が空を飛んでいるというネタを扱うだろうか。

「空飛ぶ金魚って何かに共通する伝説なの? 店長も空飛ぶ金魚の話するけど、偶然一致する話じゃない気がするんだけど」
「それ言うならアンタは何なんだよ。見えるって言ってるアンタの方が何なんだっての」
「それは、そうだけど」
「神威君のお父さんは楽曲のアイディアだよ。当時そういうアクアリウムが流行ってたんだ」
「金魚の? この前の、あれみたいな?」
「そう。結構派手で、それをモチーフにしたって言ってた。だから僕らもアクアリウム行ってみようかって」
「アクアリウム……」

 秋葉はアクアリウムという物には特別な思い入れはないし、それが空飛ぶ金魚の発生に結びつくとは思っていなかった。
 単に水族館が形を変えた程度にしか考えていなかったが、もしかすると叶冬が元々金魚を紐づけていたのはアクアリウムのほうだろうか。
 神威の父親ならば、若ければ叶冬とも年が近いだろう。ならば同じようにアクアリウムを見ていた可能性はある。だとしても、叶冬は『空を飛ぶ金魚』自体に何かしらの意義を見出しているようではある。アクアリウムの方に意味があるとは思えない。 

「ねえ、お父さんて今何してるの? 会えたりしない?」
「あー、無理。去年死んだ」
「あ、ご、ごめん。無神経なことを言ったね」
「いいよ。気にしてない。その代わりまたライブ見に来てくれよ。オッサン連れて」
「それは約束できかねるけど、声はかけてみるよ」

 まず無理だろう。けれど神威の父が金魚を見ていたという話は気になるはずだ。
 本当か嘘かは分からないが、無視するには妙な一致が多い。しかしアクアリウムに意味があって意図的に叶冬がそれを隠していたとしたら、全てを素直に話してしまうのはどうなのだろうか。
 結局どうして叶冬が秋葉の弟の存在を言い当てたのか、しっくりと来たわけではない。

「なあ、聞いていい?」
「何?」
「あんたは本気で言ってんの? 金魚が見えるってバカな話」
「ちょっと、神威君。言い方」

 馬鹿な話とはその通りだ。依都は気を使ってくれたようだが「言い方」と窘めるというのは馬鹿にしているということだ。
 結局この二人にとって金魚というのは作り話で、本気になっている秋葉と叶冬は馬鹿な人間なのだろう。
 けれどここで言い返すこともできなかった。それは馬鹿にされるのが恥ずかしいからではない。神威の傍を一匹の金魚がずっと泳いでいるからだ。
 叶冬の説を信じるのなら、この金魚は神威に関わった誰かの魂ということになる。そして金魚が見えると言った彼の父は亡くなっているという。だからどうとは言い切れないが、それでもこの金魚の前で金魚の存在を否定する言葉を言うのは躊躇われた。

「悪い悪い。ンなマジな顔すんなって。俺の傍飛んでるとか言うから気になっただけ」
「僕らもPV撮る時それくらい打ち合わせしなきゃだね」
「おー。そうだな」

 からかうだけからかうと、神威と依都はまたな、と言って去っていった。
 あらゆることが消化不良で、秋葉はその場にしゃがみ込んでため息を吐いた。するとその時、ふと秋葉の周辺が何かの陰で暗くなった。

「アーキ―ちゃんっ」
「紫音ちゃん」
「どうしたの? 貧血?」
「ううん。ちょっと疲れただけ。店長は? 帰ったんじゃないの?」
「分かんない。かなちゃんマンションで一人暮らししてるから」
「ああ、そうなんだ」

 神社も金魚屋も黒猫喫茶も同じ敷地内にあるから実家で住んでいるのだろうと思ったがそうではないようだ。
 たしかにあの男が一家団欒している姿はあまり想像つかない。していたら逆に面白いかもな、と想像したら面白くなって笑ってしまった。

「……ねえ、アキちゃん。金魚って人にくっついてることもあるの?」
「あるよ。何でかは分からないけど」
「かなちゃんには? 金魚いる?」
「店長? ううん。いないよ」
「そう……」

 紫音は何故かほっとしたようにため息を吐いた。
 神威と依都とは逆に、完全に金魚を信じているようだ。叶冬が金魚に積極的なせいで忘れていたが、どちらかといえば神威と依都が普通で紫音のような反応は珍しいのだ。
 では金魚を信じている紫音がここでほっとするというのは――

「店長の周りで死んだ人がいるの?」

 ぴくりと紫音は小さく震えた。しまった、と言ってから口を押えても遅い。
 紫音はくすっと笑って小さく首を振った。

「いないならいいの」

 紫音はそれだけ言うと、じゃあね、と手を振って神社の境内を走って行った。
 神威と依都の話はただの嘘だった。それで終わりだ。どうせ彼の父がどうこういうのもパフォーマンスか何かにすぎないだろう。

(それでも彼等は金魚が見える俺の所に来た。それも金魚を探してる店長のいる場所で。これが本当に偶然なのか……)

 いかにもな嘘だった。とてもわざとらしく、推理小説の様にすっきりする真相でもない。

(どれが嘘だろう。一体誰の、何が)

 まるで何かを誤魔化されているようで、秋葉は何とも言えない不安にかられていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

みちのく銀山温泉

沖田弥子
キャラ文芸
高校生の花野優香は山形の銀山温泉へやってきた。親戚の営む温泉宿「花湯屋」でお手伝いをしながら地元の高校へ通うため。ところが駅に現れた圭史郎に花湯屋へ連れて行ってもらうと、子鬼たちを発見。花野家当主の直系である優香は、あやかし使いの末裔であると聞かされる。さらに若女将を任されて、神使の圭史郎と共に花湯屋であやかしのお客様を迎えることになった。高校生若女将があやかしたちと出会い、成長する物語。◆後半に優香が前の彼氏について語るエピソードがありますが、私の実体験を交えています。◆第2回キャラ文芸大賞にて、大賞を受賞いたしました。応援ありがとうございました! 2019年7月11日、書籍化されました。

獣耳男子と恋人契約

花宵
キャラ文芸
 私立聖蘭学園に通う一条桜は、いじめに耐え、ただ淡々と流される日々を送っていた。そんなある日、たまたまいじめの現場を目撃したイケメン転校生の結城コハクに助けられる。  怪我の手当のため連れて行かれた保健室で、桜はコハクの意外な秘密を知ってしまう。その秘密が外部にバレるのを防ぐため協力して欲しいと言われ、恋人契約を結ぶことに。  お互いの利益のために始めた恋人契約のはずなのに、何故かコハクは桜を溺愛。でもそれには理由があって……運命に翻弄されながら、無くした青春を少しずつ取り戻す物語です。  現代の学園を舞台に、ファンタジー、恋愛、コメディー、シリアスと色んなものを詰めこんだ作品です。人外キャラクターが多数登場しますので、苦手な方はご注意下さい。 イラストはハルソラさんに描いて頂きました。 ★マークは過激描写があります。 小説家になろうとマグネットでも掲載中です。

親戚のおじさんに犯された!嫌がる私の姿を見ながら胸を揉み・・・

マッキーの世界
大衆娯楽
親戚のおじさんの家に住み、大学に通うことになった。 「おじさん、卒業するまで、どうぞよろしくお願いします」 「ああ、たっぷりとかわいがってあげるよ・・・」 「・・・?は、はい」 いやらしく私の目を見ながらニヤつく・・・ その夜。

お兄ちゃんはお医者さん!?

すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。 如月 陽菜(きさらぎ ひな) 病院が苦手。 如月 陽菜の主治医。25歳。 高橋 翔平(たかはし しょうへい) 内科医の医師。 ※このお話に出てくるものは 現実とは何の関係もございません。 ※治療法、病名など ほぼ知識なしで書かせて頂きました。 お楽しみください♪♪

メイズラントヤード魔法捜査課

ミカ塚原
キャラ文芸
聖歴1878年、メイズラント王国。産業革命と領土の拡大に伴って、この国は目覚ましい発展を遂げていた。街にはガス燈が立ち並び、電話線が張り巡らされ、自動車と呼ばれる乗り物さえ走り始めた。  しかしその発展の陰で、科学では説明不可能な、不気味な事件が報告されるようになっていた。 真夏の路上で凍死している女性。空から落ちてきて、教会の避雷針に胸を貫かれて死んだ男。誰も開けていない金庫から消えた金塊。突如動き出して見物客を槍で刺し殺した、博物館の甲冑。  かつて魔法が実在したという伝説が残る国で、科学の発展の背後で不気味に起きる犯罪を、いつしか誰かがこう呼び始めた。 「魔法犯罪」と。  メイズラント警視庁は魔法犯罪に対応するため、専門知識を持つ捜査員を配置した部署を新設するに至る。それが「魔法犯罪特別捜査課」であった。 ◆元は2008年頃に漫画のコンテを切って没にした作品です。内容的に文章でも行けると考え、人生初の小説にチャレンジしました。

ロボリース物件の中の少女たち

ジャン・幸田
キャラ文芸
高度なメタリックのロボットを貸す会社の物件には女の子が入っています! 彼女たちを巡る物語。

庭木を切った隣人が刑事訴訟を恐れて小学生の娘を謝罪に来させたアホな実話

フルーツパフェ
大衆娯楽
祝!! 慰謝料30万円獲得記念の知人の体験談! 隣人宅の植木を許可なく切ることは紛れもない犯罪です。 30万円以下の罰金・過料、もしくは3年以下の懲役に処される可能性があります。 そうとは知らずに短気を起こして家の庭木を切った隣人(40代職業不詳・男)。 刑事訴訟になることを恐れた彼が取った行動は、まだ小学生の娘達を謝りに行かせることだった!? 子供ならば許してくれるとでも思ったのか。 「ごめんなさい、お尻ぺんぺんで許してくれますか?」 大人達の事情も知らず、健気に罪滅ぼしをしようとする少女を、あなたは許せるだろうか。 余りに情けない親子の末路を描く実話。 ※一部、演出を含んでいます。

欲望の神さま拾いました【本編完結】

一花カナウ
キャラ文芸
長年付き合っていた男と別れてやけ酒をした翌朝、隣にいたのは天然系の神サマでした。 《やってることが夢魔な自称神様》を拾った《社畜な生真面目女子》が神様から溺愛されながら、うっかり世界が滅びないように奮闘するラブコメディです。 ※オマケ短編追加中 カクヨム、ノベルアップ+、pixiv、ムーンライトノベルズでも公開中(サイトによりレーティングに合わせた調整アリ)

処理中です...